2017年10月23日 (月)

雨宿りはホームレスの気分。マッチ売りの少女の一瞬の幸せ。そして総選挙結果。17年10月23日

うんざりするほど雨が続いた。昨日は台風余波で急に気温が上がったために、トイレの壁床がびしょびしょに結露した。何度も雑巾掛けしたがすぐに結露してしまう。こんなことは入居してから初めての経験だ。


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雨の浮間公園の紅葉。
池沿いの遊歩道を通って選挙へ行った。
北区は3人立候補。公明共産の2強に泡沫一人で結果は初めから分かっていた。


台風の風雨が荒れていた深夜、外で爆音がして突然停電した。
ベランダから外を見ると住まいから300メートル四方は真っ暗だ。パソコン操作が中断し困っていると5分ほどで回復した。日本は停電対策が大変進んでいる。この半世紀ロウソクを灯すような長い停電を経験していない。
台風は午前3時には通り過ぎて風雨は弱まった。
お昼過ぎには久しぶりに青空を仰げる。
二日過ぎても乾かない部屋干し洗濯物がスッキリ片付けられそうだ。


雨の散歩では公園のベンチがびしょ濡れで使えない。
代わりに大きな庇のある病院玄関前のベンチで休む。
最近は休憩中にリュックの乾パンを食べる。
散歩はさらに2時間ほど続くので、燃料の糖質を補っておかないと力が萎える。

携帯食を乾パンに代えたのは丈夫で砕けず湿気に強いからだ。乾パンがなぜ旧軍の携帯食に選ばれたかよくわかる。以前はクラッカーを持ち歩いていたが、すぐに粉々に砕けて食べにくかった。その上吸湿性も強く長持ちしなかった。

先日、友人と会った時も腹抑えに乾パンを食べた。
友人にも勧めると、
「まだそんなものを売っているのか。水分なしではパサパサして食べにくい」と断られた。
私は唾液の分泌が多いのでパサパサの経験はない。
昔の乾パンには氷砂糖か金平糖の小袋が同封してあった。
あれは唾液の分泌を促進させて、乾パンを食べやすくする工夫だったようだ。

病院のベンチから夕暮れの道をぼんやり眺めながら、乾パンを食べているとホームレスの気分になる。食べ終えて隣の公園の水飲み場で傘をさして歯を磨いていると、さらにホームレスがの気分になった。そう言えば、最近、ホームレスが激減した。仕事が増えて多くは安宿へ移転したのだろう。


散歩中に聴く曲目に森田童子の「高校教師」を加えた。
25年前のヒットドラマ「高校教師」のBGMに使われてヒットした曲集で、私は勝手に曲集を「高校教師」と呼んでいる。正しくは「ぼくたちの失敗」とか「ぼくが君の思いでになってあげよう」などだ。
森田童子は女性だが「ぼく」を好んで使う。知人の女性詩人も「ぼく」が好きだ。「ぼく」の持つ少年の中性的なイメージが女性に好まれるのだろう。

ドラマ「高校教師」が再放送がされた頃、私はテレビCM用アニメ制作をしていた。背景画10数枚にキャラクターのセル画300枚以上を10日で描く過酷な仕事だった。キャラクターは線画に色付けではなく、絵画手法で陰影をきちんとつけたので大変に手間がかかった。
連日、ほとんど寝る時間はなく、眠気覚ましに「高校教師」の録画を夜昼なく付けっ放しにしていた。おかげで、仕事が終わった頃にはドラマの台詞をほとんど覚えてしまった。

仕事が終わって間もなく、武蔵美の学生に芸術祭に誘われた。
学生が企画したファッションショーはざっと見て済ませ、油絵の会場を訪れた。そこで可愛い学生と知り合った。帰りは二人で夕暮れの玉川上水脇の遊歩道を鷹の台駅へ歩いた。彼女もドラマ「高校教師」が好きで、細かいところまで話がとてもよく合った。彼女とは恋には程遠く半年ほどで自然消滅した。

