2018年11月 5日 (月)

小麦食によって脳は傷つき怒りを起こしやすい。酉の市。映像の世紀。18年11月5日

 10月下旬、中国・重慶市で路線バスが長江にかかる橋から転落し13人が死亡した。原因は運転手と乗客の女性のけんかだ。録画を見ると、日本では考えられない逆上ぶりだ。女性乗客は目的のバス停で下車できなかったことに怒り、バス運転手に殴りかかった。運転手が負けずに応戦しているうちにバスは長江に落下した。

中国では、後先考えない逆上による大事故が起きる。
原因は主食の麺や饅頭や餃子などの材料の小麦が影響しているのかもしれない。
米国でも怒りを抑えられなくて起きる事件が多発する。米国ドラマでは日本のドラマより怒鳴りあうシーンが多い。

欧米に心を病む人が多いのは、小麦のグルテンアレルギーが影響しているのかもしれない。それについて「長生きしたけりゃパンは食べるな」の記事を思い出す。
それは次のような内容だ。

 小麦はグリアジンとグルテニンという2つのたんぱく質も含む。グリアジンとグルテニンは水を含むとネバネバとしたグルテンとなる。このグルテンによって腸粘膜が傷つけられ、リーキーガット症候群を発症する。リーキーガット症候群とは腸壁粘膜に細かな損傷が生じ、腸内物質が分子レベルで漏れだしてしまう症状。その結果、腸は十分に働けず、消化と吸収の作業が妨げられてグルテンの消化も進まなくなる。
グルテンは脳に小さな炎症を起こし、頭痛、腹痛、疲労、鬱症の傾向がみられる。
明確にグルテンに耐性がない人は20人に1人いる。少し耐性がないだけならもっと多い。グルテンアレルギーは数日経って症状が現れる遅発型なので、医者が因果関係を見逃すことが多く、小さなアレルギーを起こしている人のほとんどが自覚していない。

厄介なことにグルテンには依存症がある。パンや麺食を日常的にしている人はグルテン依存症になって小麦食をやめられず、無性にパンや麺類を食べたがる。しかし、和食に変えると不思議と小麦食を欲しなくなる。
それを自覚している欧米人の中には,主食をパンから玄米などに変える人が増えた。食生活を変えた人たちは心穏やかな生活を得て、精神科医から解放されている。
現代日本で心をコントーロールできない若者が増えたのは、麺やパン食が影響しているのかもしれない。


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病院下公園のツワブキの花とホトトギスの花。


 今年の酉の市は11月1日、13日、25日と三の酉まである。
三の酉まである年は火事が多いと言われている。
私は1日に酉の市へ出かけた。


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いつものように王子駅から都電に乗り換えた。
終点の三ノ輪は1年ぶりだ。昭和の下町の雰囲気が色濃く残り、映画のセットを歩いているような心地よい情感を覚える。竜泉への道はスマホの地図を頼りに歩く海外からの旅行者が多かった。

一の酉は空いていると思っていたが大混雑していた。お参りの行列に並んでいると「一の酉は空いていると思って来たのに」とぼやく声がそこかしこから聞こえた。

お参りの後は浅草の観音様へ向かった。
夜の迷宮を彷徨うように仲見世へ向かった。小さな裏通りにも海外旅行者が多く歩いていた。みな楽しそうにくつろいでいた。
仲見世も観音様も閉まっていたが、人通りは多かった。
観音様のおみくじ売り場では、凶を引き当てて、ため息をつく人が何人もいた。観音様の凶の確率はかなり高い。私は6回続けて凶を引き当てて、それ以降は観音様のおみくじは止めている。

浅草から地下鉄で上野に出た。蛍光灯の白々とした光で現実に引き戻され、夢から醒めたような虚しさを覚えた。歳を重ねるにつれ、日本的な行事に惹かれるようになった。


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 10月31日ハロウィンの日、赤羽駅近くに自信なさげに佇む少女。
ふしぎの国のアリスの水色のコスチュームがとても似合っていた。
水色の服は難しく、肌が若く綺麗でないと似合わない。


 NHKの名作「映像の世紀」を再度見ている。
その中で、大金持ちのロックフェラーが100歳まで生きそうだと語っているシーンがあった。
実際は97歳で死んだ。それは貧乏な母が死んだ歳と同じだ。
ロックフェラーは人生に満足して死んだのか、臨終時の気持ちは誰にも分からない。
死がすべての不公平を一瞬で平等にしてしまうことだけは確かだ。

