2017年1月16日 (月)

今年の誕生日は今冬最低気温を記録した。71歳最後の日に若い母親に見とれ派手に転んでしまった。17年1月16日

昨日の夜明け前、荒川土手へ寒暖計を持っていくと氷点下5度で、故障しているのではと我が目を疑った。
そして今朝、再度土手上で測ると氷点下5.5度だった。

今日の気象庁の都内観測所では氷点下2度。
1年を通して我が家付近は都心より3度低い。
むしろ、荒川沿いの我が家付近は、さいたま市の気温に近い。
ちなみに、さいたま市の今日の最低気温は6,4度。
だから、私の寒暖計はほぼ正確で妥当な数字だ。
散歩へ出ると、緑道公園の10センチほどの霜柱は全く溶けていなかった。

今日16日は72歳の誕生日。
22年前の翌17日、阪神大震災が起きた。
あの年も寒い冬だった。
実際は平年並みの寒さだったかもしれないが、焼け跡で寒々と焚き火をする被災者の姿が強く印象に残っていて、寒かったと思っている。


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昨日、散歩へ出ると桜並木の道に若い綺麗なお母さんが立っていた。
「いい女だな」と思いながら振り返った瞬間、派手に転んでしまった。
「大丈夫ですか」
女性が駆け寄ってきた。
「大丈夫です。ありがとうございます。何かに躓いたみたいです」
急いで立ち上がり、びっこをひきながらその場を去った。
どうして転んだのか、よく分からない。多分、アスファルトの歩道のくぼみに足が取られたのだろう。打ち付けたのは防護メガネと右手と右膝だ。どれも擦り傷程度で、すぐに痛みは取れた。

派手に転んだのは5年ぶりだ。
前回はディズニーランドの帰り、街灯のない赤羽台団地の歩道に20センチほどの段差から飛び降りた瞬間、訳も分からず滑って、複雑に体が一回転して膝から落ちた。桜が散り始めた頃で、道路脇に積もった花びらが昨夜の雨でドロドロになっていたのが暗くて見えなかった。運悪く着地したのがそのドロドロの花弁のぬかるみで、スケートリンクのように滑ってしまった。その時は、膝小僧と額を打って怪我をした。膝小僧の怪我はひどく、治癒に2ケ月ほどかかった。


今日、ドトールでコーヒーを飲みながらこの絵を描いた。
だから、手首も指も何ともない。
ただし、隣席の白人と一緒の日本人女性の声が大きくうるさい。
切れ目なく、とても上手な発音で英語で延々と喋り続けている。
相手の白人男性は忍耐強く、一言も発せず、ただ頷いているだけだ。何となく、周りに上手い英語を自慢しているように見えなくもない。それを小一時間ほど聞かされていたが、二人が突然席を立ち安堵した。


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母が死んでから、私の誕生日を覚えている人はほとんどいない。
同居している姉も私の誕生日だとは知らない。
「誕生日おめでとう」のメッセージはniftyと通販会社からだけだった。
昔はマックから来ていたが、最近、何かの理由で、そのサービスは中止になった。

去年暮れ、九州の漁師町の知人から送られて来た鯛の開きが冷凍してあったので、祝いにそれを焼いた。
鯛の鱗と皮は、こんがり焼くとサクサクしてとても美味しい。

誕生日には、いろいろなことを考える。
去年買ったエドウィンのジーンズ。穴が開く都度繕っているセーター。去年11月に買ったフエルトのハット。どれも死ぬまで使い続けられる。
今は元気だが、そう遠くない日突然に体のあちこちが痛み始めるだろう。よほどの奇跡を起こさない限り、死ぬ前に生活苦に陥るのは確実だ。


最近、コメンテーターの知力の劣化がひどい。
我々はブログに勝手なことを書いているが、ギャラを貰っている彼らに、いい加減なことは許されない。
数日前のワイドショーで、女性評論家が韓国の少女像の撤去要求について話していた。

「少女像は、アウシュビッツの強制収容所跡や広島の原爆ドームと同じもので、日本政府が撤去を求めるのは筋違いだ」

アウシュビッツの強制収容所跡と広島の原爆ドームは現実にあったもので後から作られたものではない。しかし少女像は近年捏造し作られたものだ。そのことを混同している評論家の知力の劣化は酷いが、他のコメンテーターが黙っていて反論しないのも情けなかった。


