2019年3月15日 (金)

街中で不意に聞こえた津軽三味線。震災ドキュメンタリー「あの日の星空」に思う。カタカナ語を正確な発音に変えたら。19年3月14日

震災ドキュメンタリー「あの日の星空」を見た。
大震災の日、三陸地方は灯りが消えて太古の世界に戻り満天の星が広がっていた。その星空に昇天した死者たちを想う被災者達の言葉がとても悲しかった。

私も母が死んでから、晴れていれば夜空を見上げている。
しかし、東京の空は明るすぎて星は少ししか見えない。
それで、荒川向こう川口市高層ビル群の赤い航空標識を眺める。
航空標識を眺めていると、先に逝った家族達が自分を見守ってくれているように思えて心がなごむ。

番組を見ていたら当時の写真が見たくなってブログを遡った。
当時の掲載写真は、のんびり寝る転んでいるニャンコたちや、可憐な草花ばかりだった。無意識に美しいものや可愛いものに、惹かれていたのかもしれない。


最近、漫画「小春じい」を描きなおした。
これは、再生医療が進んで、自在に体の部位を取り替えられる時代を想定した。やがて、永遠の命が得られると思う人は多いが、宇宙物理学では永遠の命は不可能だ。宇宙であっても永遠ではなく、最後は素粒子レベルまで分解され、すべての命は消滅する。

M_16
M_17
M_18

人の最大の関心は死だ。当面の問題をすべて解決しても、最後に死が大きく立ちはだかる。これだけは、未来永劫解決方法はない。できることは、死の恐怖を緩和させることくらいだ。例えば、野生動物のように現実を等身大に捉えられるなら、死への恐怖は軽くなる。

辛いのは、死を間近にして感じる孤独だ。たとえ大家族であっても孤独からは逃れられず、死が近づくに連れ肉体的な苦痛が加わり、ひたすら安らぎを求める。

しかし、自然死を選ぶなら恐怖は軽減し、多幸感に包まれながら死を迎えられる。
だから「壊れるに任せよう」と小春じいに語らせた。
母は臨死体験の中で多幸感を経験したことがある。
それ以降「死ぬのが少しも怖くなくなった」とよく話していた。

最近、悟るための修行など不要だと思っている。
なぜなら、強い意志で身につけた悟りでも、死間近の健康を失った心身では悟りシステムは働かないからだ。
若い頃に読んだ禅宗の本に、死を目前にした高僧が「死ぬのが怖い」と呟いた逸話があった。その時、達観している高僧が何と情けない、と思った。今は、それは正しい言葉だと思っている。高僧だろうと庶民だろうと、誰でも死の恐怖は必ず訪れる。だから高僧は素直に「死ぬのが怖い」と呟いたのだろう。
危篤状態のその高僧は、その後に意識を失い、多幸感の中で安らかに逝ったはずだ。


M_2

14日、赤羽駅前広場で青年が津軽三味線を弾いていた。
不意に耳にする津軽三味線はとても心を打つ。
それで、近づいて500円玉を投げ銭した。

10年前の秋、母が生きている頃、同じように津軽三味線を弾いてい人がいた。
絵はその10年前の人を思い出しながら描いた。
その時、車椅子の母は感動し、お金をあげたいと言った。
それで、その人の前まで車椅子を押して行った。
母は車椅子から手を伸ばして彼の前のザルへ500円玉を落した。
ザルの中に他の投げ銭はなかった。
男性は驚いたように母を見上げて、深々と礼をした。
傍らに身の回りの品を入れたトランク一つ。
実入りが良ければ安宿に泊まり、
おけらの日は路傍で一夜を過ごすのだろう、と思った。

今日の青年の前には、しゃれたハットが置かれていた。
中にはすでに5000円ほど投げ銭が入っていた。
だから、絵に描いた10年前の人とは境遇が全く違う。


M_3

最近、ホームレスの姿に惹かれる。
彼らの表情には太古の野人のような茫洋とした強さを感じる。
先日も、荒川土手で初老のホームレスが荒川を眺めていた。
傍に身の回りのものを積んだ手押し車が止めてあったのでそれとわかった。

彼が眺めていた荒川河川敷に柳が芽吹き始めた。
今年の冬はほとんど雨が降らなかったので土筆がとても少ない。
先日、片手で掴めるほど摘んで、母の好物の卵とじにして仏壇にあげた。
そのあと食べたが、ほろ苦くてとても美味しかった。


M_4

荒川土手から見た夕焼け。

桜田義孝五輪相が定例記者会見で、五輪競技を表す絵文字「ピクトグラム」に関する質問を受け、答えに詰まった。そのことで「彼はピクトグラムをよく知らなかったようだ」と揶揄していたが、この記事は変だ。私は外来語を不必要に使いすぎると思っている。この場合、日本語の「絵文字」で十分なはずだが、マスコミはそれが許せないようだ。