森田童子の曲を聴いていると、それらの情景がフラッシュバックした。それは「マッチ売りの少女」がマッチの小さな炎に幸せな日々を思い出している感覚に似ている。
私以上の世代は「マッチ売りの少女」に別のイメージがある。歓楽街の裏路地で、マッチ1本を今の価値で千円ほどで酔客に売りつける商売である。


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絵は女子高生を描いたが、実際は厚化粧のおばちゃんだ。
上京してから、歌舞伎町の裏道でそれらしき女性との出会いを求めたが果たせなかった。そのような商売はまだあったはずだが、客には見えない純粋無垢の若い私を女たちは敬遠したのだろう。

この手の商売は世界中にある。小学生の女の子が小銭をもらって鉄棒で逆上がりをして見せるとか多彩だ。名作、ジョン・ブアマン監督1987年公開イギリス映画「戦場の小さな天使たち」原題: Hope and Gloryにも似たシーンがあった。
映画は第二次世界大戦のロンドン空襲の中、元気一杯に明るく過ごしていた子供達の話だ。空襲で親を亡くした少女は安物アクセサリーと交換に思春期前の男の子たちにパンツの中を見せていた。「お粗末」などとバカを言った男の子は彼女に容赦なくひっぱたかれた。戦時中でも暗さはなく猥雑で明るい青春コメディーだった。


浅田真央ちゃんが出演する「新潟米コシヒカリ」のWeb限定動画が良い。
CMの中で一瞬だけだが、夕暮れの田んぼ道を「新潟に来ました・・」と口ずさみながら歩いている彼女の思いて詰めたような表情が青春の香りがしてとても良い。
彼女をいつまでも女子高生のように思っていたが、すでに27歳になってしまった。


選挙結果は「立憲」が大躍進したが、支持層のほとんどは熟年以上で伸び代がなく、共産の票が横滑りに入っただけで有力な野党勢力にはなり難い。「希望」は米国のような二大政党を目指したが、小池都知事に頼りすぎた。加えて政策の詰めが荒く、持ち駒の新人立候補者たちも魅力と実力がなさ過ぎた。いずれにせよ選挙結果ばかりの今日のワイドショーは見ないことにしている。


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台風一過の青空。


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増水した荒川。
川口側の河川敷は完全に水没しているが、東京側の水没地域は8割ほどだ。


この写真でも東京側が埼玉側より少し高く設計されているのが分かる。そのように東京側の堤防は頑丈に作られているが、200年に一度の大雨には耐えられず洪水が起きる可能性がある。それについて、先日ハザードマップが配られた。この住まい付近は洪水が起きれば平屋は水没し2週間は水が引かない。生きているうちに、洪水も直下型地震も起きないことを願っている。


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2017年10月 7日 (土)

合羽橋に、駒形どぜうに、ネコメンタリーに、小池都知事。17年10月8日

雨上がりの散歩は素晴らしい。
アスファルトの歩道は隅々まで洗われていた。
清涼な大気に懐かしい香りが漂っていた。
辿って行くと金木犀が咲いていた。

あっという間に1年は過ぎてしまった。
その間、さして大したことはしていない。
大きな出来事は5月、40数年ぶりに郷里大堂津を訪れたことくらいだ。


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いつもの公園のベンチに腰掛け、ぼんやりと芝生の向こうの木立を眺めた。
先日のEテレ「ネコメンタリー・猫も杓子も」作家吉田修一氏の金ちゃん銀ちゃんを思い出した。飼い主の吉田修一氏は公園の木立をぼんやりと眺めていると何時間でも過ごせる、と話していた。
私も、公園のベンチで何時間もぼんやりしていられる。
何も考えず、非生産的なのに、不思議なくらい生きている充足感がある。

彼の飼い猫は活発な金ちゃんと、おっとりした小太りのスコティッシュホールドの銀ちゃん。軽く小競り合いしたり、仲良く昼寝をしたり、二匹の対比はとても可愛い。三者は互いに何かするわけでも求めるわけでもなく、絶妙の距離感で暮らしている姿はホッとさせられる。

