2012年2月 2日 (木)

「ALWAYS 三丁目の夕日」に癒されたあと、無性に人と話したくなった。12年2月1日

31日午後6時、3日かかりで終えた仕事を銀座で納めた。その後、無性に映画が観たくなったので「ALWAYS 三丁目の夕日」の上映館を探した。

有楽町マリオンを抜けると、ニュートウキョウビル壁の三丁目の夕日の看板がすぐに目に入った。上映は3階の東宝シネマだ。クラシックな螺旋階段を上って1000円のシニア料金で指定席を取った。ここは2C上映館で私向きだ。3Dはシニアには目がチラチラして疲れる。

A12A13入り口ホールは暖色系のアールデコ調で心地良かった。待ち時間、売店で映画のロゴ入りのタオルハンカチを買った。母が死んで以来、私は昭和を背景にした映画を見ると涙もろくなるので必須だ。

 さあ泣くぞ 準備万端 "三丁目"

ハンカチは入館料より高い1005円だった。
前方で男性が女性と抱き合っているように見えるが、暗くてシャッター速度が遅く、脱いだコートが不気味に写ったものだ。

開場した時はガラガラだったが、観客は次第に増え3割ほど埋まった。それでもかなり空いている。

模型飛行機が東京タワーの見える都電通りを飛んで行くシーンから始まった。どれもはっきりと記憶している風景で、懐かしさに涙があふれた。当時の写真を元に作られたCGは実に精緻で、昭和39年の東京にタイムスリップした心地だった。

当時の日本は今と比べると貧しかったが、子供も若者も多くて活気に溢れていた。今の東南アジア辺りの元気の良い新興国に似ているかもしれない。
当時の大人は戦争で生き残った人たちで、少々荒っぽいが、勤勉で優しかった。一生懸命働けば必ず報いられると信じ、夢にあふれていた。町内には必ずおせっかいのおばさんやおじさんがいて、私のような田舎者を親切に世話してくれた。

ストーリーは前作同様、鈴木オートと茶川竜之介の絡み、鈴木オートの工員六ちゃんの結婚と、人情喜劇が繰り広げられた。そこにへんな芸術映画ぶったひねりはまったくなく、実にストレートに泣ける映画だった。右側の席の若い女性の二人連れは、時折、ハンカチで目元を押さえていた。左の席は私と同年輩の男性で、涙で溢れる鼻をしきりにすすっていた。

スクリーンの片隅には19歳の私が、街角の店先には50歳の若い母が、鈴木オートの六ちゃんには付き合っていた田舎出の女の子が、よみがえって泣けて泣けて仕方がなかった。

見終えると、無性に誰かと話したくなった。その感覚は昔の映画帰りにはいつもあったのに、久しぶりだった。最近、人と関わりを持ちたくなる映画が少なくなったからかもしれない。もし、これから見る人は、気持ちが通じる親しい人と一緒に見ることを薦める。

映画の背景の東京オリンピックの前年、私は上京して芸大受験を失敗した。私は自分を天才だと思っていたので、芸大に入らなくても絵描きになれると信じていた。だから、浪人する気はなく、自由な生活の手段を身につけようと十条の彫金師の元に弟子入りした。

私は大変生意気な弟子で、午前9時に師匠の家に行って、既に仕事を始めている師匠を横目に、奥さんが作ってくれた朝食に文句をつけながら食べ、10時ころから仕事を始めていた。師匠は名人と言われた大変温厚な人だったが、とんでもない弟子を取ってしまったと思っていただろう。

当時の日本は大変に活気があり、九州で事業に失敗した父は上京し、建設省時代の仲間のツテで大手ゼネコンに勤めていた。調理師資格を持つ母は馬喰町の問屋の最上階の広い部屋に住み込み、破格の高給で20人程の若者の食事を作っていた。下の姉は母と同居して同じ問屋に勤めていた。上の姉はパイロットと結婚し豊かな生活をしていた。