先日の記事に、AI化で変化する仕事形態のRPAがあった。意味は人間が行ってきた事務作業を、ロボット技術で自動化するRobotic Process Automationの略語だ。他にルーティン業務があった。ルーティン業務=Routine は日本語の「定型的な仕事」で十分通用するのに、なぜかカタカナ語を使う。
ただし「ルーティン」では英語として通じない。どうしても使いたいなら、英語として通用する「ルティーン」と表記すべきだ。RPA=Robotic Process Automationも「ロボテック プロセス オートメーション」ではなく、正しく「ロバーティク プロセス アルメーション」と発音すれば英語として通じる。
ちなみに「ピクトグラム」も「ピクテグラム」と「ト」の発音を弱めて発音すると通じる。

もし、どうしてもカタカナ語を使いたいなら、一般化しているカタカナ語を全て正しい発音に変えれば良い。それで日本人のカタカナ語知識が役立ち英語下手はかなり改善できる。日本人が記憶している膨大なカタカナ語が、外国語として通用しないのは実にもったいない。

Ma_3

Ma_4

Ma_5

Goof

Mas

|

2019年3月 6日 (水)

ゴーンに「もの言う投資家」村上氏など、強欲な経済人たちの開き直り。温室効果ガス排出の新研究。19年3月6日

今日の日中、この集合住宅の大規模な水道配管取り替えがある。
今朝は早起きして水を貯め置いた。

上越市の渡邉智哲さんが112歳の国内最高齢男性になった。
世界最高齢の男性は北海道の野中正造さん113歳だったが、去年1月20日に死去された。
渡邉智哲さんは甘いものが大好きで、インタビュー中もシュークリームを食べていた。
氏は驚異的な耐糖能力の持ち主で、健康医学の常識は通用しない人のようだ。
見た目も脳血管も健康で、このまま長生きされて114歳の世界記録を達成されそうだ。


M_4

梅の開花。

昨日から今日へかけての大ニュースはゴーン保釈。
彼の強欲な顔を見ると気分が悪くなる。先日、フランス・リュックベッソンの映画「TAXi」を見ていたら、スピード狂の主人公の舅が口調も顔もゴーンと瓜二つだった。その役者さんはとても面白いコメディアンなのだが、見ていると気分が悪くなりビデオを止めた。

ゴーンが最終的に無罪になったとしても、日本人の多くは彼の強欲さを嫌う。彼が日産を立て直せたのは彼だけの力ではない。日本人社員たちの献身的な協力があったからだ。日本には「実るほど頭を垂れる稲穂かな」の諺がある。成功を自分一人だけで独占し、会社を食い物にする者は嫌われる。その感覚はフランス国民も同じで、建前ではゴーンの無罪を支持しても、本心では彼の強欲さに眉をひそめている。

昨夜のテレビ東京番組「ガイアの夜明け」の前半はゴーンが登場するので見なかった。
後半に取り上げられたのは、もの言う投資家・村上世彰=ムラカミヨシアキ氏だった。今の彼はシンガポールに住み、マレーの地域開発をしていた。かって経済犯として裁かれたことのある彼は「安く買って高く売るのがビジネスだ。それのどこが悪い」と開き直っていた。彼は小学六年で100万を投資し20万の儲けを出した。彼のように幼少からお金が全ての人生を送っていれば、拝金主義の人間が生まれるのだろう。

先年、米国南部での大水害の時、アマゾンの販売システムに組み込まれたAIが被災民が水を欲しがっていると判断し、ボトル詰め水を高額に設定して売った。それは米国民の大顰蹙を買い、アマゾンは慌てて取り消した。このケースでは、被災民のために利益を度外視しても安く売るべきだ。そうすることでアマゾンは社会から信頼され、その後のビジネスが巧くいく。社会の大局と未来を考えて配慮をするのが本当のビジネスである。自分の利益を最優先にして、社会的不利益を増大させるようなビジネスは世界中の人々から拒否される。

前回、投資家ジム・ロジャーズの妄言について記入した。彼には、歴代金王朝が犯した国民への過酷な弾圧や、韓国文政権が画策した極東での日本の孤立などどうでもよかった。彼は自分の利益のために理不尽に日本をこき下ろし、半島を絶賛して投資を煽っていた。彼は強欲さで、ゴーンや村上氏と似ている。

番組中でホリエモンが村上氏についてコメントしていた。ホリエモンと村上氏は東大卒の学歴も経済犯で罰せられたことも似ている。そののせいか、ホリエモンはいつもより切れ味の悪い曖昧な解説をしていた。はっきりコメントすれば、自分に跳ね返ってくると分かっているから言葉を濁したのだろう。最近のホリエモン発言は拝金主義の本音が垣間見えて気分が悪くなる。


M_3

桐ヶ丘都営住宅の給水塔。
夕空にすっくと立った姿には神々しさを覚える。

ネット記事にウーマンラッシュアワー村本大輔氏と東京レインボープライドの共同代表・杉山文野理事との対談があったのでコピーして以下に掲載した。
=東京レインボープライドとは性的少数者たちの団体。