これは大好きな番組だ。
以前放映された「養老センセイとまる」「角田光代とトト」も録画して何回も見た。
明日9日月曜は夜11時から、直木賞作家・村山由佳氏のもみじちゃん。
もみじちゃんはまる顔のつぶらな瞳がとても可愛くて17歳には見えない。
この回も録画して、何度も見ようと思っている。


老子は何も考えないことを最上の生き方とした。
何か考えれば知識が積み上がる。
豊かな知識は諸刃の刃だ。
人を助ける反面、毒になって苦しめる。
反対に何も考えず、水が流れるように自然に行動すれば、最善の道を進むことができる。
老子は赤ん坊を最高の存在とした。
赤ん坊のように未来を恐れず、まっすぐに生きれば悩むことはない。


10月1日日曜日は友人に誘われた。
事業で成功した彼は料理が趣味だ。
プロ用の中華鍋が欲しいから付き合え、とのことで、合羽橋の銀座線田原町駅で待ち合わせた。
日曜の合羽橋は3分の1しか営業していない。
私はのんびり道具街を散歩したかったが、シャッターが閉まった通りは面白くなく手近な店に入った。
彼はプロ用の国産中華鍋を買った。
頑丈な出来なので彼が死ぬまで使えるはずだ。


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田原町の古い仏具店。

合羽橋から浅草へ歩いた。
相変わらず仲見世は海外からの観光客で混雑していた。
人力車のキリッとした粋な車夫。
街角に何気なくある小さな祠やお堂。
それらの伝統的な風景とは正反対の近代的なビル。
日本人には当たり前だが、それらが心地よく調和している清潔な街は、海外観光客には新鮮なのだろう。夕暮れの街を海外からの家族連れがいく組も歩いた。彼らには安堵感と心地よさが溢れていた。

5時過ぎていたので観音様の本堂は閉まっていたが、外の賽銭箱へ長い列ができていた。
友人が夕飯にしようと言うので駒形どぜうへ向かった。

店の前には先客4人が待っていた。
整理券をもらうと15分ほどで順番が来て、地下の椅子席へ案内された。
ドジョウ鍋と柳川鍋とドジョウの蒲焼を頼んだ。
ドジョウ鍋はまるごとの小型のドジョウに刻みネギと七味をかけ割り下で煮込みながら食す。小型なので骨ごと柔らかく美味い。柳川鍋と蒲焼は大型のドジョウを割いたものだ。こちらも美味い。

ビールを飲みながら楽しい食事だった。
隣席は美人を交えた女性三人。美人は二の腕の感じから40歳少し過ぎたくらい。
年長の女性は美人の母親らしい。
黒のロングドレスに高級なハイヒール。
水商売ぽいが、時折見せる傲慢な表情からそうではないと推測。多分、金持ちのお嬢さんだろう。


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飲みながら描いた。

三人組が席をたった後、後ろの席のカップルが「美人だったね」と呟く声が聞こえた。
この手の美人は地方にはいない。

そのあと、吾妻橋を渡り、アサヒビール・金色うんこのあるビルの「隅田川ブルーイング」でステーキを肴にクラフトビールを飲んだ。


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星美学園前のピラカンサ。


選挙前のマスコミは右も左も小池都知事への悪口で溢れている。
男へ媚びない彼女の姿勢への嫌悪感と恐怖心が根底にあるのだろう。
北区で都民ファーストから当選した音喜多駿都議が離党して小池都知事を非難していた。それほど都知事が憎いなら、黙って議員辞職して、選挙が終わってから小池非難をすべきだ。とは言っても、選挙が終われば誰も注目しない。多分、彼をたきつけ利用している勢力がいるのだろう。

