2018年1月16日 (火)

今日は誕生日。祝いメールは企業の営業ばかり。運は低迷しているが明けない夜はない。そろそろ夜明けを迎えそうだ。18年1月16日

今日は73回目の誕生日。昨日までの厳しい寒さは緩み、日中は12,3度まで上昇との予報。いつもの習慣で過去の誕生日の日記を読んだ。

・・・去年の誕生日。
今朝、再度土手上で測ると氷点下5.5度だった。荒川沿いの我が家付近は、さいたま市の気温に近い。散歩へ出ると、緑道公園の10センチほどの霜柱は全く溶けていなかった。

22年前の翌1月17日に阪神大震災が起きた。あの年も寒い冬だった。実際は平年並みの寒さだったかもしれないが、焼け跡で寒々と焚き火をする被災者の姿が強く記憶に残っている。

散歩途中、桜並木の歩道に若い綺麗なお母さんと可愛い男の子が手を繋いで立っていた。
「いい女だな」と思いながら振り返った瞬間、転んでしまった。
「大丈夫ですか」
女性が駆け寄ってきた。
「大丈夫です。ありがとうございます」
急いで立ち上がり、びっこをひきながら急いでその場を去った。
転んだあたりの歩道にくぼみがあったことは以前から知っていた。
女性に気がそれて、うっかり足が取られてしまった。
地面に打ち付けたのは防護メガネと右手と右膝。どれも擦り傷程度で、すぐに痛みは取れた・・・


毎年、誕生日には過去を振り返ったり、これからのことを考える。
今年は運不運について考えた。
私の経験では、不運が多く積み重なって行くと、必ず幸せがやってくる。
だから、去年から不運続きの私は、そろそろ幸運がやってくる時期なのかもしれない。

反対に良いことが続くと、ドカンと大きな不運がやって来る。
現実にそのような知人が周りにいる。
それは私の年齢ではまさしく命取りで、ガンになったり、心臓などの重要な臓器に大きなダメージが起きたりする。今と若い頃と違うのは諦めが良くなったことだ。だから突然に不幸にさらされても、何となく受け入れてしまう。


個人の不幸と比べて自然の不幸はとてつもなく大きい。
天地は仁ならず、の老子の言葉そのものだ。

今、注目しているのは中朝国境の白頭山。
北朝鮮の地下核実験の振動が微妙な影響を与えていて、噴火危険度がさらに増している。
もし、噴火すれば中国東北部と朝鮮半島に大災害をもたらす。

今は世間から忘れられているが、歴史的に三陸の大地震と連動している関東や東南海の大地震や富士山大噴火が気になる。
869年7月9日に起きた貞観三陸地震M 8.3〜8.6から9年後の878年10月28日に、相模・武蔵地震-M 7.4が起きた。今にあてはめると9年後の2020年はオリンピクの年。
それから8年後の887年8月26日に 仁和南海地震・M 8.0〜8.5が起きて、東南海・東海地震が連動し、東海から紀伊半島にかけて巨大津波が襲った。

貞観三陸地震の5年前の864年に富士は大噴火して溶岩流が青木ヶ原を作った。今回は富士の大噴火は三陸地震の後に起きることになる。火山噴火予知は地震より容易なので、噴火が間近になれば警報が出て命の危険は少ない。

富士噴火による東京の降灰予想は2センチ。
火山灰は5ミリの降灰でも都市機能は麻痺する。
2センチ降れば、総ての交通、水、電力の供給は長期間止まる。
だから、各家庭は2週間ほどの水、食料の備蓄が必要になる。
私は1週間分の水と食料を背負って、歩いて東京を脱出するつもりだ。


世界でもっと危険なのは米国のイエローストン。
自然公園地下の巨大なマグマだまりはすでに危険域に達している。
もし、噴火すれば大火砕流と大量の降灰で米国が壊滅し、ヨーロッパも大量の降灰に晒される。米国の世界一の穀倉地帯が壊滅すれば日本とアフリカ・アジアでは大飢饉が起こる。