米軍が戦地で直接尋問した記録では従軍慰安婦の平均年齢は23歳で彼女たちを少女と呼ぶのには無理がある。
韓国で流布している朝日新聞の捏造された吉田証言に基づく「20万の12,3歳の少女が官警や兵士に連行され慰安婦にされた」が事実なら、連れ去られた彼女たちの父兄は黙っていなかったはずだ。
激情しやすいあの民族が、黙って受け入れ暴動も告訴もしないことはありえない。当時、朝鮮半島は日本国の一部で憲法により日本本土と同じ権利が認められていた。

日本の官吏は真面目に法を遵守していた。
少女が拉致されたと訴えがあればきちんと捜査し、記録に残したはずだが、そのような記録はない。

ほとんど報道されていないが、韓国内の現実の国民感情は報道と微妙に違うようだ。慰安婦問題については事実を知っている高齢者ほど口をつぐんでいる。慰安婦問題に関する多様な声は抹殺される国だ。歴史の真実を語ったら投獄されるか、若者たちにリンチにあうか、悪くすれば撲殺されかねない。

今回の韓国での大規模デモでも、実際は60〜70歳あたりの朴政権擁護のデモの方が動員数は多い。ちなみに、朴政権打倒デモの背後で北朝鮮の活動家が暗躍していることは韓国民なら周知の事実だ。それにも関わらず、韓国メディアは口をつぐんでいる。
日本人の多くは、あの国とはまともに付き合わないのが最善だと思い始めている。


千代田区長選の自民と主流派の擁立した与謝野氏の甥がテレビに出ていた。
第一印象は線が細くエネルギーが感じられない。
与謝野氏は評価しているが、甥に同じ能力があるわけではない。
東京では、ケンブリッジ大卒業、外資系金融会社勤めの経歴は活きない。「彼は落選する」と直感で思った。

ブログを書き上げる前の夕暮れ、ピアニストの知人から誕生日祝いの電話があった。
彼女は品の良いクラブでピアノを弾いている。
夜の出勤前、ギリギリセーフで電話をくれた。
覚えていた人が一人はいて、何となく嬉しい。

両親や祖母の誕生日は正確に知っていた。
それは、親の介護や扶養を経験した人なら常識だ。
年に数回は役所に提出する書類作成があり、誕生日の記憶は必須になっている。


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2017年1月13日 (金)

凍てついた早朝の月に昭和を想う。雪道で滑らない歩き方。17年1月13日。

夜明け前、ゴミ出しのついでに荒川土手に上った。
斜面の草地はバリバリに凍てつき、草の葉を縁取っている霜が美しい。

土手上は早朝散歩の中高年が引きも切らない。
街を見下ろすと、朝の音が心地よかった。


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今朝の月。
オレンジピンクの満月が西の空に沈みかけていた。


絵のような走る新聞配達を今は見かけない。
昔は牛乳配達の自転車荷台のガラス瓶がガラガラとぶつかる音に目覚めていた。新聞配達の若者に、玄関前を掃除していた年寄りが「ご苦労さん」と声をかけているのが寝床まで聞こえた。今はホンダカブの断続的なエンジン音がそれに代わり、人と人との関係は薄くなった。

私が上京した昭和30年代は、早朝から洋品屋や一膳飯屋が営業していて、早朝勤務の工場労働者や日雇いの人たちで賑わっていた。それらはコンビニや24時間営業のファーストフード店に代わった。


朝の透明な冷気の中、昔の光景を思い出していると、空き缶を満載した自転車が通り過ぎた。多分、下流の河川敷に住んでいるホームレスの人だろう。
日本のホームレスは生活の保護の資格があっても、公に頼ろうとしない。
以前、深夜の新河岸川の河畔で座禅を組んでいたホームレスの人がいたが、近づきがたい後ろ姿に、その人の人生が気になった。

昔の年寄りたちは、そのような人たちに気楽に声をかけ、おにぎりや下着などをあげていた。母も同じで、新河岸川河畔のホームレスに食べ物をやったついでに、身の上話を聞いたりしていた。

その中の一人の老人はマグカップで自分で挽いたコーヒーを飲んでいた。老人は元会社経営者だと母は話していたが真偽はわからない。母よりも年上だったので、とっくに亡くなっただろう。