信長は敵将の部下が我が方へ寝返っても、その不忠を嫌悪し厳しく対処した。
関ヶ原で寝返った小早川氏は、徳川配下の冷たい視線に耐えられず、心を病んで早世した。
それらの例のように、音喜多駿都議も政治生命は終わりそうだ。
彼は主君を裏切るには人間が小さ過ぎる。

お笑い芸人やタレントたちが、政治批評をするのが最近の流行りだ。
しっかり政治を勉強して話すのなら許せるが、浅薄な知識で右や左の誰かに言わされているように感じるのが気持ち悪い。


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2017年9月29日 (金)

メーテルリンク「青い鳥」は大人向けの物語だった。17年9月29日

秋の大気は心まで透明にする。
この大気は祖母や兄姉の荼毘の後に似ている。
献体した父母の遺骨が返された日も透明な光に満ちていた。
それは寂しい記憶だが、今は懐かしい。
懐かしく思い返すのは、若かく夢に溢れていたからかもしれない。

いつものカフェでコーヒーを頼みながら軽く言った。
「今日の外気はとても爽やかだ」
カウンター内の彼女は笑顔になった。
「何だか、誰か死んだ後みたいに爽やかだ」
付け加えると、彼女は笑いながら首をかしげた。
死んだ後とは、おかしな例えだ。
本当は葬儀の後の透明で冷んやりとした寂しさを言ったつもりだったが、説明するのは止めた。

いつもの席で、鬱蒼とした木立を眺めながらコーヒーを飲んだ。
そして、メーテルリンクの「青い鳥」をパラパラと読み返した。


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素晴らしい空だ。
荒川の上に、金魚みたいな雲がポツンポツンと流れていた。


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夏に目立つ花は百日紅くらいだが、
秋は彼岸花から、キバナコスモスにオシロイバナとにぎやかだ。


先日「青い鳥」を読み終えた。
1日で楽に読み終えられるページ数だが、とても内容が深くて読み飛ばすことができなかった。
読み終えて、長い年月、騙されていたと思った。
最初に絵本で読んだのは、5,6歳の頃だ。
その内容は浅くて、幸せの青い鳥は現実にはいない、と言った類型的なものだった。

本物を読み終えた感想は違う。
これは大人のための哲学書に近いものだ。
チルチルミチルには死んだ多くの弟と妹がいた。
そして、新しく生まれる弟も幼くして死ぬ運命にある。

メーテルリンクは自然や人生に善悪や優劣を決めつけていない。
善悪、幸不幸全てを肯定しているのは東洋思想に近い。
丁寧に選ばれた一つ一つの言葉に、
ノーベル文学賞作家の奥深さを感じた。


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「青い鳥」夜の精
夜のシーンはとても美しい。
27日、カフェで読んだあと、一気に描いた。
実際は鉛筆画だが、フォトショップで色をつけた。


先日のEテレの「らららクラシック」はモーツアルトだった。
「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」作曲の謎を作曲家 宮川彬良氏が独自視点で分析していた。彼は、この曲はモーツァルトの内面の愚痴のように下がるモチーフが重要だと話した。下がる音の繰り返しに、ささいなことに一喜一憂するモーツァルトの人間臭さが重なって見える、と楽しそうに話していた。

モーツアルトの父親は教育者として大変に優れていた。
だからモーツアルトは父親を深く尊敬していたのだろう。
「素早く簡単にできた曲はヒットする」
父親のこの言葉はとても素晴らしい。
絵においても悩まずにさっと描けた絵はとても優れている。
これは音楽、文学、アート全てに共通する原則だ。


冷水を飲む時、母の遺品の備前の湯呑みを愛用している。
岩のような風合いの湯呑みから飲むと、山の清流のように美味しく感じる。

母は備前が好きで湯呑みがいくつもあったが、引越し業者の乱暴な取り扱いのせいで、割れずに残ったのは2個だけだった。
1個は母の遺言に従い、少し残した遺灰を入れ、紅色の鹿の子絞りの袋に入れて仏壇に飾ってある。鹿の子絞りの袋は生前母が自分で縫っておいたものだ。