日本では巨大カルデラ噴火が1万年周期で起きている。
最も新しい噴火は7300年前の鹿児島県南方沖の鬼界(きかい)カルデラ。
この大噴火で南九州の縄文人は死滅し、西日本の生態系回復に千年近くかかった。

巨大自然災害を想うと、私の不幸などとてもとても小さい。
今の低迷が極めて穏やかで幸せに思えるのだから不思議だ。

年賀状のお年玉は3枚3等に当たった。
おみくじにあてはめれば、今年は中吉。


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2018年1月14日 (日)

正月は36年前の早坂暁作「夢千代日記」の再放送を見た。18年1月14日

早坂暁氏は去年暮れ12月16日、腹部大動脈瘤破裂で急死された。享年88歳。
NHKでは氏を偲んで「夢千代日記」を再放送した。音楽は武満徹。主演と語りは吉永小百合。昭和56年当時の画面を見ていると、その頃の自分や元気だった肉親や知人たちを走馬灯のように思い出して、過ぎてしまった年月の大きさを痛感する。

作者・早坂暁は「夢千代日記」を生涯で一番に評価していた。しかし、世間は次作ドラマ「花へんろ」を評価していた。私も「花へんろ」の方が強く心に残っている。「夢千代日記」は母が夢中で見ていたので、なんとなく切れ切れに見ただけで思い入れはなかった。

吉永小百合は同年齢で私より数ヶ月若い。
彼女主演の映画では「キューポラのある街」が好きだった。10代の初々しいイメージが強かったので、「吉永小百合もすっかりおばちゃんだな」と思いながら見ていた。しかし、今見ると、とても若くて可愛い。殊に貝殻節 ・鳥取県民謡を踊る彼女の仕草が格別に可愛い。男性を見上げるときの視線も切なげでいい。タモリが大ファンだったのはうなづける。

ちなみに、ドラマの場末ストリップ劇場のストリッパー・アサ子役は私の高校での2年先輩の緑魔子。当時はもっと長身でとんがっている都会的な女性と思い込んでいた。しかし、今見ると素朴な風貌だった。

ストリップ劇場・照明係のアンちゃん役は、あがた森魚。彼のバイオリンと歌「赤色エレジー・・・幸子の幸は何処にある 男一郎ままよとて 昭和余年は春も宵 桜吹雪けば情も舞う・・・」に合わせて舞うアサ子には昭和の香りが芬芬として良かった。

平成も終わり近くなった今、昭和の胡散臭さは日本から遠くなってしまった。最近、新宿が好きになったのは昭和への郷愁があるからかもしれない。

先日のドキュメント72時間は新宿花園神社の酉の市だった。私は昔から浅草の酉の市へ行っている。浅草と比べると、近くに歌舞伎町があり、IT関係の企業が多いせいか来客の雰囲気が全く違う。どことなくアングラ演劇の雰囲気がする。熊手も浅草と作りが違うのに驚いた。売り手も浅草は和の粋を感じるが、花園神社は和洋折衷の感じだった。

番組の中で突然流れた藤圭子の夢は夜ひらくの血を吐く様な歌声に、新宿・酉の市風景はさらに陰影が深くなった。境内の見世物小屋も胡散臭くて良かった。座主が話していたように、昔は見世物小屋が4,5軒は境内に並んでいた。昭和にタイムスリップしたように、画面に見入ってしまった。


36年は長い。ドラマの背景や空気感が今とまるで違う。
舞台は山陰の架空の温泉町・湯の里。ロケ地は兵庫県美方郡湯村温泉。

当時は父はまだ生きていた。この2年後に、70代後半の父は人と共同で会社を起こした。その人は初めから騙すつもりで、父を保証人にして闇金から金を借りるとすぐに逃げてしまった。
闇金からの取り立ては厳しく、父はショックで倒れてしまった。取り立ては父に替わり私に向かったが、頑として拒否した。当時の私は今よりずっと豊かで、持ち金をかき集めれば返済は可能だったが、長年、母と私は父の借金返済に苦しんできた。それまでの借金は父に殆ど責任があり、放っておくと保証人に迷惑をかけたからだ。しかし、最後の父の負債は詐欺によるもので、絶対に払いたくなかった。
その経緯は「死ぬ程怖かった闇金の取り立てと、父の名刺の束。12年2月24日」に書いた。