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夕暮れの新河岸川に架かる浮間橋。


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浮間橋から新河岸が上流の夕日を見る。
この写真は水面に映った風景を上下逆転させたもの。
手前のリベット締めされた鋼板は新幹線・埼京線橋桁の底面。


明日明後日あたり、氷点下3度に達し雪も舞うようだ。
関連して、テレビで凍った雪道の歩き方をやっていた。

凍った雪道を歩く時、絵のように大股で、踵から着地すると、とても滑りやすく危険だ。
踵からではなく、土踏まずでの着地を意識し、地面と平行に靴底を着地させる。
絵のように膝は伸ばさず少し曲げ、腰を落とす感じで、歩幅は短くちょこちょこと歩くと決して滑ることはない。更に、靴先を内側に向け気味にすると滑りにくい。

昔、厳冬期の釧路へ行った時、坂道がスケートリンクみたいにガチガチに凍っていた。
地元の人はお年寄りでも平気で歩いていたが、登山靴の私は何度もなんども派手に転んで、みんなに笑われた。
私は地元の人の靴底は雪国仕様だから滑らないと思っていたが、専門家によると上記の歩き方をすれば、靴底に溝のない紳士靴でも滑らずに歩けるようだ。

今の季節だと、大きな靴店に北国仕様の靴が置いてある。
それらは靴底に雪が凍りつかない仕様で、埋め込んだスパイクやセラミックで滑りにくい。
着脱式のスパイクも1000円ほどで売っているので、今のうちに買っておくと良いだろう。


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荒川河川敷ゴルフ場向こうの川口方面。
冷たい風が心地いい。


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2017年1月11日 (水)

シナモン効果で温かい。「沈魚落雁」不幸は比較することで生まれる。「万物斉同」皆同じと信じられるなら幸せになる。17年1月11日

連続ドラマ「べっぴんさん」はほとんど見ない。
ドラマに躍動感がなく、主人公のスミレの目に輝きがないのがいやだ。
とは言え、私が過ごした昭和と重なる戦後の町の佇まいやファッションは懐かしい。
ドラマの背景に、割烹着姿の女性や下駄履きの子供たちが見えると見入ってしまう。


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緑道公園夕景。


夕暮れは若い頃から好きだった。
赤羽台に住んでいる頃、好天の日は夕暮れが近づくと荒川土手へ出かけ、荒川の上流に沈む夕日を飽かず眺めていた。

宮崎市に住んでいた10代の頃は、夕暮れになると大淀川河畔へ出かけて、夕日を何枚も何枚もスケッチしていた。夕日が好きなのは死のイメージがあるからかもしれない。その一方、死には真っ暗な宇宙を永久に漂っているような恐怖があった。

今は死をそれほど恐れていない。
祖母や両親を在宅で看取り、死について少し学んだからだ。
死への恐怖は、経済、健康、性生活、それらの豊かさに比例する。
歳を重ね、それらが衰えるに従い、死への恐怖も薄らいで行く。
両親も晩年は死を恐れなくなっていた。


シナモン効果のおかげで体が温かい。
現在の室温は10度だが寒くはない。台所の洗い物はお湯ではなく冷水を使っているが冷たくはない。散歩も外の寒さが心地よいくらいだ。

シナモン効果について。
人体は肌も脳も肺も肝臓も胃腸も、その7割は毛細血管でできている。
老いると毛細血管が減少し、細胞は酸素・栄養不足に陥る。その時、肌はたるみシワが増え、肝臓病や認知症などを引き起こす。

毛細血管は正しくケアすることで増える。方法は簡単で、2週間ウォーキングを続けるだけで毛細血管は3割増える。ウォーキングにスキップを交えると更に5割以上アップできる。
最も効果的なのはシナモンの摂取だ。シナモンは粉末換算で1日にスプーン一杯ほどで驚異的に毛細血管は若返り増加する。

私はスリランカ産シナモンパウダー75%、カシアシナモンパウダー25%、をブレンドしたものを小さじ一杯、本みりんに溶いて水で薄め、電子レンジで加熱してココアの感覚で飲んでいる。カシアシナモンはクマリンを含み、飲み過ぎると副作用がある。だが前記比率にブレンドしたものを1日に小さじ1杯程度なら問題はない。