杉山:それで本当に韓国に行ったんですか。

村本:はい。すると、韓国でもレーダー照射事件はニュースになっていることがわかったんです。じゃあ、彼らはこれについてどう考えているのか。まず日本でよく言われているのは「国際法では高度150mまでなら航空機は近づくことができると決まっているのに、この距離でレーダー照射するのはおかしい」というものです。
一方、僕が話した韓国人の中には、こんなことを言う人がいた。「国際法は旅客機にのみ適用されるもので、戦闘機には適用されない。だから150m以上であっても基本的には近づいてはいけない」と。
さらに、レーダーには攻撃意図を示す追跡レーダーと、探索レーダーの2種類があって、韓国側は北朝鮮の船を探すために探索レーダーを使っていた。
これも、あくまで一意見ですが、「仮に日本側がいうように追跡レーダーを当てたとしても、追跡レーダーを当てられた戦闘機がいつまでも韓国の上空を飛ぶのはおかしい。危険を感じたのなら、すぐにどこかに飛んでいきませんか?」という声も聞きました。

杉山:村本さんは、どうやって意見を集めたんですか?

村本:僕のインスタグラム経由でランダムに集めた10人程度に話を聞きました。「別にこのことで日本人を嫌いになったりはしませんよ」と言っていましたね。
もちろん正解はわからないですが、韓国に行ったことで少なくともリンゴを赤だと思う人も青だと思う人もいることがわかったし、彼らには彼らなりの考えがあることもわかった。違うコミュニティを訪れることには、価値があるんです。

以上で分かったのは、ウーマン村本氏は追跡レーダーと探索レーダーの違いをしっかり理解せずに発言していることだ。だから咀嚼せず無批判に韓国発言を伝えてしてしまうのだろう。もし、日本に対するシニカルさの半分でも韓国へ示せば、公平さを感じるのだが。

二つのレーダー波形は全く違う。探索レーダーは船橋の上部でクルクル回転している一般的なレーダーで、回転しているため自衛隊機では強弱に波打った波形が記録される。対して追跡レーダーは対象をロックオンしてミサイルを誘導して撃破するものだ。だから電波の波形は強い直線を描く。攻撃を伴う危険な電波なので照射されると同時にけたたましい警報が自衛隊機内に鳴り響く。
当時、韓国と日本は友好関係にあったので、自衛隊機は直ちに無線で照射を止めるように要請したが無視された。
韓国側は、最初は自衛隊機からの無線は不明瞭で聞き取れなかったと発言していた。
しかしすぐに、前言を翻して「あれは救助要請のあった北朝鮮船舶を探す探索レーダーだった」と強弁した。
追跡レーダーの指向角は非常に狭く探索には向かない。わかりやすく言うと、狙撃銃の高倍率照準スコープで360度の範囲を索敵するようなもので、視野が狭すぎて広い海洋の小さな点を探すことは無理だ。
ではなぜ韓国艦艇は攻撃力皆無で無防備の自衛隊機へ追跡レーダーを照射したのか。
あの時、韓国艦船と北漁船の間で日本と米国に知られたくない何かが行われていて、自衛隊機を追い払うために脅しの照射をした、との説がある。自衛隊が得た情報は常に米軍と共有されている。だから、真相を知っている米軍は自衛隊機を全面的に支持している。

ウーマン村本はいつも反日的な発言を無批判に受け入れ、そのまま喋ってしまい、毎回、勉強不足を指摘される。彼は利用価値があるので一部の勢力に利用されている。彼を立候補させようとの野党の動きがあるが、その前に真剣に政治を勉強させる必要がある。今の知力のまま政治家になったら、立候補させる野党にとっても日本にとっても不幸なことだ。

ちなみに、文政権の韓国に言論の自由はなく、北朝鮮と中国・ロシアは平和国家ではない。北朝鮮は世界一過酷な独裁国家で、中国・ロシアに民主主義はなく、少数民族を弾圧する強権国家だ。文政権はひたすら北朝鮮と中国とロシアに迎合し、日本孤立化を図っていたが、ベトナムでの米朝会談が決裂し頓挫した。しかし、文大統領の本質は変わららない。機会が整えば再度日本攻撃を始めるだろう。


M_2

緑道公園にて、暖かくて気持ち良さげだった。

最近、温室効果ガス排出と農業畜産との関わりが調査された。
その結果、最も環境に負担を与えていたのは肉類と乳製品だった。
牛肉・チーズなどの食品100gを生産する過程で排出される温室効果ガスの量は次の通りだ。

牛肉100gを生産するのに 50Kgの温室効果ガスを排出。
チーズ100gに対して11Kg
鶏肉100gに対して5.7Kg
豆腐100gに対して2Kg

この結果で計算すると、もし、肉・乳製品を止めれば世界の75%以上の農場が不要になる。
その結果、米国・中国・EU・オーストラリアを合わせた面積を自然な環境に戻すことができる。
単純比較は難しいが、それは太陽光・風力発電よりはるかに温暖化防止に効果的だ。
その点、節度ある漁業は自然への負担がとても小さい。