「映像の世紀」を見ながら、改めて歴史を考えた。
銀行王モルガンをはじめとする米国財界が第一次大戦の終結時に強欲に走らず高潔に対応していたら、ドイツの巨額賠償は抑えられ、ナチスは生まれず第二次大戦は起きなかった。
英仏が理不尽にアラブを支配せず、ロシア革命でユダヤ人が迫害されなかったら、今も続く中東の戦乱はなかった。
ヒットラーがユダヤ人迫害をせず、オーストリアとアルザス・ロレーヌの併合だけで満足していたら、賢明な政治家として歴史に名を残していた。たとえ思想や言論を弾圧したとしても、歴史は権力者によって都合良く書き換えられるからだ。
歴史に「もし、たら」はないと言われているが、歴史を振り返ると色々考えてしまう。


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2018年10月31日 (水)

秋深し、何事につけ物事を深く考えこむ季節になった。18年10月31日

 今朝まで、ほぼ徹夜で注文絵を描いていた。
コンセプトは北方の風景で、3枚の絵を横に並べると一つの風景になるように描く。
似たような絵を3枚、同じエネルギーで描くのは難しい。
全く違う絵を3枚描く方がずっと楽だ。
それで、感性の統一のため音楽を聴きながら描いた。

先日のEテレ「らららクラシック」のテーマ曲はアイルランド民謡のダニーボーイだった。
アイルランドの北方風景は絵のコンセプトにピッタリだ。
番組の後も平原綾香のダニーボーイを聴きながら描いた。

 ・・・
 てがらなど たてなくていいから
 誰かに負けたっていいから
 そのままの あなたで いいの
 Oh,Danny Boy Oh,Danny Boy I love you so
 ・・・

英語の歌詞とは少し違う彼女の歌詞はしみじみとしてとてもいい。
絵描きは自由な職業と思われている。
しかし、私程度の立場では、気を抜くと一瞬で落ちて忘れられてしまう。そんな時「名誉などいらない。誰かに負けても構わない。そのままの自分でいればいい」と甘い声で囁かれると「そうだ、その通り」と感じ入ってしまう。


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3枚組みの1枚。オオワシ。

 100分de名著の「赤毛のアン」の最終回も音だけ聞きながら絵を描いていた。
聞きながら、なぜかくも「赤毛のアン」が世界で愛されているのか少しわかった。それは、プリンス・エドワード島の美しい自然の中で繰り広げられる物語だからだ。解説で、美しいものを愛することで人は幸せになると言っていたが、読者たちもそうなのだろう。マシュウの突然の死は淡々と描かれ、まるで晩秋の自然のように心に染み入った。


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病院下公園の紅葉した柿の木。

 最近、生きていることがとても愛おしい。散歩風景の全てが美しく感じる。これがローソクが燃え尽きる時の一瞬の輝きなのか、と思ってしまう。このような感覚は若い頃はなかった。始まりがあれば終わりがある。この終わりは、寂しさより穏やかさがまさり、静かな安らぎがある。


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夜行バス。

 先日、録画で「幸福の黄色いハンカチ」を見た。
40数年昔の北海道はよく知っている。舞台になった夕張の炭住の窓枠に貼られたビニールの意味を知っている若者はいないだろう。それは厳冬期の寒風を防ぐためだ。

当時の夕張は雑然としていたが活気に溢れていた。あれから主人公の高倉健も渥美清も亡くなった。この作品を契機に役者として認められた武田達也は、今は白髪頭の老境に入っている。可愛い童顔だった桃井かおりも、清楚だつた倍賞千恵子もすっかり老いてしまった。

 次に不倫映画の「昼顔」を見た。
深すぎる愛は狂気を帯びて死のイメージが漂う。私自身もそれに近いものを経験したが、今振り返るとただただ恥ずかしい。

テレビばかり見ているように思われるが、実際は音だけ聞きながら仕事をしている。画面は気になる場面だけ見ている。


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三時草。
大好きな秋の野草だ。その名の通り、午後3時に開花する。
実際は5ミリほどの可憐な花だ。


 東京藝術大学の客員教授をしている秋元康の芸術論を読んだ。
一時代を画し実績を残した人の言葉は説得力がある。
 
・・・一朝一夕には手に入らないものに価値がある。時間をかけないと手に入らないものが大事。
欧米にあこがれて、欧米のようなものを作ると失敗する。中途半端なものを欧米に持ち込むと、そんなものはいらないと言われてしまう。だから、海外のことなど考えずに、自分たちが楽しいもの、ドメスティックなものを作れば彼らは受け入れ評価する。なぜなら、そこに日本の独自性があるからだ。

AKB48の2009年ニューヨーク初公演では、歌もダンスも下手でバラバラで、最初の3曲まで客席にドン引きされた。しかし、4〜5曲目くらいから訳の分からないエネルギーが観客に伝わり、客席は舞台に巻き込まれてしまった。最後のアンコールの頃には、スタンディングオベーションがすごかった・・・