ベランダから上弦の月が見える。
公園のベンチから、木々の梢の間に見えた月は大きかったのに、ベランダから見える月は小さく孤独だった。
しばらく眺めていると夜烏が鳴きながら過ぎって行った。


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2017年9月25日 (月)

日本人の発想力は豊かだが、それを生かせない日本企業は衰退した。NHK「ドキュメント72時間・男が靴を磨くとき」の有楽町現場へ行った。17年9月25日

文春オンラインで藤原敬之氏の栄光の「モノづくり日本はなぜアップルに負け続けているのか」を読んだ。
概略は・・世界的競争力を辛うじて保っているのは自動車・ゲームだけで、「モノ作り日本」はガラパゴス化の中で取り残されてしまった。そもそも日本人は本当にモノづくりの才能があるのだろうか・・と彼は日本人の才能に疑問を呈している。
その一例として・・16世紀の日本人はそれまで見たこともない鉄砲を僅かな年月で世界最大量生産したが、鉄砲そのものを創造したわけではない。「目の前に現れた鉄砲」は作れるが、「無から鉄砲を創造すること」は出来なかった・・としている。
その原因を宗教にも結びつけていた・・西欧の一神教「神の世界」を「理想」と置き換えることで、様々な哲学や思想が生まれ、現実に無いものを創りだすというモチベーションが生まれる。それが画期的なモノ(発明・製品)を生み出すことに繋がる・・それに対して、多神教で宗教観が希薄な日本人は理想の描き方が弱いと彼は思っている。

読み終えて強い違和感を覚えた。彼は世界の科学技術史を理解していない。
鉄砲は中国で火薬が作られたことから発想された。中国辺境の自然環境には硝石が多く、日常生活の中で偶然に硫黄と炭粉が混ざって黒色火薬は発見された。火薬から鉄砲の初期形態の臼砲、ロケット、爆弾への発想は自然な流れだ。臼砲は字のごとく臼に火薬と岩石などを詰め、爆発させて岩石を飛ばす兵器だ。それらは進化しながらシルクロードを経て西欧に伝わり、より使いやすい火縄銃へ進化した。

西欧人も中国初の鉄砲に触発されていて、無から鉄砲を生み出した訳ではない。
江戸時代、日本の火縄銃は近代的な銃へ進化しなかったが、それは世界で唯一、日本は軍縮をやり遂げた平和国家だったからだ。兵器開発を制限された結果、火縄銃は究極までに洗練され芸術に変身した。

そもそも科学技術もアートも無から新しいものが突然に生まれることはない。アインシュタインの相対性理論は物理学の積み重ねの延長線上に生まれた。天才ピカソはアフリカの土俗文化に触発されてあの作風を生み出した。

彼は留学生の少なさを指摘していた・・米国への留学生は中国が33万人に対し日本は1万9000人。人口比に換算すると、台湾からの留学生の約6分の1である。だから、日本はますますガラパゴス化の中で自ら取り残されて行く・・と決め付けていた。確かに、英語下手が国際的な活躍を低下させている。日本の大学の地位が国際的に低いのも英語力にある。
しかし「それがなんだ。それがどうした」と言うのだろうか。
ガラパゴスを揶揄する彼の発想に外資系に身を置いた者特有の西欧崇拝を感じる。
彼は、日本はこのままでは世界の孤児になり貧しく落ちぶれる一方だ・・と言い、中国、シンガポール、韓国のように英語を普及させて若者はどんどん外国へ出て行くべきだ・・と力説する。しかし、中国、シンガポール、韓国は我々の手本になるような素晴らし国家だろうか。そう思っているのは、拝金主義のエコノミストたちだけだ。

はたして世界と日本が違うのは悪いことだろうか。
ドイツやフランスやイタリアは国際化の為に自国文化を否定したりはしない。ベンツやBMWは自国文化を大切にしたからこそ生まれたドイツ的な個性だ。フランスやイタリアの服飾や食文化の豊かさも個性を大切にしたからだ。