そのような昔の記憶を「夢千代日記」画面の日本海の寒く厳しい海に重ねながら見ていた。
芸者夢千代(吉永小百合)はその温泉町の小さな置屋・はる屋を営んでいた。そこには、さまざまな事情を抱えた男女が吹き溜まりのように集まっていた。

ドラマ冒頭で、原爆症の夢千代は神戸の病院帰りの山陰本線の列車で刑事の山根(林隆三)と出会った。列車は余部(あまるべ)鉄橋を通過していた。車窓からはるかに下に見える集落が印象的で、このドラマをきっかけに余部鉄橋は全国的に知られた。

当時は風情のある古い鉄製橋梁だったが、1986年12月28日の列車転落事故を契機にコンクリート橋に建て替えられた。事故の概要は福知山発浜坂行下り回送列車が走行中、 風速33mの突風にあおられて客車7両が約41m下に転落し 水産加工工場と民家を直撃して車掌1名と水産加工工場女性従業員5名が死亡し、 6名のけが人が出た。機関車は非常に重かったので転落は免れた。

原因は列車指令員が運転停止にすべきにもかかわらず、 列車を強行させたのが原因とされている。しかし、この程度の風速で吹き飛ばされるとは考えにくい。強風によって橋梁に自励振動が起こり、線路が曲がって脱線転落したとの見方が強い。事故後、鉄製橋梁はコンクリート橋梁に建て替えられた。鉄道フアンにはクラシックな鉄製が人気があったが、安全を考えたら致し方ない。

ドラマは夢千代のはる屋に関わる殺人容疑のかかった元芸者市駒(片桐夕子)を追って来た山根刑事(林隆三)と夢千代との出会いで始まった。心中未遂の芸者・金魚(秋吉久美子)、末期の子宮ガンの千代春(楠トシエ)、男に逃げられてばかりの菊奴(樹木希林)。芸者雀(大信田礼子)。経営者の町の顔役山本倉次郎(長門勇)など、36年前の彼らはみな若かった。彼らに重なる寒々とした山陰の海が印象的だ。

このドラマあたりから日本経済は急上昇してバブル経済に突入した。しかし、湯村の光景はさして変化せず、36年後の今、ストリートビューで見ても町の佇まいは当時のままだ。


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荒川夕景


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荒川土手の紅ツメクサの花。
この辺りは氷点下5度ほどに下がる。
その厳しい寒さに負けずに咲いていた。


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土手近くの飼い猫。
草むらに何かを見つけた様子。
顔見知りの子で、呼ぶと「ニャン」と近づいてきて甘えた。


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夕富士。
日の入りが少し伸びた。


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2018年1月 2日 (火)

朝生での村本大輔氏のとんでも発言。彼のような無知なロマンチストによって日本国民は危険に晒される。18年1月2日

お笑いコンビ「ウーマンラッシュアワー」の村本大輔氏(37)がテレ朝討論番組「朝まで生テレビ元旦スペシャル」に出演した。村本氏は、尖閣諸島問題では侵略されたら白旗をあげて降参する、と主張した。さらに、なぜ中国や北朝鮮が日本を侵略する必要があるのか、意味が分からないとも述べていた。

彼は他にもマスコミ報道が日馬富士問題と議員の不倫ばかりで堕落していると言っていた。その点は私も同感だが、それ以前、森友問題と忖度問題ばかりだったことも付け加えるべきだった。日本には言論の自由があるので何を言っても構わない。この発言により日本には言論の自由があると、日本政府による言論弾圧の国連議決へ反論できる。

いつもは「朝生」を必ず録画して翌日じっくり見ているが、今回は録画を忘れていた。しかし、ネットに記述された内容を読むと元旦早々不愉快になって、静かな元旦を迎えられなかったはずだ。
以上の内容は以下に書き出した。 