M_3_2

散歩道で出会うアル中の「説教おじさん」。
彼は20年前からのアル中だ。
酔っていない時の彼は黒のトレンチコートの襟を立てて憂鬱そうに歩いている。

缶酎ハイで酔っている時の彼は元気だ。
適当に気の弱いホームレスのおじさんなどをつかまえては、
「そんなことをしていては人間がダメになるぞ」と説教している。
母が元気な頃「ダメなのはそっちの方なのにね」と、笑って眺めていた。
彼は鹿児島市の副市長の息子だが、親に勘当されたと話していた。

しばらく姿を見ないと倒れたか死んだのかと思ってしまう。
しかし、不意に姿をあらわす。
よほど頑強な体なのだろう。
昨日は素面で、買い込んだかん酎ハイの買い物袋を片手に憂鬱に歩いていた。


Ma_3

Ma_4

Ma_5

Goof

Mas

|

2019年2月26日 (火)

終末期老人の延命治療は偽善で社会保障財源の最大圧迫要因となっている。2050年日本は犯罪大国になるとの投資家ジム・ロジャーズの妄言。19年2月26日

確実に死に至る終末期老人への延命治療ほど残酷なものはない。命を無理やり引き延ばされる本人は、大切な人生の最期に、苦しい戦いを無理やりに強いられることになる。それは拷問に近いものだ。
私は助からないと判明したら、あらゆる治療を拒否したいと思っている。

8年間介護して、在宅で看取った母にもそのように対応した。
終末期、家庭医に「入院させないとすぐに亡くなりますよ」と言われた。
「それならなおさら在宅で私が看取ります」と入院を拒否した。
自信を持ってそう答えられたのは、生前母と幾度もそのことを話し合っていたからだ。在宅で看取った父も祖母も、延命治療はしなかったので、母は延命治療拒否を十分に納得していた。

無理な延命治療をすると、生き物が本来備えている死への生理的対応が正常に行われない可能性がある。正常な死では、脳内麻薬が分泌されて、多幸感の中で死を迎えることができる。臨死体験した人が、素晴らしい光景の中でこの上ない至福感に満たされていたと話すのは、そのシステムのおかげだと考えられている。
しかし、無理な延命治療をすると、そのシステムが疲弊し脳内麻薬が分泌されなくなる。結果、極度の孤独感と苦痛の中で老人は死を迎えることになる。本人が延命を望んでいるならともかく、助かる見込みも意識もない老人に延命治療を施すことはとても残酷なことだ。


それに関連した対談記事があった。
「文學界」が載せた、社会学者・古市憲寿とメディアアーティスト・落合陽一との対談で、超高齢化社会と社会保障費、安楽死や尊厳死について語り合った箇所だ。それに対して朝日新聞文芸時評で磯崎憲一郎は批判していた。

古市氏によると、国の医療予算を圧迫しているのは終末期医療最後の1ヶ月だけだ。だからその箇所を削れば劇的に改善すると話した。
「十年早く死んでくれ、と言うわけじゃなくて、最後の一ヶ月間の延命治療はやめませんか、と提案すればいい」古市
「保険適用外にするだけで話が終わるような気もする」落合
「自費で払えない人は、もう治療してもらえないっていうことだ」古市

以上は画期的で合理的な提言だと思う。
しかし、別メディアで古臭いリベラリストたちは反対した。
磯崎憲一郎は、その箇所を死を値踏みする為政者側の代弁だと批判した。
専門家筋からも、高齢者医療に対する無知と無理解だと批判が出た。
評論家・荻上チキは、財源を根拠に「死」を制度化することは優生思想に繋がると批判した。

それら朝日新聞的インテリたちの「俺たちこそが正義だ」との上から目線はいやらしい。
落合氏と古市氏は発言を修正撤回する必要はなく、もっと厳しく反論すべきだった。

日本の言論は、右翼よりリベラル左翼系の方が保守的で教条的で陰湿だ。
古市氏と落合氏は彼らの反撃を恐れ自重気味に対応したのだろう。

TVタックルで、室井佑月は「天皇謝罪」を発言、阿川佐和子は「ノーテンキな韓国擁護」を発言し批判された。私はその番組を観ていたが、彼女たちの小馬鹿にしたような発言は不快だった。
日頃、彼女たちは上記のようなリベラル左翼系の環境にいるのだろう。だから、深く考えずに上から目線の発言をしたのだろう。もし彼女たちが反論したいなら、日頃から真面目に勉強して、説得力のある反論をすべきだった。