 韓国のK-POPは米国が100年かけて磨き上げた芸を一生懸命なぞり、凌駕しようとしている。対して、日本のアイドルは海外など気にしない普通の女の子のドキュメンタリーだ。観客はそこにリアリティーを感じて感動するのだろう。

少々私見を交えたが、彼はそのようなことを語っていた。


 役に立ちそうだったのは、日本経済新聞出版社刊「かかわると面倒くさい人」榎本博明著、の「職場の面倒くさい人の4つのタイプ」だった。これは近所付き合いなどにも応用できる。

「注意すると反発する人」
アドバイスをしただけなのに、自分を全否定されたかのようにムキになって言い訳したり反発したりする。些細なことで攻撃的なリアクションをしてくる人は、敵意帰属バイアスという認知の歪みを抱えていることが多い。このタイプは、常に「勝ち負けの図式」で物事をとらえており、見下されることに対する不安が過度に強い。

「正義の味方の人」
「そのやり方はおかしい!」「絶対に違う」「そんなことはあり得ない」。こうした口グセで一方的に物事を決めつける人は、自分を正義の味方だと信じて疑わない。正義感や正しい価値観で動いているつもりなのだが、融通が利かず面倒くさい。メサイア・コンプレックスある人が多い=心の深層で、劣等感と歪んだ優越感が複雑に絡み合っている精神状態。

「謙虚すぎる人」
いちいち「すいません」と言ったり「私なんか」と自分を落とす物言いをしたり、やたらと自分を卑下するタイプ。遠慮深く振舞ってはいるものの、内心では忖度を期待しているケースが多い。セルフ・ハンディキャップ=自分を下に置くことで、万が一、失敗した時に無能な人間だと思われないために無意識に印象操作をしている。

「融通が利かない人」
手続きや規則に必要以上にこだわる。たとえば、時間がないので、仕事で使う道具を立て替え払いで購入しようとしても、「書類を提出して決裁を待ってください」と、あくまで規則を遵守させようとする。臨機応変に適切な判断をする自信がない。規則を破らせないようにすれば、臨機応変の判断もしなくても済む。つまり、自己防衛の心理が働いている。規則や手順にこだわるタイプは、概して論理能力が乏しい。

 以上の「面倒な人」への対処方法
相手を変えることは不可能なので、上記のように彼らの心理メカニズムを理解することで対応できる。少し注意しただけで感情的になる人や、必死に言い訳して自己正当化しようとする人に、「あなたはこうだから、こうしたほうがいい」と言っても、待っているのは猛反発されるだけだ。自己正当化の言い訳だけなので聞くだけ時間の無駄になる

そのような指摘は、親切心からやってしまう人が多い。しかし、面倒くささも含めて、その人らしさ、と考えれば、不要なトラブルを避けられる。
もし自分がそうした指摘を受けたときは、できるだけ冷静にその指摘を受け止め、自分の心の底にあるコンプレックスや認知の仕方を考え直す好機だと考えるといい、と書かれていた。


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女性は濃紺の制服を着ていたが、私服なら可愛い人だ。

 先日、激しい驟雨に会った時。
ビルの庇で雨宿りしていると、気づいた隣の店の女性が傘を持ってきて貸してくれた。「人の情けはいいな」と心底思った。


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2018年10月14日 (日)

他と比較することで人は悩む。哲学のない経済学とAI産業は人を不幸にする。18年10月14日

 先日、鎌倉へ行った。
近年、毎年のように親しくしていた人が亡くなる。
それで秋になると供養のために鎌倉の円覚寺へ行くことにしている。

北鎌倉駅そばの円覚寺は海から離れた山裏だが、先の24号台風の塩害によりモミジが枯れ、紅葉することなく散り始めていた。
今回の塩害は広範囲で、赤羽の散歩コースのモミジも葉の縁がチリチリと枯れている。
そんな鎌倉でも気持ちが安らぐ。出かけて本当によかった。
いつものように佛日庵の茶席で抹茶を飲んだ。
境内は去年より外国人旅行者が増え、日本人より多く感じた。


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 北条時宗を祀る佛日庵。
500円で抹茶を味わった。
境内は静かで、カラスの声に子供の頃の遠くへ遊びに行った帰りの侘しい夕暮れが蘇った。

円覚寺には1時間ほどいて、そのまま帰路に着いた。
北鎌倉から隣の大船で東海道線に乗り換え赤羽まで直進した。
電車は都心に近づくにつれ混み始め、東京駅あたりで満席になった。