父は稼いで金が貯まると会社を辞め、事業を興して直ぐに失敗し借金の山を作った。それでも、当時の日本と我が家は、少々の失敗など簡単に乗り越えてしまう勢いがあった。

昔の記憶は大切なものだ。過ぎてしまったものを懐かしむことで、未来に夢を描くことができる。夢を持てなくなっていたら、心を癒してくれるシェルターで休めばいい。この映画は疲れ切った今の日本のためのシェルターかもしれない。

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芸大の教室から見えたスカイツリー。手前は国立博物館。

 寒空に 貴方は偉い スカイツリー

映画の前日は芸大の美術展に版画の菊池氏と行った。彼の知り合いの芸大生に頼まれたからだ。学生たちの作品に印象が残るものはなかったが、「今日の作品で最高は窓から見えるスカイツリーだ。」と二人で話した。

A2A3A4学生の鏡を使った現代アートに私たちを映して撮った。

教室のトイレは実に立派だった。学生のくせに生意気だと二人で話しながら、トイレの鏡で記念写真を撮った。

帰り、上野駅の向こうへ近道しようとして、迷ってしまった。

迷路なような道と階段を上下して行くと鉄扉があり、開けると駅構内に出た。

直ぐ目の前に空いた中華料理屋があったので、入って二人でビールを飲み夕飯を食った。

私を菊池氏がタブレットで撮ってくれた。

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2012年1月28日 (土)

日本家電の顔・テレビが韓国メーカーに蚕食されようとしている。12年1月27日

昨夕のNHKで、日本市場に投入される韓国製有機ELテレビを特集していた。有機ELテレビは以前ソニーが実用化したが、資金難で大型化のめどがたたず撤退した。その間隙に、資金が潤沢な韓国メーカーが参入し、有機ELテレビを突破口に日本の家電市場も手中にしようとしている。その次は自動車・工業製品全般で覇権を取るのが目標だろう。

家庭の中心にあるテレビは家電の顔であり、特別の意味がある。それを知っているから、損得抜きで韓国メーカーは攻勢をかける。もし、顔が崩れたら日本家電全体が崩壊してしまう。崩壊すれば、失職した技術者や研究者は韓国・中国に流れ、日本の先端技術は散逸し技術立国は危うくなる。

総ての韓国メーカーは日本メーカーの技術をただ同然で手に入れキャッチアップして大躍進した。私は差別主義ではない。キャッチアップにおける努力は認める。産業に対する韓国官僚の姿勢も、日本官僚よりはるかに優秀だ。しかし、韓国製有機ELテレビの日本市場への投入は不公正な戦いだ。異常な円高で苦しんでいる日本メーカーは、ウオン安と政府援助と優遇税制と日本からの技術流入で開発費を安く抑えた韓国メーカを迎え撃たなければならない。

識者は韓国製製品の総てに日本製部品が深く係っているので、目くじらたてることではないと言う。しかし、アップルの成功例を見ると、そんなに甘い事態ではない。アップルのiシリーズは中韓日の部品を使い中国で組み立てられているが、巨額な利益はアップルが独占している。その結果、世界の消費者が、iシリーズをアジア製品ではなく米国製だと思うのは自然なことだ。テレビも同じで、たとえテレビで利益が出なくても、トップを取ったメーカーが、最終的に家電業界で最大利益を上げることになる。

番組中、NHKは国産品愛用などとは一言も言わなかった。しかし、日本人が日本メーカーを助けるのはサッカーで日本チームを応援するのと同じだ。まだ日本メーカーの技術開発力は健在だ。少し待てば、韓国メーカーを越える国産有機ELテレビをパナソニックが発売する。有機ELテレビを捨てたソニーは微細なLEDを600万も並べたクリスタルLEDテレビで巻き返しを図る。現在出ているLEDテレビはバックライトをLEDにしているだけで、本当のLEDテレビではない。その利点は低電力と耐久性の良さだ。クリスタルLEDテレビは輝度が高く外光でも明瞭に見え、真横から見ても画面の劣化がなく、消費電力も少ない