M_6

荒川土手からスカイツリーを遠望。
その第一展望台ができた頃に母は息を引き取った。
だから、ツリーを眺める都度、母を思い出す。


投資家ジム・ロジャーズは2050年の日本は犯罪大国になると予測していた。それは彼の新刊の宣伝のようだが・・・
彼が日本の未来を悪く言うのは今に始まった事ではない。以前から、日本は滅びゆく国で投資価値がない国だと、ことある毎に言って来た。
これから先に投資する国として北朝鮮をあげ、それに先立ち日本株を全て売却したと話していた。それらの発言は、朝鮮民族が日本を卑しめる言葉を好むと知っているからだろう。

彼は金儲けはうまいが、話している内容は支離滅裂だ。祖国のアメリカは凋落し、中国も落ち込み、残りの大国インドなどは評価すらしない。対して朝鮮半島の評価はとても高い。北朝鮮は資源大国で教育された低廉な労働力が豊富だから、と言う。しかし、彼が言うように輸出先の大消費地米中が低迷したら、半島の躍進は無理だ。それでも矛盾したことを発言するのは、大韓航空などの半島株を大量に買っているからだ。彼の言葉に踊らされたバカな日本の投資家たちが半島株に殺到すれば、先行投資した彼は大儲けできる。
北へ日本以上に殺到するのは韓国財閥だろう。しかし、北を実行支配しているのは中国だ。北に関しては巨大な消費地に立脚する中国企業の方が有利だ。地政学的にも北を韓国任せにはしない。
・・補足すれば、低廉な労働力なら他にも沢山ある。例えばフイリッピンには韓半島より多い1億の人口がある。

彼はサムソンなどの韓国財閥を高評価しているが、韓国財閥はキャッチアップで成功した企業ばかりで中国企業と競合する。キャッチアップと独創性については、人材豊富な中国企業の方が有利だ。例えば中国ファーウェイが米国との摩擦を解決させたら、サムソンの経営を悪化させるだろう。

日本が滅びる前例として、ガーナ、エチオピア、ミャンマーをあげていた。その三国はかって大繁栄したが崩壊して最貧国になった。だから、日本も最貧国に転落し、日常的に殺人が繰り広げられる犯罪大国になると予測している。実に荒っぽい予測だ。それら三国と日本のどこが似ていると言うのだろうか。日本は国民の資質も経済も世界では特異で、海外なら大混乱が起きる大災害でも節度は保たれていた。そのような国民の資質を無視して、ガーナやエチオピアやミャンマーと日本を同一視する彼の思考は理解不能だ。

彼は日本の借金、国債の多さにも警鐘を鳴らしているが、経済人らしくない事実誤認だ。国債が多いのは事実だが、海外で発行される国債のように他国に買ってもらう国債とは全く違う。例えば米国国債は日本と中国が大量に買っている。その点、日本国債は日本政府と日本銀行を通じた国内銀行との間での売買で、彼が期待するような惨事は起こらない。何故なら、日本国債の売買は日本国内で完結するからだ。
日本社会にはタンス預金や企業留保金として大量のお金が休眠している。それらは投資に回すべきだが民間に強制することはできない。だから代わりに国債を発行し、休眠資金に相当する円を流通させていると私は思っている。
彼は日本銀行が大量に紙幣を刷り過ぎて円の価値は下がる一方だと断定しているが、現実にはインフレは起きずデフレが続いている。


ジム・ロジャーズは祖国に税金を払いたくなくてシンガポールに移住した。若者が新天地を求めてシンガポールに移住するのは理解できる。しかし、彼は自分を教育して育て、金儲けのチャンスをくれた祖国を捨てシンガポールを選んだ。

シンガポールは拝金主義の投資家や金持ちたちの国だ。豊かな一生を千回繰り返しても使い切れないほどの資産を得ても満足せず、富を収奪し続けるモンスター金持ちが愛する国家だ。あのような伝統文化がない、ただ衛生的なだけの箱物国家は息苦しくて1日も滞在できない。あの国が生み出すのは強欲な拝金主義者たちだけだ。

金儲けのために北朝鮮に投資しろとは、国情をよく知っている日本人には許せない考えだ。日本人は金王朝が何をしてきたがよく知っている。まともな日本人は金王朝に投資したりはしない。ジム・ロジャーズにモラルはなく、金儲けができるならどんな相手にでも投資する。

2050年に日本は世界最貧国に落ちて、荒れ果て路上で銃撃戦が起こるような国になるとジム・ロジャーズは警告する。日本人が彼のような金の亡者ばかりなら、そうなるかもしれないが、銃の所持が禁じられている日本ではそれは起きない。少子高齢化の老人国家の特性は穏やかで争いを好まないことだ。

彼の予測通り荒廃した国になるとしたら、大量に流入している移民たちが失業し始めた時だ。
彼は、日本は外国人を排除し、門戸を閉じていると思っている。外国人労働者を拒否しているから衰退の一途を辿ると言っている。事実誤認も甚だしい。すでに日本では二つの県ができるほどの外国人が働いている。私が住む赤羽でも、街の1,2割は外国人だ。