クマリンはシナモンだけでなく桜の葉などにも含まれる芳香物質。
合成もされていて昔駄菓子屋で売っていたニッケ水の香りはクマリンによるものだ。
クマリンは適度な量ならエストロゲン様ホルモン作用・抗血液凝固作用、老化や病気から体を守る効果がある。一般的にお菓子に使われるカシアシナモンに多く含まれている。
対して、スリランカ産シナモンにはクマリンはほとんど含まれていない。

参考=シナモン若返り法におけるクマリン含有量の注意点、と名言「心は固(まこと)に死灰のごとくならしむべし」荘子 16年8月13日

カシアシナモンとスリランカ産シナモンは別種だ。
日本人が親しんで来たのはシナモン別名肉桂=桂皮だ。
スリランカ産シナモンは薄皮をスティック状に丸めたものが一般的だが高価だ。

SB食品のサイトでの価格。
カシアシナモン・・・シナモンとのみ表記されているものはカシアシナモン。
パウダー1キロ 2054円
パウダー100グラム袋入 368円

スリランカ産シナモンパウダー 100グラム 705円
5000円以上なら送料無料。


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荒川土手のセキレイ。
アスファルト面は緑色に染めてあったが、今はかなり色落ちした。

毎年、初冬の頃から同じあたりにやってくる。
見渡しても、土手上のアスファルト道路には何も落ちていないように見えるが、いつも同じ場所にいるところを見ると、小さな虫や草の種が落ちているのだろう。
荒川土手は人通りが多いが、悪戯したり脅したりする人がいないので人懐っこく、近づいても逃げない。


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夜の荒川土手、浮間池あたり。
浮間池向こうの集合住宅の明かりが水面に映り、夜のディズニーシーみたいに美しい。

月夜の土手を散歩していると、若い飼い猫が遊びに来ていた。
遠くまで冒険に来て、心細くなっていたのだろう。
「おいで」と呼ぶと嬉しそうに「ニャンニャン」と駆け寄って来て、足にスリスリした。


土手の高さは5階建のビルほどの高さで、空が360度見える。
厳冬期の今は大気が透き通っていて感動するほど美しい。
荒川河川敷には人工の明かりが一切ないので、星がよく見える。この夜景の美しさを目当てに、夜のジョギングやウォーキングを楽しむ人は多い。


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「沈魚落雁」荘子
その美しさに魚は沈み鳥は落ちると、美人の形容になっているが本意は違う。
美人は人にとって魅力的なだけで、鳥も魚も恐れ、鳥は空から落ち、魚は深く潜って逃げる、との意味だ。そのように物事の価値は見る角度で違ってしまう。物事の価値は定義したり比較することはできない。だから皆同じとして荘子は「万物斉同」をとなえた。

自分をつまらない人間だと卑下するのは、他人と自分を比較して劣っていると思うからだ。もし、「万物斉同」自分も他人も変わりがない、と信じられるなら悩んだりはしない。
そのように、結果や運命は比較することで良くなったり悪くなったり不安定に揺れ動く。

未来への恐れや不安も、結果の良し悪しを比較するから生じる。
比較せず、降りかかることを素直に受け入れれば不安はなくなる。
素直に自分を信じ、何ものとも比較しないことが真の主体性のある生き方だ。


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2017年1月 6日 (金)

ユヴァル・ノア・ハラリ著サピエンス全史は幸せの出発点だが、老子荘子はその先の幸せへの道筋を2千年前に示していた。 2017年1月6日

世界的ベストセラー「サピエンス全史」についてNHKクローズアップ現代が「幸福を探して人類250万年の旅」を副題に取り上げていた。著者はイスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏。オバマ大統領、ビルゲイツ氏、Facebook創業者のザッカーバーグ氏、など世界のトップたちがこぞって絶賛し、世界48カ国で200万部以上売れている。

2017年はトランプ大統領就任、英国のEU離脱、資本主義経済の行き詰まりにAIの進化と、世界は歴史の大きな岐路に立っている。その混迷と不安の中からいかに幸せ掴み取るか。それを「サピエンス全史」は示唆していた。

しかし、登場したホリエモンも言っていたように、内容に目新しい考えは一つもない。全てメディアなどで幾度となく取り上げられてきた項目ばかりだ。それでもヒットしたのは、支配階級ではなく一般の人々の視点から歴史を眺め、意表をつく表現があったからだ。