そうは言っても、今年秋に韓国製の大型有機ELテレビが店頭に並べば必ず売れる。韓流にはまった、裕福なおばちゃんたちが韓国製化粧品と同じようにサムソンやLGを買うだろう。しかし、韓国メーカーが笑顔で握手しながら、足元で日本を蹴り上げている現実は知って欲しい。日本メーカーの殆どは台湾と組むことがあっても韓国とは絶対に組まない。それは、日本メーカーが数多くの裏切りを受けて来たからだ。様々な産業の世界規格でも、韓国は必ず日本が不利になるように国際的に活動して来た。韓流好きのおばちゃんたちは、自分たちが楽しめるのは日本メーカーがあってのことだと知って欲しい。

韓国のサムソンとLGがどのように日本の重要技術を手に入れたか、その経緯はNHKでも特集された。その頃、金曜日の韓国行きの飛行機は金と女で買われた日本人技術者で満席だった。これは家電や半導体だけでなく、現代自動車など総ての韓国企業が今も続けていることだ。もし、これが米国の技術者なら米国司法によって厳しく罰せられる背信行為だ。我が国は国益を守ることに無防備過ぎた。今、そのつけを払わされている訳だ。

それらに対して、日本企業も欧米から基幹技術を入れキャッチアップして発展した、と反論が出るだろう。しかし、テレビに関しては日本が欧米技術に全面的に乗っかっていた訳ではない。テレビは最初に日本で発明された。その普及に必要だった八木・宇田アンテナは八木・宇田氏の発明だ。
他製品で基幹特許に高額な代価を払ったケースでも、実用化は自分たちで大変な努力をして成し遂げた。それは欧米は遠く日帰りで技術者を招く事ができなかったからだ。日帰り圏に余剰技術者の宝庫の日本があった韓国や中国とは事情がまったく違う。

韓国は公正な国家ではない。第一に、日本文化は韓国では全面開放されていない。今、韓国政府が噛み付いている従軍慰安婦問題は、路上でいきなり誘拐して慰安婦にしたとか、慰謝料を払わなかったとかは韓国と日本の左翼新聞のでっちあげだ。支払われた慰謝料は韓国産業に流用されたのは公然の事実だ。従軍慰安婦は日本軍だけでなく、世界中の軍隊に存在した必要悪で日本特有ではない。それを大統領が脅しの材料に使い、世界中に言いふらして日本を失墜させようとしている国は信頼できない。

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東京北社会保険病院眼科の予約に寄ったついでに、病棟6階に上って撮った。荒川と川口方面。手前の給水塔のある建物は星美学園。

 夕焼けに 寒く寄り添うビル二つ

N3N4N5N6 道ばたの スペアミントに 残り雪

残雪の間のミントを少し摘んで、爽やかな香りを楽しんだ。

 凍てつきし 公園の道をうつむきて

緑道公園。雪が凍り付き、滑るので老人は歩けなくなった。

 仏壇の 母が微笑むキンセンカ

キンセンカが花屋に出ていた。母の車椅子を押している頃、母が大好きな花なので、店頭に並ぶと必ず買っていた。とても丈夫な花で、小さな莟まで必ず開く。それでいて値段も安い。母が何故キンセンカが好きなのか、聞き逃してしまった。仏壇に飾りながら、「どうして、好きだったの。」と聞いてみたが返事はなかった。

 うちの子は ビーフジャーキーより図書カード

本屋のドアに貼られていたポスター。赤羽駅近くの大型書店に寄って、漢字の書き取りの本を買った。ワープロ、パソコンと長年キーボードに頼っているうちに、簡単な字が書けなくなっていた。それに愕然として書き取りを始めることにした。 傍らの女子高生の手も可愛い。

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2012年1月25日 (水)

リンパ節郭清後の浮腫について、NHK番組。12年1月24日

NHKEテレビ、福祉ネットワーク・シリーズ・がん共存時代を生きる「リンパ浮腫難民を救え」を興味深く見た。
子宮がんや乳がんの手術の後遺症「リンパ浮腫」は発症率が高いが、治療が十分に普及していない。浮腫の原因は乳がんや子宮がん手術時のリンパ節郭清によるものだ。リンパ節はリンパ液のポンプの役割をする。それを取り除いた結果、手足のリンパ液が還流せず、深刻な浮腫を起こす。