・・・・
井上達夫・東京大大学院教授「村本さん、非武装中立が多くの人は何を意味するか理解しないでいっているわけね。じゃあ、攻撃されたらどうしますか」
村本氏「なぜ攻撃されるんですか」
井上氏「侵略されないに越したことはない。じゃあ、もし侵略されたらどうするの。白旗を挙げて降参するの」
村本氏「僕はそっちかなと思います」
井上氏「そしたら侵略者に対して、侵略者に侵略のインセンティブを与えちゃうよね」
村本氏「なぜ、侵略されるのか、意味が分からないです。なぜ、中国や北朝鮮が日本を侵略するという発想になるのか、私、分からない」
井上氏「それは君が問題を避けているの。君の良いところは問題を逃げないことだと思ったけど、今までの非武装中立論は皆、そうやって…」
村本氏「手を挙げて言います。白旗を挙げて…」

司会・田原総一朗氏「例えば具体的に言うと、もしも日本が、米軍と自衛隊がいなかったら、尖閣は、中国は取るよ」
村本氏「分かりました。じゃあ、僕は逃げずに答えますけども、僕は…僕の意見は…」
田原氏「取られても良いわけね」
村本氏「僕は取られても良いです。僕は明け渡します。僕はですよ」
田原氏「何で」
村本氏「だって、だって…、もし皆さんの身内に自衛隊とか軍隊がいて、その身内が人を殺して国を守ることって…」
井上氏「じゃあ、自分の身内が殺されるってときに、敵を殺さないで自分が殺される状況に置かれたらどうする? 」
村本氏「じゃあ、殺されます」
井上氏「何で」
村本氏「だって、誰かを殺すわけでしょ」
井上氏「そういうこと、言う人は多いの」
村本氏「分かりました」

李相哲・龍谷大教授「尖閣諸島をよこせと言ったら大丈夫だと言ったけど、じゃあ、沖縄を下さいと言ったらあげるんですか」
村本氏「もともと中国から取ったんでしょ」

沖縄については歴史を誤認していたことを彼は番組後に認めている。
しかし、中国寄りであることは否定していない。
ちなみに、沖縄語は古代日本語の要素を多く残している。
沖縄の人種も中国よりも他のどの国よりも原日本人に近いとDNAで証明されている。
科学的に考えても、元々古代日本の一部であった沖縄を中国から奪うことはありえない。

村本大輔氏の無知さを評価するマスコミ一部に危うさを感じる。
彼がどんな考えをしても構わないが、それが政治力を持つと日本国民は大きな危険にさらされる。
例えば、北朝鮮による拉致が頻発していた時代がそうだった。
当時、北朝鮮工作員により数多くの日本市民が拉致され、一部は洋上で殺され遺棄された。
洋上でも多くの日本人漁民が拉致され殺戮された。
これは日本が戦後受けた明確な侵略だった。
今もし、武装工作員が侵入して、目の前で子供や女性が拉致されても、彼の考えなら何もせず放置することになる。それとも花束を捧げ愛を説き、思いとどまって貰うつもりだろうか。

現地住民の間では長く北朝鮮工作員による拉致が噂されていたが、警察や海上保安庁は取り締まりに消極的だった。なぜなら、朝鮮総連とつながりが深い社会党の圧力があったから、と言われている。

当時の社会党員の多くは村本大輔氏と同じ考えをしていた。彼らは地上の楽園・民主国家北朝鮮がそんな悪いことをするはずがないと心底思い込んでいた。だから取り締まりを緩くするように圧力がかけられ、日本人拉致は長い間放置されていた。今でも、拉致などなかった。拉致問題は日本政府が捏造したものだと主張する左翼は多い。