人類史を大きく区分すると最初に7万年前の認知革命がある。
ホモ・サピエンスはフィクション-作り事を信じる力を持っていたことで組織化され、肉体的に頑強なネアンデルタール人を圧倒し駆逐してしまった。
ネアンデルタールは喉から口腔への構造上、ホモ・サピエンスのような多彩な言葉を会得できなかった。更に、彼らの思考は現実にあるものしか考えられず、複雑な会話ができなかった。対して、ホモ・サピエンスは複雑な思考で自分たちの神話を構築し、機能的で強い集団を組織化することができた。

しかし「サピエンス全史」のネアンデルタール人についての記述には異論がある。
ネアンデルタール人は埋葬の習慣を持ち、幼児の墓に野の花が添えられていた痕跡が発見されている。花粉から推定するとそれらの草花に薬草も含まれていて、肉体的に強くても心優しい種族だったとの説がある。

ネアンデルタール人はホモ・サピエンスの組織力に圧倒されたが、完全に駆逐された訳ではない。混血して、ネアンデルタール人由来のDNA配列を数パーセント現代人に残している。


老子荘子は知識はない方が幸せだと言っている。
自然児であったネアンデルタールこそ老子荘子の言う人の理想形で、彼らを駆逐したホモ・サピエンスの知力は人を不幸に追い込んで行った元凶だった。

それを端的に示すのが1万2千年前の農業革命だ。
農業の発達により、国家が生まれ文明が発展した。
しかし、農業革命による食料増産は農耕民のより良い生活やより楽しい余暇には結びつかず、それ以前の狩猟採集時代より貧しく不幸になった。
更に品種改良された小麦を擬人化してその視線で見ると、農耕民は小麦に隷属し家畜化させられた哀れな存在だった。その図式は現代到るまで変わらず、今は労働者が発展した機械文明に隷属している。作者はその状況を「農業革命は史上最低の詐欺であった」と記しているほどだ。


農業革命によって生み出された、神、法律、国家、組織など全て、人々を縛りつけるフィクション=作り事・約束事で、真の幸せはもたらせなかった。

その後、資本主義経済が生まれ科学革命が起きた。それは人口も消費も生産も右肩上がりに増大させなければ成立しない経済システムで、人類さらに悩み翻弄させられることになった。

有限な地球で人類だけが右肩上がりに独占を続ければ、必ず地球の許容量を超えて破綻してしまう。資本主義経済は良くできた制度だが、すでにその限界点に達している。
作者は次のように記している。
「2014年の経済のパイは1500年のものよりはるかに大きいが、その分配はあまりに不公平で、アフリカの農民やインドネシアの労働者が1日身を粉にして働いても、手にする食料は500年前の祖先よりも少ない。人類とグローバル経済は発展し続けるだろうが、さらに多くの人々が飢えと貧困に喘ぎながら生きていくことになるかもしれない」

作者だけでなく経済学者たちも格差や停滞はさらに悪化の一途を辿ると予測している。
資本主義に代わる新体制を模索する学者もいるが、それは一時しのぎの措置だ。
真の豊かさへの到達はAI=人工知能の進化によって現体制の限界を突破するのを待つほかない。慎重にAIを発展させれば、少子高齢化の弊害なしに豊かな社会を手に入れられる。そうなれば究極のアンチエイジング技術、労働の苦労のない安定した生活などを誰もが享受できるようになる。


「サピエンス全史」は幸せの出発点を示していたが、荘子の言葉に「理想的な社会は人々に知識がなくて、食べ物が十分にあって、健康である社会だ」がある。それはまさしくAIによるシンギュラリティが起きて、人々が勉学や労働の努力なしで豊かな生活ができる近未来社会だ。
老子荘子は2000年以上前に作者がやっとたどり着いた出発点を軽々と予見し、さらにその先を考え、いかに生きるべきかを書き残した。多分、作者のハラリ氏は老子荘子を理解していなかったはずだ。

西欧的な考えでは知識は絶対的な善だが、老子荘子は知識は不要だと考えた。
西欧文明にどっぷり浸かっている我々には実に過激な思想だが、これまでの歴史を見ると、知識は支配者、国家間の争い、極度の格差社会を生んだ元凶だった。