日本のガラパゴスは金儲けには不向きだが、自国文化を守り抜く姿は没個性へ向かっている世界では貴重な存在だ。数値崇拝のエコノミストには容認できないだろうが、世界でどれだけ売れたかを誇ったり気にしたりしないのが真の未来志向だ。自国の文化を大切にして、程々の生活ができて、穏やかに一生を終えられるとしたら、それこそ本当の幸せだ。世界何位と競争に明け暮れていては環境破壊は進み幸せは遠くなるばかりだ。

ガラパゴス家電には素晴らしいものがたくさんあった。
先日、ファックスを使う必要があって20年前の製品を押入れから取り出してコードをつないだ。すると、20年間内臓電池が時を刻み続けていて正確な時刻を表示し、送受信も正常に行われた。今更ながら昔の日本製品の優秀さを再確認した。しかし、この誠実さはガラパゴス化の象徴として唾棄されてしまい、今はすぐにゴミになる中国生産の家電ばかりに変わってしまい残念でならない。

世界中が英語を話し、同じような家電を使い、欧米風の生活をするのが素晴らしいことだろうか。シンガポールのように、がむしゃらに他国語を学び、がむしゃらに外貨を稼いで自国文化を否定していたら人生は空しいばかりだ。今、海外旅行客が日本に殺到している。それはガラパゴスと言われるほどに独自文化の魅力が残っているからだ。

彼はアップルを大絶賛していた。
しかし、アップルは立派なことをして世界制覇した訳ではない。
数年前、アップル製品のコネクタを作っている中小企業の島野製作所がアップルを訴えた。その経緯は、アップルからコネクタを依頼された島野製作所は新製品を開発し増産体制を整えた。しかし、アップルは契約を反古にして発注を止め、島野製作所の特許とノウハウを無断で海外企業に提供して安く作らせた。その結果、増産体制は無駄になり特許権も侵害された。それでも我慢して再取引を要請すると、大幅値下げと高額リベートを要求して来た。それで島野製作所はアップルを訴えた。
島野製作所は優秀な企業でアップルなしでもやって行けるので訴訟に持ち込めた。しかし、泣き寝入りしている日本の中小企業は多い。このような汚い事はアマゾン、グーグル、サムソンなど、海外の成功した大企業なら当たり前のようにやっている。

日本人に発想力がないと彼は言っているが大間違いである。日本の経営者が新発想を理解していないだけで、日本人に新発想の才能がないわけでは決してない。伝統的に日本の大企業は世界初のアイデアを採用する勇気がない。海外企業が先に採用して成功しそうだったら慌てて後を追う。日本の特許公報には、そのように企業から無視された世界初のアイデアが死屍累々と連なっている。
日本の特許公報は宝の山だ。海外の専門家はそれらを漁り、特許公報に掲載されたアイデアの70パーセントが海外メーカーに盗まれている。藤原敬之氏はそのような海外メーカーの裏面を熟知しているはずなのに、アップルなどの海外メーカーを目指せとは道義がなさすぎる。

昔、私は発明に熱中し200件以上のアイデアを出願した。その中の二つは権利が消滅した後に海外メーカーに使用(盗用)されて世界的に使われている。その頃、大手電機メーカーに、アイデアを売り込んだことがあった。その時、社外のアイデアはどんなに素晴らしくても採用しないと門前払いされた。

ソニーが世界企業になったのは、当時はまだ中小企業で世界初に果敢に挑戦する元気さがあったからだ。そして今、ソニーが衰退しているのは大企業に成長して大企業病に罹り挑戦しなくなったからだ。
日本経済の問題点は日本人の資質ではなく事なかれ主義の経営陣にある。その事実から目を背けていては日本経済の浮上はありえない。