関連して昔の朝生から福島瑞穂氏の発言の抜粋・・・

福島 「いゃあ、そんな事は無いですよ、だって憲法9条を改憲したいと言うのが今強く出ていて」
解説者 「あのね福島さん、僕は社民党に頑張ってもらいたいと思う。でもとてもついていけない…」
福島 「警察官の拳銃使用は絶対反対。犯罪者と言えども人権はある訳ですし、犯人には傷一つ付けてはいけない。たとえ凶器を持った凶悪犯と言えども警察官は丸腰で逮捕に向かうべき」
田原 「そんな事して、警察官が殺されたら?」
福島 「それは警察官の職務ですし」
「ええっ?」と言う驚きの声が怒濤のように スタジオ中に響き渡る。その声にまずいと思ったか福島が続ける。
福島 「それに犯人がそんなに抵抗するんだったら無理して逮捕する必要は無いと思うんですよ、逃がしても良い訳ですし」
田原 「じゃっ、逃がした犯人が別の所でまた人を殺したら」
福島 「それはそれで別の問題ですし」・・・

犯罪者には人権があって、警察官にも被害者にも人権はない。
人権派弁護士の福島瑞穂なら当然そのような考えをする。

村本大輔氏の考えは福島瑞穂氏とほとんど同じだ。
我々が10代の頃は、社会党議員や社会科教師やリベラル知識人の多くが彼と同じ考えをしていた。
「もし、中ソが日本を侵略して来たら、花束を捧げて歓迎する。
そうすれば平和の内に侵略されて日本国民は一人も死ぬことはない」
左翼社会科教師たちは本気で若者たちをそのように教育していた。

朝生の議論では、村本大輔氏は人を殺すくらいなら自分が殺されるのを選ぶと言っていた。
彼が死ぬことは一向に構わないが、彼の妻子や肉親が殺されたり拉致されたりしても、彼は武力防衛に反対なのだろうか。
もしかして、彼らは説得すれば引き下がってくれると思い込んでいるのだろうか。
今問題になっている核開発と同じで、彼らが説得に応じるなど絶対にありえない。

村本大輔氏は中国や北朝鮮からの侵略をロマンチックに美化し過ぎている。
侵略の実態は彼の考えとまるで違う。
仮に無血侵略が行なわれても、その後の言論弾圧は過酷で、リベラル知識人の多くは家族もろとも逮捕され、拷問されて銃殺されるか、運が良くても強制収容所送りになる。
それは歴史が証明している。ソヴィエトによる東欧諸国への侵略。中共による、内モンゴルやチベット、西域への侵略。占領地は過酷な弾圧がなされ、何百万人もの一般人が殺された。
その事実を左翼インテリや朝日は無視し口をつぐんで来た。その結果、村本大輔氏のような無知なロマンチストが生まれた。

日本侵略を伺っている周辺国にとって彼のような若者が増えることは好都合だろう。彼はあり得ないと言っているが、中国は沖縄占領を、南北朝鮮は対馬奪回を明確に公言している。


正月の東京はゴーストタウンになる。
しかし、静かさは格別だ。


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住まいの近所。
自然が多く静かで田舎の佇まいがある。


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スーパームーン


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元旦夕暮れの浮間池。


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元旦の夕富士。


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元旦、帰り道の荒川上の満月。
正確には、今日2日が満月。


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2018年1月 1日 (月)

今年こそ、と願っているが期待はない。2018年元旦

元旦は新春とも言う。
子供の頃、寒くなっていくのに新春とは変だと思っていたが、それは旧暦の正月を意味していたからだ。2018年の旧正月は2月16日。これなら春との違和感はない。


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今年の年賀状。
旧作から「人生」を描いたものを選んで使った。
添えた言葉は「禍福は糾う縄のごとし。願わぬが最良の老い」
前者は最近好んで使う言葉。
「人生、良いことと悪いことが常にバランスよくある」との意。
後者は「老いたら何も願うな」ではない。
「老いても積極的に行動した方が良い。ただし、結果は若い頃より実現性は低いと心得よ」との意味だ。例えば、老いると体力維持のために運動をする人が多い。しかし、若い頃のように目に見える結果が出ないのですぐに止めてしまう。何につけても、老いてからの成果は若い頃のように華々しくはない。そのような自戒の意味を込めて、その言葉を考えた。


昨夜は大晦日締め切りのコンペ用の作品を描いていた。
最近のコンペは応募フォーム使うので、締め切り数秒前でも可能だ。
作品と説明文は23時に完成させてすぐに送信した。