「機事を巡らすものは機事に翻弄される」は老子荘子の言葉だ。
まさしく我々は便利な機械に翻弄されている。
だからと言って、荘子は文明を否定はしていない。
何事も中庸にほどほどが良いと言っている。
その中庸こそが人が身につけるべき真の知性で、人類を幸せに導くものだ。


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寒い雨の日の空想。
子供の頃、みんなでビニールシートと毛布を持ち寄り、山でキャンプをした。木の枝にピニールシートを結びつけ、枯葉を積み上げシートを広げた。
雨が降ると、ビニールに雨粒がキラキラと透けて見えた。
地面の上で暖かい毛布にくるまって寝ると、幸せいっぱいになった。
そんなことを思い出しながら描いた。


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4日、新宿の世界堂へ画材を買いに出かけた。
1万以下の紙幣はすぐ取り出せるように、カード入れと一緒にポケットに直に入れている。
そのため、スイカが入っているカード入れを改札で取り出した時、折りたたんだ千円札数枚を落としてしまった。正月早々、金を落とすとは縁起でもないと落ち込んでしまった。

しかし、よくよく考えると、お金を落とした上に悩むのは二重の損失だ。禅語に「前後際断せよ」がある。今の現実の前の過去も先の未来もその際で断ち切り、今に没頭せよ、との意味だ。
その言葉を噛み締めながら、この絵を描いた。
描いて行く内に心が晴れて行った。

5日、散歩に出ると1円玉を拾った。
損得勘定はあわないが、とても満たされた気がした。
北風が寒い。6日から寒くなりそうだ。


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2017年1月 3日 (火)

年賀状の是非。初詣は地元の神社七ケ所をはしご。初夢ではエルロラドを発見したが・・・17年1月3日

フジテレビの「ワイドナショー元旦SP」で、社会学者の古市憲寿氏が、年賀状に疑問を呈していた。
彼によると「メールやFacebookなどがある現状では改めて近況を伝える意味はない。挨拶手段としては古いし、情報量も少なすぎる」。いかにも新進気鋭の若手社会学者らしい理屈だ。ゲストの芸人たちが、まともに反論できないのは情けないが、古市氏の考えも浅薄で学者らしくない。

年賀状の情報量は決して少なくはない。
例えば「あけましておめでとう」の言葉一つとっても、活字でプリント、手書き文字をプリント、手書き、とバラエティがあり、出した人の人格が現れる。

活字のみは、社会的地位があって単純に忙しい人か、出しとけば問題ないくらいの事なかれ主義の人。丁寧な手書き文字は、真面目か付き合いを大切にする愛情の深い人。書き文字でも読めないくらい乱雑な人は、そのまんま雑な人。

特殊な見方では、手書き文字の震えや誤字などで脳などの健康状態が分かる。そのような人が翌年、印刷に変わった場合は、老いて手書きが億劫になったか、脳梗塞などで手が不自由になったかで、如実に状況の変化が汲み取れる。

それ以外にも、出し手のセンスや趣味、家族の変化が分かる。
紙質も大きな情報源だ。一度、ペラペラの薄い私製ハガキの年賀状をもらった。その人は丁寧に配慮する人だったが、その年は気力が弱っていたようだ。その半年後にその人は急死した。

年末の欠礼のハガキでは先方身内の逝去などが分かる。
古市氏なら「そのような事柄はメールやFBで十分に分かる」と反論するだろう。
しかし、20年も直接会っていない人に、突然メールや手紙を出すのは気が重い。
年賀状なら相手に気遣いせず気楽に出すことができる。

私は30年前に一度仕事をしただけの数人と、今も年賀状のやり取りをしている。これから先、何かの機会でその人と直接に会った時、やり取りしていたかいないかの差はとても大きい。

毎年、100枚以上出すのは億劫だ。
しかし、以上の利点を思ってなかなか中止できない。
年賀状を無駄だと言っていたら、おせち料理に松飾に初詣などの正月行事も無駄なことになる。

古市氏に是非聞きたいことは、欧米でやり取りされているクリスマスカードをどう考えているかだ。彼なら「クリスマスカードは良いですね」と言いそうな気がする。


先日、糸魚川市の120棟が全焼した大火で、ほとんど無傷で焼け残った木造家屋がある。持ち主の会社員・金沢さんは火の海に囲まれで諦めて避難した。しかし、鎮火後に戻ると家屋はほとんど焼けずに残っていた。