番組での症例写真は手足が数倍に膨れ、とても日常生活が送れる状態ではなかった。それにもかかわらず、外科医の多くが浮腫治療に熱心ではなかった。命が助かったのだから、それくらいの症状は我慢すべき、が医師の意識だ。加えて医療制度の不備も多い。浮腫みを防ぐ圧迫ストッキングは2万円程と高価で、2008年からやっと保険適用を受けられるようになった。まして、手間のかかるマッサージ治療は手つかずの状況だ。ちなみに、術後のリンパ浮腫は年間1万人も発症している。

10年近く前、90歳の母が駒込病院で婦人科のがん手術を受けた。
その手術前に、予防的にリンパ節を廓清するかどうか担当医に決断を求められた。明確なリンパ節転移はないが、顕微鏡レベルの転移の可能性は20パーセントだった。それだけの情報で決断するのは難しく、同意書署名は手術前日まで延ばして貰った。

90歳の老人と壮年ではリンパ節廓清の意味は大きく違う。廓清した後の不具合と、取らずにガンを転移させた不具合を冷静に比較判断しなければならない。はっきり転移が認められているなら、リンパ節郭清をお願いする。しかし、健康なリンパ節を予防的に取ってしまうのは絶対に避けたい。この判断を誤ると、母の余生は苦痛に満ちたものになる。

その頃、母は腰痛を克服し、少し歩けるようになっていた。しかし、リンパ節を廓清すれば足に浮腫を起こし、浮腫予防の圧迫ストッキング着用、リンパ液還流のためのマッサージと苦痛を伴う対処をし、歩けなくなる。

病院から帰宅するとすぐに、徹夜で600程の関連サイトに目を通した。その結果、私は母の命を80パーセントのリンパ節転移無しに賭けた。
郭清は止めることにしたが、その決断は大変な不安を残してしまった。明確な転移が見られない場合のリンパ節廓清の是非の判断は大変難しい。しかし、現在の手術の多くは、転移の考えられる総てのリンパ節を予防的に取り除くことが多い。

上記の欠点を補う方法として、転移の恐れのあるリンパ節だけ取り除くセンチネルリンパ節生検がある。現在、欧米で主流になりつつあるが日本では普及していない。センチネルリンパ節とは歩哨,見張りリンパ節の意味。がん腫瘍から遊離した癌細胞が到達するリンパ節を特定して、転移の可能性の高いリンパ節だけ取り除く郭清術である。

その適応が多い乳ガンで説明すると、インジゴカルミンなどの色素、あるいは放射線同位元素を腫瘍周囲の皮下2,3箇所投与し、数分間マッサージを行う。10分後、腋窩部に小切開を加え、脂肪組織内に青染されたリンパ管またはリンパ節を特定し廓清する。ただし、先進医療なので、乳がんと悪性黒色腫以外は全額自己負担になる。

手術前日、私は担当医にリンパ節廓清はしないように頼んで手術承諾書に署名捺印した。執刀医は目の前で手術計画書のリンパ節廓清の箇所を赤ボールペンで削除してくれた。駒込病院では、手術前に手術内容を詳細に記した承諾書を患者と取り交わす。それまで他病院で、数多く手術承諾書にサインしているが、総て、手術の結果に対していかなる不服も申し立てない、と患者側に不利なものばかりだった。比べると、駒込病院の制度は患者の意見も尊重する先進的なものだった。

鼠径リンパ節廓清をしなかった母は97歳まで長生きし、死の10日前まで散歩へ連れ出すことができた。もし廓清していたら、下肢のリンパ液の還流が停滞して、象の足のようにむくんで歩行は難しかった。更に、浮腫み防止圧迫靴下の常用と、つま先から太ももへのマッサージも欠かせず、大変な苦痛に晒されていたはずだ。

更に、毒素をせき止めるリンパ節が無いので、蚊などに刺されると一気に全身へ毒素が散らばり重篤になる。そのような予後を思うと、母はリンパ節廓清していたら、すぐに寝たっきりになって早く死んでいただろう。