その後、つけっぱなしだったEテレの大晦日のクラシックから他チャンネルへ変えた。民放はどれも低俗なバラエティーばかり。唯一12チャンネルだけがクラシックのライブをしていた。Eテレと雰囲気が違う面白さがあるが、結局、紅白を見てしまった。

石川さゆりは「津軽海峡冬景色」
選曲は良いが、声量の衰えは否めない。
40年前、その曲がヒットした時の彼女は10代で声に伸びがあり若々しい切なさにあふれていた。今もiPodで全盛期の曲を聴く。聴いていると、昔、冬の青函連絡船で北海道旅行をした頃を思い出す。

次は桑田佳祐の「ひよこ」の主題歌。
ドラマの背景の昭和30年代を思い出し「津軽海峡冬景色」とは別の意味の切なさがある。
当時は十条の彫金師のW氏宅で修行していた。わがままな弟子で、好き勝手に仕事をしていた。それを容認してくれた周囲を懐かしく思い出す。

年々、大晦日の陰影が深くなっていく。
晩年の母は、桜が咲くたび、見納めになると覚悟していた。今の私はその心情に近い。
そんなことを書くと「お前は、まだまだ長生きするよ」と言われる。
私の思っているのは生きている時間ではない。2018年の大晦日、同じ体力や能力を維持できないかもしれない、との思いだ。現実に、1年足らずで老いてしまった友人知人たちはとても多い。


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2時に寝て6時半に起床した。
少し頭が重い。
初日の出を見たいのでネットで確認した。
住まいの初日の出は7時51分。気温は氷点下2度。
玄関を開けると、荒川土手にご来光見物の人が大勢集まっていた。


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東京は大晦日に初雪があったようだ。
ゴルフ場が白く見えるのは雪ではなく、昨日の湿気が凍りついた霜のせいだ。


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荒川土手は都心のビル群が遮るので日の出は少し遅れる。
霜で覆われた土手を撮っていると「見えた」と声がした。
立ち上がるとビルの間に初日の出が見えた。
手を合わせ、良い年になるように願った。
去年は、悪い年ではなかったが、後半に尻窄みになった。

しかし、30日に1000円で買ったスピードくじは3000円の当たりだった。
運気は少しだけ上昇気配だ。


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2017年12月27日 (水)

「ソラリスの海」と、スマホ差別で取り残される中国の老人たちと、25連敗で終わったコンペ。17年12月27日

前回記入したデザイン系コンペはかすりもせずに落選した。
これほど、審査員の意図と、私の制作意図がかけ離れたコンペは珍しい。
わかりやすく言えば、クラシックバレーコンテストに阿波踊りで参加したような気分だ。
齟齬は予測できたが、今回は新たに自由課題部門が設けられ「自由闊達な作品を期待している」とあったことに幻惑されてしてしまった。

発表された受賞作品群は進化も楽しさもなく今まで通り寂寥感が漂っていた。楽しく魅力的な作品ができたと確信していたので落選のショックは大きい。しかし、2時間後には気を取り直して次のコンペ用の作品制作に入った。
ファインアートの公募でも同様のことは起きる。「清新な才能を求む」のキャッチコピーにつられて応募してみると、受賞作品は保守的な作品ばかりで変化なし、ってことは珍しくない。

これで今年のデザイン系公募は25連敗で終わった。
1月以後に結果が分かるのは5件。それらが敗退しても応募は続ける。必然性を感じて行動すればいつか開花するものだ。ここまで落ちると、どんな挑戦でも気楽にできる。最低の73才からどこまで這い上がれるか興味はある。
ちなみに、デザイン会社から請われての企業カレンダー・プレゼンで75連敗したことがある。こんなに負け続けた者はいないだろうと思っていたら、有名イラストレーターが「150連敗して、それ以後のカレンダー・プレゼンは断っている」と話していた。上には上があるものだ。


中国人ライターによる中国のスマホ事情の記事を読んだ。
中国では、買い物のほとんどがスマホ決済に変化しただけでなく、病院予約までスマホ優先になっている。その結果、スマホを持っていない老人たちは早朝から病院へ出かけて待つことになる。しかし、スマホ予約で来た若者たちに次々と追い抜かれ老人たちは疲労困憊してしまう。