AIによって単純労働の自動化が進み、外国人労働者が職を失えば深刻な問題を起こす。その時、彼らは日本よりひどい状況の祖国へは帰国しないだろう。彼らは日本に止まって日本人失業者と争い、彼の予測通りに暴動を起こすかもしれない。
アメリカは移民を認めて繁栄したと彼は言うが、世界一の食料輸出大国と、先進国中最悪の食料自給率の日本とでは国の土台が違い過ぎていて、比較するのは無謀だ。

彼のような投資家が言う未来予測は本人の密かな願望であることが多い。もしかすると、彼のアナウンス効果で日本が凋落すれば儲かるような手を打っているのかもしれない。彼のような金儲けにしか興味のない者のお為ごかしな進言には、裏があると承知すべきだ。

Mx_10

 上善は水のごとし 老子

水の流れのように自然に従って生きれば、水が広い湖に達するように、静かで安らかな世界に落ち着くことができる。しかも水は流れながら、生き物を潤し植物を育てる。そのように水は、最善の存在だ。


Ma_3

Ma_4

Ma_5

Goof

Mas

|

2019年2月19日 (火)

涙を流す涙活は、笑いや睡眠や抗うつ剤よりもストレス解消効果がある。19年2月19日

世界各地で涙活の効果が研究されている。
その報告によると、泣くことは笑いや睡眠よりも、どんな抗うつ剤よりもストレス解消効果があると言う。例えば、職場で意図的に涙を流すと、気分が向上し仕事効率が格段に良くなる。スポーツの決戦前にチーム全員で涙を流すと、集中力が増し実力以上の力を発揮できる。

効果があるとわかっていても、必要に応じで涙を流すのは難しい。
役者さんが演技で泣かなければならない時は悲しい記憶を思い出して涙を流すと聞く。舞台に立っている知人は、アニメ「火垂るの墓」の、妹が空のドロプ缶を持ったまま死んで行くシーンを思い浮かべると、すぐに泣けると話していた。私は死別した肉親たちのことや、昔、看取ったペットたちや野生動物たちとの別れを思い出すと泣ける。
貧乏絵描きなのにストレスが少ないのは、この涙活のおかげだと信じている。

昔、親しくしていた社長は、涙を流したことがなく、昼寝もせず頑強で病気知らずを自慢していた。しかし、彼は40歳でガンになり早世した。今思うと、泣かないことでストレスが溜まり、ガンになったのかもしれない。

昨日、Eテレでネコメンタリーをやっていた。
出演は社会学者で作家の岸政彦氏と愛猫のオハギ。
20年近く、ともに過ごしたオハギの姉妹猫キナコが亡くなったシーンの朗読を聞いていたら、もらい泣きしそうになった。
私は旧居の敷地で数匹の野良猫を看取った。
その時のことを思い出して涙腺が緩んだのだろう。


M_3

 緑道公園。満開の蝋梅。


昔、都内なのに豊かな自然に囲まれた崖の上の一軒家に住んでいた。
そこは野良猫や野良犬の通り道で、厳冬期になると庭のゴミ焼き場の暖かい灰の中で、よく野良猫が寝ていた。

その敷地で最期を迎えた野良猫たちのことは、どれも深く心に残っている。
彼らは決して助けを求めず、静かに簡潔に死んで逝った。
人と比べると、彼らの最期は実に立派で畏敬すら覚える。


 40年ほど昔の旧居でのことだ。
玄関へ至る山道の郵便受けの傍らに、大きなエゴの木があった。
郵便物を取りに行くと、その太い枝で時々子猫が居眠りをしていた。
子猫は生粋の野良で決してなつかず、煮干しを差し出してもシャーと私を威嚇した。
だから餌はそのあたりに置くだけにした。
そんなことを一ヶ月程続けているうちに子猫はいなくなった。

 翌年の初夏、隣家の庭で親子三匹の野良猫が遊んでいるのを見つけた。
母猫をよく見るとエゴの木にいた野良だった。
その時、あの子猫が雌だったことを知った。
隣家の庭は広く夏草が気持ち良く茂っていた。
母子は暑い午後は木陰で午睡をして過ごし、夕暮れになると子猫たちは夏草の中を駆け回って遊んだ。仕事の合間、草むらで遊んでいる子猫達を眺めているのは楽しかった。

 夏が終わり秋の長雨が続いた。
野良の母子は裏の物置の軒下に、円くなって寝ていた。
しかし、すでに乳離れの時期で、間もなく母猫は痩せた子猫たちを残して消えた。

子猫は三毛の雌と黒トラの雄だった。
人懐こい三毛はすぐに近所の飼猫になった。
黒トラは母猫に似て誰にもなつかず、私が声をかけると激しく威嚇し、逃げ去った。
だから、母猫同様に、煮干しをそのあたりに置くだけにした。