リンパ節廓清について、以前興味深い記事を読んだことがある。日本のがんセンターと米国の研究で、明確なリンパ節転移の見られないステージのがん患者に於いて、予防的リンパ節廓清したグループとしなかったグループの間に延命効果の差はない、と言うものだった。

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本格的に雪が降った。
朝日に、富士がくっきりと見えた。カメラをかまえる体が氷点下の風に揺れた。

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星美学園脇の師団坂から雪が残る赤羽台方面を撮った。

M2M3M4M5M6雪前の赤羽自然観察公園。右手の建物は古民家。

いつものように座敷に上がって横になった。
白熱灯が暖かいが、暖房はなく外気と同じくらい寒い。しかし、散歩で汗ばんでいて冷たい畳が心地良かった。

 母逝きて 寒い畳に寝て想う

母が生きている頃、土間に母の車椅子を置いて昼寝をした。寝ていると、ふと、母が土間にいるような気がした。

夜半から氷雨が雪に変わり積もり始めた。
深夜2時、カメラを持って外へ出た。
駐車場脇の電話ボックスが人待ち気に見えた。最近は滅多に利用する人はいない。

 夜の雪 公衆電話は 優し気に

昨日の雪が降る前の散歩。郵便局近くで会った。最近訃報が多く、その時も香典を送りに出かけた。

 寒いねと ネコと目が合う雪の朝

同じ階の子供のいる家の玄関前。
小ちゃな雪だるまが可愛かった。

 雪だるま とろけて眠い冬日射し

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2012年1月20日 (金)

現代アートは新興宗教だ。そして、それらが難解なのは中身がないからだ。12年1月20日

日本を代表する現代アート作家として村上隆がいる。彼の巨大なフィギュアは約16億円で落札された。ルイ・ヴィトンの商品に使われたお花キャラクターなどのポップな作品群は一般にも知られている。

一目で分かるが、それらは日本のオタク文化をコピーしたもので打ち震えるほどの斬新さはない。にもかかわらず彼は、自分の母体のオタク文化を含む「クールジャパン」を、朝日新聞紙上で、海外ではまったく認知されない文化で、広告会社が公的資金を得るための流言だと切り捨てていた。

私は、クールジャパンが流言か虚像かなどどうでもよい。何故なら、現代アート自体も虚像だからだ。村上隆が朝日新聞紙上で展開した「クールジャパン」批判は馬鹿が馬鹿をののしっているようで滑稽だった。

一般の多くの人が素直に感動できるものが芸術だ。感動できないものは芸術ではない。だから現代アートは芸術ではない。私の定義では、アニメも立派な芸術だ。そのオタク文化をつまみ食いして認められながら、オタク文化を馬鹿にしている村上隆がオタクたちに敵視されているのは当然過ぎる帰結だろう。オタク文化は美術評論家が賛辞して生まれたのではない。多くの一般人が良いと思うから良いので、それが真の芸術であるゆえんだ。

私は現代アートは新興宗教だと思っている。キリスト教、仏教、イスラム教などの大宗教は、人間の本質から生まれ、その教義は誰でも素直に理解できる。しかし、新興宗教は違う。奇をてらったり、恐怖心を煽ったりして人心を取り込もうとする。新興宗教の教祖である作家も似たことをしている。昔、村上隆のドキュメンタリーを見たことがある。彼の制作の現場は、まさしくオームのサティアンで、盲従する多くの若い弟子たちを恫喝し洗脳し、見ていて気分が悪くなった。

その新興宗教の神殿は美術館や有名画廊で、神官は画商で、教典を作り上げる学僧たちは美術評論家だ。実際の新興宗教との違いは神官たちが絶大な力を持っていることだ。具体的には、ニューヨークのユダヤ人画商たちがその神官にあたる。

現在世界に現代アート作家を目指している者が80万人ほどいて、斬新で良い作品を産み出せる作家は5000人程だ。その中から、ニューヨークの神官たちは年間一人か二人の教祖を選ぶ。選ぶ基準は、理論武装がしっかりしているとか、カリスマ性があるとかで、美術評論家の助言とユダヤ商人の直感で適当に選ばれる。その時、彼らが最高の芸術家である必要はない。5000人の候補者たちは似たりよったりで、誰が選ばれても同じだからだ。