中国では流しのタクシーはほとんどなく、タクシーはスマホで呼び寄せるシステムに変わった。スマホを持っていない老人たちは路傍で滅多に来ない流しのタクシーを待ち続け、疲れて倒れ救急車を呼ぶことになる。

留守荷物を預かる宅配便ボックスからの取り出しもスマホをかざさないとできないとできないシステムだ。スマホを持っていない老人たちは荷物を取り出せず、荷は送り主に送り返される。

どれも無駄がなく合理的なシステムだが、スマホの恩恵に浴しているのは使いこなしている若者や壮年たちだけだ。老人には小さなディスプレイ文字は読みづらく、老人の乾いた指先ではタッチ操作の誤作動も多い。さらに、しばしばパスワードを求められて入力するのも老人には厄介だ。全てがスマホに代わったら使えない人たちは取り残され、不公平な世の中になってしまう。

ファックスでの画像送付や、ネットではなく窓口手続きすることすら遅れていると思い込み、現金やガラケーを軽蔑する者がいる。しかし、大規模停電や磁気嵐が起こればネット環境は混乱する。電子ロックも作動しなくなって、自宅には入れない者が続出する。スマホは未完成の技術で事故や災害には極めて脆弱だ。故障もすれば電池切れも日常的だ。セキュリティーの要パスワードは、忘れてしまったら万事休すだ。現金を紛失すればその額だけの損失で済むが、金銭決済ができるスマホが悪質なものの手に渡れば全財産を失い多大な負債を負うことになる。だからこそ、新旧技術が共存する多様性は重要だ。携帯電話が全盛になった今も公衆電話は必要だ。海外で権利や命を守ってくれる重要なパスポートは今の技術水準では絶対にスマホ化されない。


100分de名著、レム著の「ソラリス」は昨日終わった。
ソヴィエト時代の1972年タルコフスキー監督「惑星ソラリス」は名作だった。

ソラリスの海は心の深層にある特別な人の記憶を具現化して人工衛星に送り込む。
主人公ケルビンの自殺した恋人ハリーもその一人だ。ケルビンはソラリスによって再構成されたハリーとの愛を完遂しようとしたが、ハリーはまたしても自殺してしまう。


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ソラリスの海と昆虫のような宇宙船(私の解釈)を描いた。

レム原作では「ソラリスの海」は、最後のシーンで人間の理解を超えた不完全な神として描かれていた。しかし、タルコフスキーは主人公ケルビンの記憶にある、故郷の死んだ父と家をソラリスに再現させてノスタルジックに終わらせた。原作者レムはその変更を怒り、大喧嘩をしてポーランドへ帰国してしまった。

人が神に対して不完全と言うのは不遜だ。
番組解説者はソラリスの海を人の延長線上の西欧的な神として捉えていたのだろう。
私は老子の言葉「天地は不仁なり」をソラリスの海に重ねる。東洋思想では神は人のために在るのではない。人は宇宙の無限の現象の小さな一つとして生まれただけのことで、人から見て神が不完全に見えるのは至極当然なことだ。


これれから大晦日にかけて、大晦日締め切りの作品制作とおせち料理に入る。年末の慌ただしさは嫌いだ。いつか、のんびりと何もせずに正月を迎えたいものだ。

大掃除をしながら、昔の彫金職人時代の仕事道具の埃を払った。道具を手にすると走馬灯のように当時のことを思い出す。今の貧乏絵描き生活と違い、当時はとても収入が多かった。母も姉も友人たちも皆元気で活気があった。母は晩年「昔が懐かしいのは自分が若く元気だったからだね」と話していた。それは感覚的に理解していたが、今はさらに深く実感している。

好きで選んだ今の生活でも、老いの寂しさは如何ともしがたい。先日、番組で橋田壽賀子が生は寂しく未練はないと語っていた。あれほどの成功者でもそうなのだから、私の寂しさなど当然過ぎるのかもしれない。


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