 グーグル地図のストリートビューにはタイムマシン機能がある。
毎日の散歩コースは2009年まで遡ることができる。
これまでの9年間で風景はかなり変わった。野菜から酒類まで何でも扱っていた"何でも屋"はなくなり、「かぼちゃの馬車」のアパートに建て変わった。以前の"何でも屋"の映像を見ると、店入り口に熱中症で亡くなった主人が写っていた。システムにより顔はぼかしてあるがシルエットで彼と分かった。
5年前に死んだ、可愛がっていた散歩中の犬を見つけたこともあった。
関東財務局の古びた官舎は取り壊され、跡地に民間の高級老人ホームが建った。
少子化によって廃校になった中学校は私大に建て替わった。
老荘思想では、他と比べることで煩悩が生まれるとある。その通り、今はなくなった人や建物や樹木を昔の映像に見つけると虚しさを覚える。だから他と比較せず、現実をそのまま受け入れれば悩みは消える。
現代中国人の幸福感が大きのは、昔と比べて豊かになったからだ。これから先、経済が停滞し始めれば、中国人の幸せ感は減少するだろう。


 緑道公園には瀟洒な陸橋がある。古いヨーロッパ風の石造りの橋で写真撮影によく使われている。・・石壁は砕石をプラスチックで固めた模造品であるが・・
母の介護をしていた10年前まで、その橋を毎日のように車椅子を押して渡っていた。母は橋に差し掛かると決まって口笛を吹いた。樹木が多いので小鳥を呼び寄せているつもりのようだ。しかし、口笛は下手で、仲間と勘違いする小鳥はいなかった。
母と死別してからも毎日のようにそのあたりを通る。
私も時折、口笛を吹いてみる。
私の口笛も下手で母と瓜二つだ。
親子は妙な箇所が似てしまうものだ。


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 陸橋の上でアダルト系の写真撮りをしていた二人。
カメラマンは見上げるような2メートルはありそうなアフリカ系の大男だった。
モデルはロシア系で、彼女もかなり上背があった。


 先週から、NHKスペシャルでお金について取り上げている。
内容はキャッシュレス化すると皆んなが浪費するので景気が良くなると言った内容だ。すでにヨーロッパなどで実証されていることだが釈然としない。浪費によって豊かになっても、地球全体で考えれば禍根を残すだけだ。

ちなみに、日本とドイツがキッシュレス化が遅れている。理由は、現金取引が世界一進化した国だったからだ。スーパーのレジは現金を入れると自動的に計算し、正確な釣り銭が自動的に出てくる。お金の信頼性も高く、日本人のほとんどは不自由さを、さして感じていない。その点はドイツも似ているだろう。


 温暖化は炭素系燃料だけでなく浪費によっても起きる。
旺盛な浪費のためにアマゾンや東南アジアでは、木材を伐採した後、焼き払って農地に変えている。安物の家具作りのために樹木を浪費すれば、炭酸ガス排出は増える。

昔は木材を大切に使って家具作りをしていた。丁寧に作ると堅牢で何世代にも渡って古物として流通する。父が使っていた物置台にキャスターをつけて絵の具や画材の棚として使っている。それは昔の安物だが、ベニヤではなく無垢材を使い木組みで組み立ててあり、とても頑丈でさらに100年200年使い続けられそうだ。
しかし、イケヤの家具は数年であちこちノリが剥がれ壊れ始める。
イケヤの本国のスウェーデンは環境意識が高いと思われているが、やっていることは正反対だ。

 日本近海の漁獲量は激減しているが、実際は、規格を満たさない魚は海上で大量に捨てられている。
魚や農産物は生産段階で食べられるのに大量廃棄され、さらに流通に乗っても、その25パーセントは食べられることなく捨てられている。浪費は景気をよくするが、長期的には地球を疲弊させてしまう。

 ストローを紙にしようとの運動も盛んだ。しかし、ストローは総プラスチック製品の千分の一以下だ。日本の調査では、日本近海で採取したプラスチックは中国、東南アジア、インドネシア発が大部分だ。日本ではプラスチック類は回収し、焼却処分しているので、流出量はフィリッピンよりも少ない。

海洋汚染で問題になっているマイクロプラスチックの原因は、欧米で騒がれているのに反しストローによる汚染は極めて少なかった。見つかったのは人工芝の破片、肥料を封入した微小カプセル、大量に使われている衣類などの化学繊維の残骸だった。

電気自動車に関しても、欧米の環境問題への騒ぎ方は合理性を欠き感情的で疑問が多い。未来予測では2030年時点でも、まだ70パーセント近くの車が内燃機関を使っている。それでも騒がれているのは、電気自動車関連企業を買いに走っている投資家の思惑がかかわつているからだ。

私見だが、ガソリンや軽油の代わり、水素を燃料にすれば炭酸ガス排出は0にできる。具体的にはオーストラリアの低品位石炭から水素を作り日本に輸送する方法が計画中だ。製造過程で生じる炭酸ガスは廃用されたガス田の地層に封入することで解決する。