逆に言うと、作家志望の若者たちはニューヨークの神官に詣で、目立つパフォーマンスを繰り返す必要がある。その姿は、オーストラリアの青いプラスチック片や小枝でオブジェを作ってメス鳥の気を惹くオス鳥の行動と酷似している。村上隆やアーティストたちはそれを芸術活動だと勘違いしているが・・・

かくて偶然に選ばれた作家は、神官が豊富な財力を駆使して、神殿に新たな教祖として祭り上げられる。先の村上隆もその運の良い一人だ。選ばれた作品は莫大な財力を持ったユダヤ人グループが保証する有価証券化し、強欲な投機家たちが争って買うことになる。実際、選ばれた作品が数年で倍に高騰することは珍しくない。このシステムは政府がお札の価値を保証しているシステムと似ている。違いは、作品は年々価値が上がるお札で、金持ちたちにとって、こんなに好都合な投資対象は他にない。だから、現代アートはうさん臭い錬金術に奉仕する新興宗教に過ぎない訳だ。

そうは言っても、村上隆の作品を良いと思う人はいる。なぜなら無数にいる同程度の作家たちが人目に触れることがないからだ。もし、消えて行く膨大な作品群を目にする機会があったら、認められている現代アートがいかに凡庸であるかすぐに気づくはずだ。

内容空疎な新興宗教である以上、教祖は様々な手を使って権威を保とうとする。村上隆が朝日新聞でクールジャパンを批判するのもその一つの行動だ。しかし、作品の中身が空疎なことは作家自身が薄々気づいている。だから常に突っ張って権威を保とうとする。しかし、空っぽのものを中身が詰まっているように理論武装し戦い続けるのは大変なストレスだろう。その状況には同情を禁じ得ない。

最後に、鑑賞する側はどのように現代アートに接したら良いか。マネーゲームに明け暮れる米国の神官や信者たちに同調せず、それぞれが自由な審美眼を持つべきだ。そうすることで、自然に本物の現代アートが生まれるはずだ。

K1

住まいから妙義方面を遠望する。

 妙義より オレたち偉いと送電塔

K2K3K4K5K6赤羽自然観察公園、管理棟前の広場。

 冬日射し 母子優しく かくれんぼ

幼い子供が可愛い声で「もーいーよ」と母を呼んでいた。母親と話す子供の声は天使の声だ。心まで暖かくなる。

東京北社会保険病院下の冬木立。ぼんやり木立を見上げながら、67歳になった記念写真を撮った。

 上野駅 アーチ行き交う 寒き群れ

上野駅で英国での心理学の学会から帰国した知人と待ち合わせ、土産を受け取った。その後、湯島での佐藤修氏主催の「伝統技術の継承」交流会に参加した。普段、会うことのない業種の技術者たちと歓談できて楽しかった。

 老いた足 すくみて止まる冬の坂

おばあさんが小さな段差を越えられず立ち止まっていた。
声をかけると手を引いてくれと言うので、坂上まで連れて行った。「大丈夫ですか。」と声をかけた時、おばあさんはビックリしていた。今まで、困っていても声をかけられたことはなかったようだ。 

今はおせっかいが町から消えて寂しい社会になった。昔が総て良いとは思っていないが、どの町内にも必ずいたおせっかいは戻って欲しい一つだ。もしそうなれば、公的負担は軽減し、本当に必要な方への福祉が充実するはずだ。

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2012年1月15日 (日)

着ぐるみに 一時の夢 風の街 12年1月15日

リュック・ベッソン監督、2006年5月公開「アンジェラ」をアップルストアーからダウンロードして見た。借りた代金は200円。

ストーリー・・・パリに住むアルジェ系米国人の主人公は嘘つきで何の能力もない冴えない小男だ。彼はマフィアから借金の取り立てを受け、午前0時までに返済しないと殺される。しかし、返せる宛はまったくない。万策尽きた彼はセーヌ川に身投げしようとする。しかし、逆に180センチと長身の金髪美女を助けてしまう。それから、彼女と係るようになり奇跡が次々と起こる。