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夏雲の名残。しかし、秋は一気に進んでいる。


帰宅してテレビをつけると、1964年東京オリンピック開会式の日本晴れの大空に描かれた五輪マークの逸話をやっていた。五輪マークは当時、住んでいた北区十条からも大きく見えた。私はオリンピックには興味なく、開会式のテレビ中継の音声を遠く聞きながら空を見上げていた。

その前の、聖火リレーの時は環七沿いに並ぶ大群衆の頭上を、聖火の煙がぴょんぴょん跳ねながら進んでいくのを記憶している。当時、環七は全線開通前で十条付近はほとんど車の通行はなく、舗装されているのは中央車線のみだった。あれから53年が過ぎた。当時の知人たちのほとんどは鬼籍に入り、思い返すと切なくなる。


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東京北医療センター庭の彼岸花。


土曜はアメ横へ食材を買い出しに出かけた。その後、銀座へ回った。前夜見たNHKの「ドキュメント72時間・男が靴を磨くとき」がとても良かったからだ。場所は見慣れた有楽町駅前の交通会館だ。この辺りと見当をつけて行くと、地方の農産物直売の催事で埋まっていて靴磨きコーナーはなかった。
仕方がなく1個110円の食用ホウヅキを五個買ってその場で食べた。
お盆に仏前に飾る日本本来の真っ赤なホオヅキも好物だ。こちらは苦くて酸っぱいが、子供の頃はみんな喜んで食べていた。殊に女の子は皮を破かないように丹念に中身だけを取り出して食べ、皮だけにした球形のホオヅキをくわえてギュウギュウ鳴らして楽しんでいた。
法螺貝の一種の卵・海ホウヅキは側面に丸い穴が開けられ赤く染めて塩水に漬けたものを駄菓子屋で売っていた。こちらはホオヅキより耐久性があったが高価だった。

食用ホオヅキはオレンジ色で甘酸っぱくとても美味しい。しかし、知らない人が多くあまり売れていない。それでサクラになってあげようと、女店主と立ち話をしながらポケットからホオヅキを取り出しては食べた。すると、興味を持つた客が立ち止まり次々と売れた。

目的だった「ドキュメント72時間・男が靴を磨くとき」は、今では珍しくなった「路上の靴磨き」だ。熟練した職人たちの手にかかると、くたびれた靴でも10分でピカピカの新品に変わった。客の靴への思いは深い。就職した時に母親から買ってもらった靴、妻が心を込めて買い求めてくれた靴、営業マンが取引先に覚えてもらいたい一心で買った高価な靴、知床から陳情に来た町長が担当省庁へ向かう前の身だしなみの靴、それぞれの男たちの心情は心を打った。

下世話だが、10分間1100円なのに行列して待つ客の多さを見ると、職人さんたちはかなりの高給取りだ。低料金の東南アジアやインドアフリカの靴磨きが見たら羨望の世界だろう。


交通会館の後、顔馴染みのエスニック衣料店へ寄って女主人と立ち話した。彼女は読み終えたからからとメーテルリンクの「青い鳥」堀口大學訳の新潮文庫版をくれた。子供の頃、絵本で何度も読み内容は熟知している、と思っていたが、堀口大學訳は美しく精緻に描かれた大人向けの戯曲だった。

読みながら美しい画像が次々と思い浮かんだ。
1日に2幕読んで、二日目で半分読み終えたところだ。
青い鳥を手に入れることで人間は自然を支配できる。青い鳥を巡り、人間に支配されたくない自然の動植物や夜の妖精たちとチルチルミチルと飼い犬のせめぎ合いがファンタジックに描かれている。
チルチルミチルに青い鳥を捕らえてくるように命じた妖女と光の精は神に近い存在かもしれない。いずれにせよ、チルチルミチルは本物の青い鳥を捕らえることはできない。


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2017年9月15日 (金)