 番組を見ながら、経済学と人工知能に欠けているのは哲学だと思った。
AIが完全に実用化されたら規制が必要かもしれない。例えば、AIを人の下位に序列化する。人の能力保持のために職人仕事を復権させる。ロボットが作ったものに課税する。それらの施策で人間らしい幸福感と豊かな地球が維持できるはずだ。無秩序にAIに頼り切っては人は幸せに生活できない。

 AI擁護派は、AIは人の創造力を永遠に超えることはできないから脅威にならないと考える。しかし、人の脳は神秘的で特別な存在ではない。極めて複雑な構造なだけで、脳と同じ能力を持つAIを作ることは可能だ。擁護派の楽観的な予測が通用するのはこれから2,30年の間で、それ以降の未来では難しくなって行く。

理論的に可能なら、やがて究極のAIの頭脳と五感を備えた人型ロボットが作られるだろう。それができれば、人以上の創造性を持たせることは難しくない。
先日、AIが描いた絵が高額で売れた。それだけではなく、全ての分野で人がAIロボットに負け始めた時、人は自分の存在について悩み始めるはずだ。
人がAIを作った理由は人の幸せのためだ。それなら、徹底的にAIに奉仕させて人は安楽に生活すべきだ。

しかし、人型ロボットの完成度が高まって人に近づくに連れ、ロボットは人に隷属することに不満を持つだろう。その事態を避けるために、AI研究に哲学が必須項目になりつつある。


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2018年10月 9日 (火)

AI化して、人口減した日本は有利に生き残る。18年10月9日

 昨日は32度を超えたが、今日は程よい。
早く秋らしくなってほしい。

 Eテレの「世界の哲学者に人生相談」が終了して残念だ。私の好きな番組だったが、世間の哲学好きには悪評だったようだ。理由は番組が教養主義ではなかったからだ。彼らは哲学者名とかその著書などの知識にこだわり、哲学の本質である自分で考えることは苦手だった。

 AIロボットも教養主義の彼らに似ている。
最新のAIロボットは人と流暢に会話する。例えば人が「風邪を引いて辛い」などと話しかければ「咳は出ますか」とか「熱はありますか」とか流暢に言葉を返す。しかし、AIロボットは咳や熱に苦しんでいる風邪の本質を理解している訳ではない。単に医学書に書いてある風邪の知識を喋っているだけで、相手の苦しみは全く理解していない。

AIを人に近づけるには、バーチャルな擬似肉体を備えつけて五感で感じる必要がある。しかし五感は、疲れず好き嫌いせず考え続けるAIの特性を摘み取ることになる。


 昨夜の「NHKスペシャル・マネー・ワールド--資本主義の未来・第2集--仕事がなくなる」ではAIによる失業を取り上げていた。AIの影響を一番受けるのは日本で、52パーセントが失業すると言う。理由は日本の人件費の高さによるものだ。
そう聞くと、さほど賃金は高くないのにと多くの日本人は驚く。この場合の賃金とは実際に労働した量に対しての賃金額だ。日本のサラリーマンが実際に働いている時間は短く、1日のほとんどは無駄に過ごしている。もし、合理的に働けば1日の仕事は2時間で済むとの試算もある。

その点、ドイツ人は効率よく目一杯働くので、労働生産性は日本の何倍も高い。それについてサラリーマン経験のある友人は、日本の賃金は束縛時間に対する報酬だと話していた。

 番組ゲストのソフトバンクの孫正義氏は、シンギュラリティを迎えても新しい仕事が生まれるからバランスが取れると話していた。企業家は皆同じことを言うが、AIが不得意なクリエイティブな仕事をすれば良いと言うのは楽観に過ぎる。
デザイナーの多くがギャラの落ち込みに苦しんでいる。絵描きは昔も今も生活は極めて苦しい。イラストレーターは、ゲーム用CGを除き、ほとんどが専業で生活できなくなっている。その結果、卒業しても生活が厳しい美大へ進学する男性は激減し、美大の女子大化が進んでいるほどだ。

孫正義氏は口ごもっていたが、労働者の収入が激減したら、経営者がAIロボットを使って商品を大量生産しても売れず経営は成り立たなくなる。それが分かっていても、日本は取り残されるわけには行かず、企業家はAI社会へ突き進む他ない。


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 先日の寒い雨に煙る荒川河川敷。

 早坂暁・花へんろ 特別編「春子の人形」が再放送された。
春子は主人公亮介の妹だが実の妹ではない。
彼女は昭和初期の松山の商家の前に人形と一緒に赤ん坊が置き去りにされていた。
本当の親は生活に窮したお遍路さんだったようだ。