金沢さんは消防団員でもあり、防火については元々関心が深い。
建てたのは2007年の新潟県中越沖地震の後。地震・火災に対して頑強な家にしようと地元の建築家にその旨依頼した。
2008年春に2階建ての洋風住宅が完成した。
外壁はれんがとステンレス、屋根は洋瓦とステンレス、窓にはワイヤ入二重ガラス。建築費は一般住宅の1.5倍ほどかかった。

鎮火後の状態は、エアコンの室外機などは高熱で溶けていたが、窓ガラスはひびが入っただけで壊れなかった。
強風の中、無数の燃え上がる30センチほど木片が風に舞う最悪の状況だったが、耐熱性に優れたステンレス板の壁や屋根のおかげで引火しなかった。周囲に駐車場の空き地があったことが幸いしているが、それでも奇跡的なことだ。
家屋内は全く被害はなく、金沢さん一家4人は鎮火直後から自宅に戻って普通に暮らしている。


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元日、日差し溢れる浮間が池のサンクチュアリ。


元日はまず、浮間池近くの氷川神社に初詣した。
意外に日本人女性と結婚した外人の初詣が多い。北欧系金髪の大柄な男性の着物姿は似合っていた。彼は年寄りの参拝者ににこやかに「おめでとう」とは挨拶して受けていた。
浮間池近くは最近外国人が増えた。都心から近いのに環境が良くて住居費が安いからかもしれない。時折、はっとするほど美しいハーフの女の子に出会うことがある。

夕暮れ近くにもかかわらず散歩道にある御諏訪神社は長蛇の列で諦め、その近くの亀池不動にお参りした。それから赤羽台団地の庚申塚、団地下の亀池弁天にお参りして、いつものドトールが休んでいたので近くのKFCに入った。

頼んだのは230円のアメリカンコーヒー。
ドトールのアメリカンは陶器のカップだが、KFCは使い捨ての紙コップで量が多い。味はかなり落ちる。店内は狭く、店員に顔を覚えられるので長居は少し気が重い。しかし、トイレはドトールよりずっと清潔だ。


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KFCでは、胸板の分厚い格闘家みたいなラテン系の若者が一人でフライを黙々と食べていた。
店を出ると街は暗かった。店の多くが正月休みの上、住人たちが家族団欒に戻っているからだ。

暗い道を進み、新幹線トンネル上の八幡神社にお参りした。
私がお祈りを済ますと、宮司が「申し訳ありませんが、これで扉を閉めさせていただきます」と告げた。滑り込みで御神体を拝めて運が良かった気がした。

そのあと7軒目の御諏訪神社にお参りした。
初詣の神社がそんなに増えたのは半世紀近くの間に3回引越しをし、その都度、お参りする神社が増えて行ったからだ。


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2日の初夢はバラティに富んでいた。
エルドラド を見つけて、山のような黄金を見つけた夢だった。しかし、すぐにインカを征服したスペイン人たちが現れ、金は全て奪い取られた。

夢なので脈絡なく変化して、いつの間にかインカの原住民たちと一緒にいた。
黄金を奪われた後、怒っている原住民の頭上に黄金の蛇が現れた。それは黄金の鱗にエメラルドが散りばめられた神々しい大蛇だった。黄金の大蛇はインカの少年と合体し彼はインカの戦士に変わって、黄金を奪ったスペイン人に戦いを挑んだ・・・結果は判らないまま夢は唐突に終わった。

それがいい初夢かどうかは分からない。
正月に届いたメールの健康食品の店のおみくじを引くと特大吉で、大きな夢が叶うとあった。特大吉の比率が多いとしても、良いことは心から信じることにした。


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最近使っている三菱ユニの上位製品・金軸10B・筆鉛筆=ふでえんぴつ。
1本340円と鉛筆としては高額だ。
描き心地は最高で、アピカの白地中性紙ノートに使うと、字も絵もとても伸び伸びと気分良く描ける。


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鉛筆削りはスイスの小型アーミーナイフを使っている。
削りくず入れはタバコの吸い殻入れを使っている。値段は140円ほどと格安なのに頑丈で重宝している。


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元旦の赤羽台団地の細い三日月。


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