彼女は不思議な力を持ち、彼に降り掛かっている問題を次々と片づけてしまう。彼女には彼に内在する純粋な気持ちを引き出す使命があるようだ。彼女は謎に満ちているが最後に爽やかに何者か判明する。・・・これから見る人のために最後は明かさないが、久しぶりに心地良い大人のファンタジーを見た。今の私たちには夢見る力が必要だ。ファンタジーこそ閉塞した今の日本に風穴を開けてくれるような気がした。

明日16日は誕生日。
一番嬉しかった誕生日は二十歳の時だ。これで大手を振ってタバコを吸い酒を飲み、選挙に行けると高揚感があった。当時の成人式は今程盛んではなく、興味はなかった。友人たちも成人式に出席したものは一人もいなかった。
式が終わってから半月程して、北区からアルバムが送られて来た。アルバムはでかでかと金文字が刻印してあって使う気にならずいつの間にかなくなってしまった。
それから後の誕生日に感慨も記憶もない。ただ、40歳になった時は、いよいよこれで中年かとの思いが印象に強い。それから、50歳を過ぎると月日の経過は加速してあっという間に今に至ってしまった。だからか、20年前のことを昨日のことのように思い出す。

 冬木立 見飽きるほどに誕生日

最近面白かった番組はブラタモリ「江戸の盛り場〜吉原編〜」と爆問学問「免疫力アップダウンクイズ」だ。

江戸期の吉原は女性も行く大観光地だった。吉原大門をくぐると当時の大スターの花魁道中に出会え、女性たちは絢爛豪華なファッションを眺めて楽しんだようだ。
吉原近くには古紙再生業者が多く、紙すき職人たちが煮詰めた古紙が冷める間、吉原を一回りして時間つぶしをしたのが「ひやかし」の語源になった。

爆問学問も免疫学者の順天堂大学教授奥村康氏の飄々とした話しがとても面白かった。ガン細胞は健康体でも1日に5000個発生していて、それを免疫細胞のNK細胞が見つけ出しては消滅させている。それで取り残されたガン細胞が増殖してガンが発症する。だからNK細胞を弱らせるストレスや夜更かしは避けなければならないようだ。蛋白質が不足してもNK細胞は弱る。たからバランス良い食事が必要なようだ。

コレステロールがNK細胞を増やすことは楽しい話しだった。頭を良く使いスケベーな人はコレステロールが高く、ちなみに教授の数値は290と私と同じくらい高かった。コレステロール値が高いとガンになりにくく長生きだそうだ。そう言えば母もコレステロールが高く、97歳まで生きて長命だった。

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 どこかしら あいつに似てる 冬木立

真冬の新宿御苑は穴場だ。閑散として殆ど人影がない。出会ったのは外人のアベックと近所の保育園の小さな子供たちだけだ。私のような普通の日本人は本当に少なかった。

J2J3J4J5 着ぐるみに 一時の夢 風の街

ゆるキャラはリラックマ。サンシャイン通りの遊技場前にいた。通り奥の池袋東急ハンズへ寄って、新宿へ向かった。

新宿駅ビルのトゥールズで絵の具を買った。前身のいずみやの頃はデザイナーやイラストレーターで何時行っても混雑していたが、今は閑散としていた。

その後、世界堂で画材を買った。トゥールズと比べるとレジに行列ができているほどの大混雑だ。都内では世界堂の一人勝ちのようだ。パソコンの発達でデザイン業界での画材の需要が激減した。その上、世界堂に客が集中して、割を食った他の画材店は厳しい状況のようだ。

世界堂の後、直ぐ近くの新宿御苑へ寄った。御苑は数十年ぶりだ。閑散とした遊歩道を老いた母娘がゆっくり歩いて来た。

 冬の道 老いたる母の手を引きて

冬枯れの林の下、至る所水仙が満開だった。

 夢うつつ 水仙咲きし枯れ野原

世界堂はよく行くのに、すぐ近くの新宿御苑に寄ったことはない。冬の御苑に人影はなく、清々しかった。今は静かな上、至る所水仙が満開で、10月桜も満開だった。 

 冬木立 ビルより高い 志し

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