赤ん坊は春子と名づけられ、良介の3歳違いの妹として仲むつまじく育てられた。
やがて戦争が始まり、16歳の良介は海軍兵学校に合格して海を渡った。
亮介の母親・静子は初めて春子に「本当の兄妹ではない。夫婦になることもできる」と告げた。
兄にほのかな恋心を抱いていた春子は無邪気に喜び、夏休み、兄に会うために海を渡り、亮介がいる山口県の防府へ向かった。
その途中、広島に足止めされた春子は翌朝、原爆によって亡くなった。

 この物語は早坂の実話だ。
彼は13歳で原爆で亡くなった妹のことを、ずっと書くことができなかった。
しかし、死の数年前から、これだけは書き残したいと脚本に取り掛かった。
彼は病と闘いながら執筆を続けたが叶わず、途中から冨川元文にバトンタッチした。
そして、冨川が原稿を書き終えた2日後の2017年12月16日に彼はこの世を去った。

 春子役の芦田愛菜が好演していた。
芦田は春子の実年齢に近い。
早坂作品「夢千代日記」の原爆症に苦しむ夢千代の設定は、妹の記憶があったからだろう。
これはいつまでも切なく心に残る佳作だった。


 先日、アマゾンのジェフ・ベゾスCEO54歳が資産18兆円で史上最高を記録した。
18兆円を使い切るには、1年に1億使っても18万年かかる。
それほどの富豪が全財産をつぎ込んでも、わずか50年の余命ですら確保できない。
どのように巨大な権力や財力があっても死を前にすれば無力だ。

 先日の深夜、放映された映画「オーストラリア」を録画で見た。
時代は第二次大戦初頭のオーストラリア北部の牧場。
終盤で日本軍のダーウイン空爆が絡むが、それは大きな構成要素ではない。
単純に西部劇をオーストラリアに置き換えただけのドラマだ。
しかし、白人とアボリジニの混血少年を見守る老呪術師だけは深く心に残った。


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 彼は槍とわずかな道具だけで、飄々と原野に生きていた。
水を求める時、呪文を歌えば歌声に水脈が共鳴して教えてくれると言う。
しかし、彼らの生涯は現代医学に守られた現代人と比べると短い。
それでも、自然と同化して生きている彼らは、現代人より死への悩みは小さい。
死を迎える過程は、先のジェフ・ベゾスCEOよりはるかに豊かだ。

現代人が彼らのように野生に生きることはできない。しかし、近づくことはできる。空を見上げたり、路傍の草花を眺めるだけで、わずかながら自然と同化できる。それを日々繰り返せば、やがて訪れる死は穏やかなものに変わるはずだ。


 「アジアの優秀な若者は低賃金の日本を選ばない」と先日の週刊ダイヤモンドが取り上げていた。人材募集の成果は需給で決まる。日本企業が本気で優秀な人材を求めているなら、高給を提示して海外人材を集めるだろう。それが分かっているのにそれをしないのは、本気で求めていないからだ。

日本から人材が払底しているとは思えない。なぜなら、優秀な人材が低賃金の派遣の仕事をしていたりしている国だからだ。そのようなミスマッチが起きるのは、才能を見極めることができる企業が少ないからだ。

プログラム開発などのIT関係を除けば、日本企業が海外人材を求める理由は、単純に普通の労働者不足と海外市場開拓を任せたいからだ。その程度なら、頭脳明晰でなくても、体が丈夫で真面目に働いてくれるだけで十分だ。しかし、新技術や製品の開発となると、少々優秀なくらいの中国人を使うより、少し落ちても日本人研究者の方が安心して任せられるし成果も出やすい。


 米中貿易摩擦の原因の一つに、中国人技術者による違法な技術流出があった。トランプ大統領が強硬派だと日本では思われているが、実際は米国議会の方がはるかに強硬だ。長年、中国が米国の3倍も黒字を重ねて来たのに問題にならなかったのは不思議だ。それは、クリントンからオバマまで中国に誤った幻想を抱いていたからだ。彼らは中国を擁護して豊かにさせれば自然に民主化し、米国と仲睦まじく世界の覇者になれると楽観的に思っていた。
その考えの根底に、戦後、急速に民主化させた日本での成功体験があったからだ。

しかし、中国は豊かになる程に言論は弾圧され、海外侵略を繰り返し、後進国に高利で金を貸し付け、政府要人を買収して腐敗させた。米国はやっと、その事実に目を向け始めた。