黒トラはバッタやカナブンや蜥蜴などを取ってたくましく自活していた。
しかし、すぐに秋が終わり、豊富にいた虫や蜥蜴達はいなくなった。
黒トラは居場所を変えた。
散歩途中、痩せた黒トラが道路の側溝を覗いてネズミを狙っているのを見かけたことがあった。体の大きな飼い猫に追いかけられて逃げる黒トラを一瞬見かけたこともあった。

 寒風が吹き始める頃、郵便受け傍らのエゴの木の太い枝に黒トラがうずくまっていた。
飼い猫の襲撃を避ける為と、かすかに残る母猫の痕跡に惹かれたのかもしれない。
厳しい寒さの中、古ぼけた刷毛のように黒トラは震えていた。
私は毎日エゴの木の根元に餌を置いた。
しかし、彼は口にしなかった。

彼は病気だったのかもしれない。
黒トラは次第に弱って行き、枝に登れず、終日、根元にうずくまるようになった。
みすぼらしい毛並みからは痩せた体が透けて見えた。
餌を置き続けたが、彼は一口も食べなかった。
そのころは近づいても逃げようとせず、目を細くして穏やかに私を見上げた。その深く澄みきった薄緑色の瞳を、今も鮮明に思い出すことができる。

 数日後、黒トラは荒い呼吸してうずくまっていた。
声を掛けると微かに目を開いた。
私は風除けに彼の回りを段ボールで覆った。
その日は徹夜の仕事を抱えていたので、1時間おきに様子を見に行った。
黒トラの呼吸は次第に小刻みになって行き、体にさわっても目をつぶったまま反応しなくなった。

翌朝、見に行くと黒トラは前足を少し曲げて冷たくなっていた。
その姿は子猫の頃の楽しい夢を見ているように見えた。
庭の片隅にツワブキの花が咲き残っていた。
その傍らの凍った土を掘って黒トラを埋葬した。

 それから長い年月が流れた。
子猫達の遊んでいた広い庭には大きな家が建った。
黒トラのいたエゴの木は切られ駐車場になった。


M_9


2月14日、聖バレンタインの日、姪が出張で上京したので、新橋に会いに行った。
絵は、高崎線の車中で向かいに腰掛けていた女性を記憶して、帰宅してから描いた。1年前までセーラー服を着ていたような昭和の雰囲気のある女の子だった。寒さに強く健康そうな体躯と白い足が印象的だ。学生ではない。私と同じく新橋で下車したので、新橋に職場があるのかもしれない。


Ma_3

Ma_4

Ma_5

Goof

Mas

|

2019年2月 9日 (土)

あらためて、歌手の夢を一瞬で掴んだ、ただのおばさんだったスーザン・ボイルに感動。しかし、日本人の魂を揺さぶるのは演歌だった。19年2月9日

明日は雪の予報だったが、美しい夕暮れだった。

M_8

環八、小豆沢あたり。
西方、中山道方面を眺めて。


先日の、マツコが丹下健三設計の東京カテドラル聖マリア大聖堂を訪ねる番組で、パイプオルガンの演奏があった。曲の中にはバッハのトッカータとフーガがあった。

50年以上昔のフランス映画「去年マリエンバートで」ではそれと似たBGMを使っていたが、曲名は思い出せない。それで、「去年マリエンバートで」のBGMを検索してみた。
同じ曲にはたどり着けなかったが、その過程で様々な音楽動画に出会えて楽しかった。

その中に、2009年、スーザン・ボイルが夢をつかんだ瞬間のドキュメンタリーがあった。大聴衆が見つめる舞台にキスの経験もない47歳の幸せ薄い失業女性現れた。彼女は美しさとは無縁のボサボサ頭の小太り中年女性。
審査員が夢を聞くと「エレイン・ペイジのようなプロの歌手になりたい」と答えた。「なぜプロになれなかったのか」と問われた彼女は「チャンスがなかったから」と答えた。

それらのやりとりを冷ややかに眺める観客たち。
「無謀な夢を」と、うんざり顔の審査員たちのアップ。
しかし、レ・ミゼラブルの「夢破れて」を彼女が歌い始めると会場の雰囲気は一変した。審査員や観客たちの侮蔑の薄笑いは消え、賞賛の大歓声が会場を揺るがした。

これから何かに挑戦しようとしている人たちにこの動画を薦めたい。この動画を観ると、勇気が湧いてくる。本当に優れたものには何の飾りも必要なく、人の心を一瞬で鷲掴みできる。

下画面をクリックすると動画が始まる。

M_11

現代日本の声楽家たちの多くは西洋音楽を実に立派にものにしている。しかし、どこかに借り物感が残る。殊に、スーザン・ボイルのような西欧人特有の声を聴くと、日本人とはズレを感じる。だからか、いつも完全に没入できないでいる。