金正恩政権はJアラートをどのように捉えているか。日本政府がJアラートを発する真意。17年9月15日

北ミサイルが北海道越え軌道で発射されJアラートが鳴り響いた。その後の報道を見続けたが、どれもJアラートの本意を理解せず的外れな意見ばかりだった。韓国人や韓国系のコメンテーターは「日本人は大げさすぎる」とか「弱虫だ」とか冷笑し、日本人は「クソJアラートに朝から起こされて腹たつ」とか「繰り返せば、そのうち狼少年になって効かなくなる」とか、散々だった。

矛盾するが、日本政府は北ミサイルによって被害が出るとは思っていない。まして、被害が出た時の官僚の言い訳説も的外れだ。その証拠に経済界にも危機感はなく株価は安定したままだ。日本政府の意図は他にある。

もし、本当に危機的状況の時は北と米国は無口になる。更に株価が暴落すれば、北か米国からの先制攻撃がありえる。今は双方とも虚仮威しばかりなので、かえって安心できる。

では、Jアラートはなぜ鳴らされるのか。
インドから帰国直後の安倍総理が語った「北朝鮮がこの道をさらに進めば明るい未来はない」が全てを語っている。

当事者の北政権の捉え方は日本国民とは違う。北政権は表面に出ない優秀なブレーン集団が金王朝の意向に沿うように状況分析して支えている。彼らは「Jアラートの頻発によって日本国民に危機意識が植え付けられ、防衛・攻撃能力を増強するための下地づくりを目的としている」と分析している。日本の民意が核武装容認に変化するのは北にとって大変に嫌なことだ。もし、日本が核武装したら対米交渉での北の勝算に綻びが生じるからだ。

日本が核兵器を放棄していると思っているのは日本人だけで、海外では日本は準核兵器保有国とされている。
例えば中国の分析では、
日本は核爆発実験をしなくてもスーパーコンピューターによるシミュレーションで核兵器を作る能力がある。ICBMを含む高性能の核ミサイル開発能力があり、極めて短期間に米露に次ぐ世界第3位の核兵器保有国になれる。日本が保有する48トンのプルトニウムを核弾頭用の高純度プルトニウムへの精製も短期間で可能だ。

評論家は北との対話が大切と言う。しかし、対話の指し手は北と米国だけで、日本は真っ当な防衛能力まで放棄させられた小さな駒に過ぎない。北の要求は米国が現政権を安堵し核ミサイル保有を容認すること以外はありえない。話し合えば北が考えを変えてくれるなど幻想に過ぎない。対話とは真っ当な国相手のみに成立する方法だ。北相手では強力な力を保持しなければ一歩も進めることはできない。

では、これからどうなるのか。
米本土へ届く北核ICBMが完成した時点で、米国は北の核保有と金王朝の安堵をあっさり認めてしまう。
米国の核の傘が無力化した結果、北は日本と韓国を恫喝しまくり経済援助を引き出そうとする。ここまでは北の思い描く筋書きだ。

その先は北の思惑は外れる。日本も韓国も北の恫喝を拒否して核武装を始める。中国はその動きを嫌い、金正恩委員長の暗殺を実行して傀儡政権樹立しようとする。自暴自棄になった金正恩委員長は暗殺される前に周辺国へ核ミサイルを打ち込む。しかし、広大な中国はしぶとく生き残り極東を支配する。米国は終始傍観者のまま過ごし、漁夫の利を得る。


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我らが将軍様は世界を照らす太陽。


本当に北の怖さを知っているのは日本かもしれない。
北と交戦状態にあるにもかかわらず、韓国のインテリは北に毒され服従している。米国国民は北の脅威をまだ人ごとのように捉えている。欧州となると、ドイツのメルケル首相など、ドイツが中国と共同して北を説得すれば核放棄してくれると大甘だ。
しかし、誰が何を言おうと北が核放棄することは絶対にありえない。
世界は無法国家である北がISなどのテロ集団に核兵器を売り渡すことを真剣に憂慮すべきだ。もし、テロ集団が核を手に入れれば、欧米などの主要都市で躊躇なく使う。日本にできることは、その怖さを世界に地道に訴え続けるくらいだ。


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