 日本は中国研究が世界一進んだ国だ。
戦前の満鉄調査部など、中国奥地の極めてマイナーな地方の村史まで詳細に調べ上げている。
中国の民主化が極めて難しいことを日本は知っていた。中国は民主化すれば国は分裂し収拾がつかなくなるので、毛沢東のような強力な独裁者が必要だと知っていた。欧米がそれをはっきりと認識したのは最近のことだ。


 海外の優秀な人材確保は中国韓国が熱心だ。ただし、雇うのはすでに高度な技術を身につけた人材で、技術やノウハウをすべて吸い取ったらクビにしてしまう。そのように、彼らは長年、技術を盗むことに熱心だったので、盗まれないセキュリティに長けている。韓国のサムソンなど、外部の人間は軍事施設並みの厳重なセキュリテイを経なければ出入りできない。だから、小さな紙片1枚でも持ち出すことはできない。その点、日本企業は大甘で、重要情報でもやすやすと盗みだすことができる。

セキュリティの甘さは欧米企業も大差ない。
米軍の巡航ミサイルや無人武装偵察機、携帯電話など主要兵器の重要部品で中国に大きく依存している。中国の工場で製造されたコンピューターのサーバー用のマザーボードに情報窃取を目的とした超小型のマイクロチップが秘密裏に組み込まれ、アップルやアマゾンなどの米企業約30社に納入されていた。そのような現実を目にして、中国政府が自国民すべてを徹底的に監視弾圧し、海外流失人材を利用して世界中に監視と管理を広げ始め、危険な国家に変貌したことに欧米はやっと気づき始めた。

 それでも人口減の日本は海外の人材を入れないと衰退する、との意見が多い。
対してAI専門家の多くは、日本の人口減は国家安定に役立つと考えている。
他国に先駆けて日本をAI化することが条件であるが、人口が減れば仕事を与える義務が軽減するので有利に働くとの考えだ。だとすれば、孫正義氏などの先端起業家たちが世界に先駆けて突っ走ってくれることは必要かもしれない。


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2018年10月 1日 (月)

無為に生きて終わるのが一番楽な死に方。未明に台風24号は北へ去った。18年10月1日

 昨夜9時過ぎに台風24号の強風圏に入った。
予報では瞬間風速50メートルと言っていたので、ベランダの植木鉢を風の当たらない場所へ移動させた。

深夜、台風は最接近したが、先の21号の時より風雨はひどくなかった。
ただし、生暖かい南風が猛烈な湿気を運んできて、トイレ・浴室の床壁は結露しビショビショに濡れてしまった。風の音がうるさいのでレンドルミンを飲んで寝た。

 翌10月1日は台風一過の晴天だった。
最高気温は32度に達し、朝洗った洗濯物は昼前に乾いた。
 "洗濯と言えば、アリエールCMの主婦役・西山真以さんが実に可愛い"

 南九州の漁師町に住んでいる頃、台風の後に被害調査をするのが子供たちの楽しみだった。海岸へ行くと珍しい貝や魚がたくさん打ち上げられていた。砂浜は波でさらわれ、3分の1に縮小していたがすぐに回復した。そのような昔のことを思い出しながら散歩をしていると、病院下公園の榎の巨木が根元から倒れていた。人と比べ、樹木は実に見事な最期を迎えるものだ。


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 台風前の夕暮れの荒川。風はほとんどなく雨も弱い。

散歩しているとキンモクセイが香った。
この花の香りには秋霖の記憶に重なり、1年の終わりを感じる。


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 2年前の円覚寺の金木犀。
その年の9月末に鎌倉円覚寺を訪れた。
境内には金木犀が香り、静かで心地よかった。

 最近、無性に鎌倉を訪ねたいと思っている。
お寺は心を癒すように作られているからだろう。
人生の終わりが近づくと、様々なことを振り返ってしまう。
私は一人でどう生きるかばかりを考えて来た。
先日、友人と飲んだ時「お前の生き方に潔さを感じる」と彼は話した。
無我夢中に生きてきただけだが、知らぬ間に孤独を楽しむ術を身につけていたようだ。

 東洋哲学では中庸を最上の生き方とする。
中庸とは、幸不幸がバランスよくある状態で、そうあることで人生は充実する。
不幸ばかりの人生が辛いことはわかりきっているが、幸せばかりでも人生は危うくなる。
幸せに満ち溢れた状態を東洋思想では「盈満(えいまん)の咎(とが)め」と言う。
良い出来事でも満ち溢れると、わずかな刺激でその器は壊れて災いを招く、と言った意味だ。

 70歳を超えた時に、嫌なことはしない、嫌な者とは付き合わないと決めた。
若い頃は、ものの良し悪しが分からなかったので、いろんな人と付き合ってみた。そうしてみると、感じが悪い人が付き合ってみたらとても誠実な人だったり、評判の良い人が利己主義で冷たい俗物だったりした。だから、様々な人と付き合うことに大きな意味があった。