音楽に関連して、1月30日のEテレ科学番組の「又吉直樹のヘウレーカ“空耳”はなぜ起こる」は音と人の感情の関係を取り上げていた。音についての解説中、科学番組には不似合いの北島三郎の「風雪ながれ旅」が突然に流れてきた。解説者の音研究家、NTTコミュニケーション科学基礎研究所・柏野牧夫氏は、中学生の頃から演歌の大ファンだったからだ。
番組によると、無音室では自分の心拍から血液の流れる音まで聞こえて、長くいると頭がおかしくなるそうだ。

音楽は不意を突かれると強い感動を覚える。
早速、アイチューン・ストアで「風雪ながれ旅」を手に入れようと検索したがなかった。
代わりにユーチューブで見つけたのが下の動画だ。聴きながら、やっぱり日本人には演歌だと痛感した。

「島津亜矢 北島三郎 風雪ながれ旅--まつり」下画面をクリックすると動画が始まる。

M_7


明日の東京は寒く雪になりそうだ。だからでもないが、雪の舞う動画があったので下に記載する。
動画は公園らしき場所にカメラを固定して写した白黒動画。
BGMはロシア民謡のトロイカを静かな曲に編曲したヒーリングミュージック。
舞い落ちる雪をぼんやり眺めていると、不思議に癒される。
私的な感想だが、舞い落ちる雪の一片一片に様々な人生を重ねてしまう。まっすぐ落ちていく雪、落ちたり上ったしている雪。それでも最後は全ての雪が落ちてしまい、消えて行くのが少し寂しい。

「Evgeny Grinko--Field」下画面をクリックすると動画が始まる。

M_10


次は以前何度かテレビで紹介していたので、観た記憶がある人は多いはずだ。
中世風の牧歌的な曲が心地よい。

「FAUN---Federkleid」下画面をクリックすると動画が始まる。

M_9


最近読んだ記事で「ミスタードーナツの顧客を奪う意外な競争相手について」がとても面白かった。
その競争相手とはニトリや百均の進化だ。
私は知らなかったが、1980年代後半のミスタードーナツはポイントでもらえるグッズ目当ての客で売り上げを伸ばしていた。当時の若者たちは、西武百貨店の「おいしい生活」のキャッチコピーに踊らされ、雑誌「ポパイ」と「オリーブ」が流行っていた。

その頃、若者たちの住まいは木賃アパートからワンルームマンションに変わった。そのフローリングと白い壁には雑誌に掲載されていたおしゃれな家具やグッズが似合っていた。だから、高額にも関わらず飛ぶように売れた。
当時の景気は本当に良かった。
私の収入も潤沢で、節約なんて針の先も考えなかった。

その頃、ミスタードーナツを躍進させたのが、300円の買い物毎にもらえるラッキーカードだった。そのスクラッチを削って出てきた点数を集めると原田治のイラスト付きの生活グッズが手に入った。
ロフトあたりで売っていた生活グッツはとても高かったので、若者たちはドーナツの景品グッツに飛びついた。
しかし今は、それらのグッツはニトリや百均で昔の10分の1の値段で買える。だから、ラッキーカードの魅力は薄れ、ミスタードーナツの売り上げも落ちた。

ミスタードーナツ以外の店が成長できなかった訳も面白かった。
それは、彼らはミスタードーナツとは別種のスマホに敗れたという説だ。

例えば、セブンイレブンもドーナツに参入して失敗した。
参入のきっかけはセブンカフェの成功だった。私もセブンカフェは好きで週に2,3回は飲んでいる。香りとコクにこだわった高品質のコーヒーはスタバ以上で、サラリーマンたちはセブンイレブンでコーヒーを買って職場にでかけるようになった。
これはニューヨークの出勤シーンの後追い流行だった。少し違うのは、ニューヨークではコーヒーと一緒にドーナツを買い、片手にコーヒー、片手にドーナツを持ち、それを交互に口にしながら歩くスタイルだった。それでセブンイレブンはセブンカフェの隣にドーナツを置けば売れると踏んだ。しかし、その目論見は外れた。

その理由がとても面白い。
セブンイレブンがドーナツに参入した頃にスマホが登場して、ニューヨークスタイルは時代遅れになっていた。片手にスマホではドーナツは持てなくなり、ドーナツは売れなくなった訳だ。

スマホの登場で、ドーナツ自体が売れなくなっていた。
ニューヨーカーは素手でドーナツを食べるので指先が油でベトベトになってしまう。それでは画面をタッチできないので、ドーナツは敬遠されるようになった。

スマホの登場で、指先が汚れるスナック自体が売れなくなっている。明治のカールや森永のチョコフレークの生産終了もスマホが原因だった。そのように売れ筋商品の盛衰には思いもよらない原因があるようだ。


M_12

喫茶コーナーで見かけた老人。
日に焼けたホームレス風だが、読んでいる本は専門書だった。


Ma_3

Ma_4

Ma_5

Goof

Mas

|

«縄文の竪穴式住居が理想の住まい。シャネルvsエルザ・スキャパレリを幸せの視点で見たらスキャパレリの勝ちだ。19年1月28日