今は経験を重ね、概ね人を見分ける力がついた。
だから若い頃のように誰とでも付き合う必要はない。

両親と祖母の介護から、老人は今日元気でも明日どうなるかわからないことを学んだ。
だから、元気で過ごせる今日1日はかけがえのないとても大切な時間だ。そのように貴重な日々を無駄遣に使うことはできない。それで嫌なことはせず、嫌な者とは付き合わないと決めた。


 今、空前の健康ブームだ。
先日、カニカマが体に良いと健康番組で取り上げたら、それからしばらく店頭からカニカマが消えた。死生観もブームで、樹木希林が残した「死ぬときぐらい好きにさせてよ」も話題になった。

昔は死を語ることはタブーだった。
先の大戦において、生死を軽んじたことへの反動なのかもしれない。
しかし、反動は行きすぎて、学校教育では死を語ることが禁じられ、肉親との死別の場からも子供たちは遠ざけられた。

 今はその束縛から解かれ、死が自由に語られるようになった。
死を意識することで生きている楽しさを謳歌できる。
それは昔から、多くの哲学者や思想家たちが説いてきたことだ。
哲学の専門家が、哲学とは生死を考える学問だと話していた。

それでも「死は自分には関係ない。百まで生きてみせる」と息巻く元気おじさんや、元気おばさんが多い。元気だと錯覚することで、死を遠ざけたような気分になるからだろう。
どのように捉えようと、死は最大の恐怖であることに変わりはない。誰にとっても死は未知の出来事で、真剣に考えれば考えるほど不安に苛まれる。他人の死の説明は簡単だが、自分の死を正確に理解することはとても難しい。
どのように生きようと、死をどのように考えようと、老若男女誰にでも死は確実に訪れる厳粛な事実だ。死について考えることを続けようとやめようと、健康に生きる努力を続けようとやめようと、確実に死神があの世へ連れて行ってくれる。それが現実なら、無為になされるがままに自然に生きて死を迎えるのが一番楽な生き方なのかもしれない。

 昔の人は死は解明できないと分かっていたので宗教を考えた。
どう努力しても理解できないことは、神様に任せてしまうのが一番合理的だ。
昔は看取り専門の僧侶がいて、御釈迦様の画像から伸びた五色の紐を死に行く人に握らせて、来世の幸せを説いて死の恐怖を和らげてくれた。そのような仕組みを持たない現代人は、死に関しては不幸だと思っている。

 先に書いた友人は頭を打って頭蓋内に出血し、これ以上ない激痛を味わった。医師は治療を諦め、家族も死を覚悟した。しかし、彼が臨死状態に陥った時、激痛は消えて経験したことのない爽やかさを感じた。そのあと彼は奇跡的に生還して、その経緯を話してくれた。

 以前、医師から、高齢になって認知症になって死ぬのは神が与えてくれた救いだと聞いたことがある。死への恐怖は頭が明晰な若い人ほど強い。
私は在宅で両親と祖母を看取ったが、三人とも死の前に夢現の臨死状態が続いた。
臨終前、一瞬意識を取り戻した母は「綺麗な光、いい気持ち」と途切れ途切れに笑顔で言った。多分、脳内にエンドルフィンが分泌されて多幸感に包まれていたのだろう。母の言葉は今も、私の死に対する恐れを和らげてくれている。


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埼京線での情景。

 池袋へ行く途中、八王子実践高校の女子バレーの選手たちが十条から大勢乗り込んできた。十条には国立競技場があるので、練習試合の帰りのようだ。昔は鬼瓦みたいな女子選手が多かったが、今の子はモデルみたいにスタイルが良く、可愛い子ばかりだ。殊に足がとても長い。この辺りかなと思った位置よりさらに上に尻があって、とても感動した。

池袋で私を含め大勢が下車した。彼女たちは入り口に踏ん張って乗り降りする人たちの邪魔になっていた。八王子の田舎暮らしなので、電車の乗り降りのルールを知らないようだ。

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京都大・本庶佑(ほんじょ・たすく)特別教授がノーベルノーベル医学・生理学賞を受賞された。
近年話題になった新薬オブジーボによるがん免疫療法の基本理論と開発への評価だ。
このようなニュースは本当に嬉しい。

その一方、我が国の基礎研究への予算は減額の一途で、20年後には日本人受賞者はいなくなると危惧されている。しかし、私は別の見方をする。純粋に人の叡智だけによるノーベル賞受賞はせいぜいこれから10年くらいのものだ。それ以降は人工知能を駆使した研究が評価されるようになる。さらにシンギュラリティが起こる30年後は人工知能が人に代わって研究の主役になるかもしれない。


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