2017年4月22日 (土)

嫌なことだけでなく、良いことでも早く忘れたがいい。無知であることで自由に生きられる。17年4月22日

嫌なことは早く忘れたいと誰でも思っている。
しかし荘子は「良いことであっても早く忘れたが良い」と言っている。

30年ほど昔のことだ。帰宅した母が銀行での出来事を話した。
窓口で待っていると、知らない老人が母に話しかけて来た。
「この小説は息子が書きました。芥川賞の候補にもなっています」
老人は手にした文芸誌を開いて母に作品を示した。
「素晴らしいですね。本当によございました」
母が心から褒めると、老人は嬉しそうに銀行を出て行った。

「あの方の気持ちは親としてとてもよく分かる。
正喜にそんなことが起きたら、私だってみんなに自慢して回るよ」
母はそんなことを話した。
私は「恥ずかしいから、それだけはよしてくれ」と応えた。

老人は、初めは近所親戚知人と本を贈り息子の自慢をしていたのだろう。
初めはみんなで褒めそやすが、世間はすぐに飽きる。
そのうち誰も相手にしてくれなくなって、知らない人にまで本を見せて回っていたのだろう。
母から聞いた後、その親心が切なくなった。

良い出来事でも執着すると煩悩に変わり苦しむ。
恋愛も同じだ。
情愛の快楽に執着すると、嫉妬したり邪推したりして苦しむことになる。

「心は固に死灰のごとくならしむべし」荘子
良いことも悪いこともさっさと燃やし尽くして灰にしてしまうのが良い。


若い頃はイベントからイベントへと生きていた。
その最たるものが好きな女性とのデートだ。
デートを待つ日々は、そのことで頭がいっぱいで、他のことは何も考えられなかった。

老いた今は違う。
楽しいイベントは時折あるが、それを待つ日々も大切におろそかにしない。
老いると、明日が来るかどうか分からないからだ。
突然に体調を崩し、大切な日に寝込むことだってある。
最悪、突然死することもある。
だから、点と点の生き方ではなく、毎日、今が大切と思って生きている。


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荒川土手のタンポポの群落。
穂綿の群れが童話の世界のように可愛い。


先日、Eテレでモーガン・フリーマンの時空を超えて「宇宙は永遠に続くか」を見た。
番組で分かったのは、大宇宙のことを人は何も分かっていないことだった。
様々な宇宙論を聞きながら、私の仕事場と同じ6畳間に引きこもっている青年がいたとしたら、どのように宇宙を考えるのか想像してみた。

青年にとっての宇宙の広さは6畳で、その寿命は後30年ほどで終焉するだろう。
「井の中の蛙 大海を知らず」の諺がある。
狭いところに閉じこもらず、外の広い世界も知らなくてはならない、との意味だ。
しかし、閉じこりの青年は「大海」を知らなくても生きている。
むしろ、無知であることで自由に生きているかもしれない。

人類は太陽系の薄い表面だけをほんの少し分かっているだけだ。
その太陽系は宇宙では極めて微小な一点に過ぎない。
さらにとてつもなく巨大な銀河系がある。
銀河系よりさらに広大な宇宙があって、宇宙に対峙する人は限りなく0の存在だ。
その宇宙も、多元宇宙論では大宇宙に無限にある宇宙の微細な一点に過ぎず、我々の宇宙が存在している期間も、大宇宙史の中では痕跡すら残らない一瞬のことだ。

大宇宙を基準にすると、人類は存在していないのと同じだ。
しかし、自分を基点に大宇宙を考えると事態は逆転する。
引きこもりの青年にとっての宇宙は手が届く範囲にある。
そして、認識できない外の世界は存在しない。
そのように独善的に考えることに不都合はない。
青年には自分の感覚が及ぶ範囲が宇宙で、理論物理学者が考える大宇宙などどうでもいいことだ。

しかし、北朝鮮から核ミサイルが飛んで来て、引きこもりの青年が危険にさらされる可能性はある。青年を扶養している親が年老いて破産し、債権者から部屋を追い出される可能性もある。部屋へこもり続けたために体調を壊し、救急車を呼ぶ羽目に陥ることもある。それでも、自分に起きるすべてを受け入れる覚悟があるなら、外の世界を知る必要はない。
なぜなら、人類自体が、極めて小さな地球に引きこもっている存在だからだ。宇宙から人を見たら、万物斉同、内向きでも外向きでも大差はない。
老荘思想の根幹をなしているのはそのような考えだ。

人は外の世界を考えたり、明日のことを先回りして考ることが大切だと考える。そのように知力を使い豊かになり文明を築いて来た。だから、知力を否定する老荘思想は、知力を肯定してきた人類史に相反するものだ。

 学を断てば憂いなし 老子

知識によって人が不幸になってしまったことは一つの事実だ。
世界的ベストセラー、「サピエンス全史」の著者イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリによると、狩猟採取から農耕に変わった時に所得格差が始まり、一般人の生活水準が狩猟採取時代を凌ぐには幾千年も要した。

「サピエンス全史」に次のように記してある。
「2014年の経済のパイは1500年のものよりはるかに大きいが、その分配はあまりに不公平で、アフリカの農民やインドネシアの労働者が1日身を粉にして働いても、手にする食料は500年前の祖先よりも少ない。人類とグローバル経済は発展し続けるだろうが、さらに多くの人々が飢えと貧困に喘ぎながら生きていくことになるかもしれない」

とは言え、日本などの先進国は長生きと豊かさを享受している。
だが幸福とは言えない。
老荘思想では、知識が不幸の元凶だと言う。
老子の言う理想社会は、人々が無知で、食べ物が十分にあって、みんな健康である社会だ。
愚民政治だと非難されることがある問題発言で、知識全能の社会にどっぷり浸かって生きて来た我々には過激すぎる言葉だ。しかし、知識が支配者のためにあり、戦争や格差社会を生んだ元凶なのは事実だ。

個人と大宇宙の関係を考えることは、神の存在を考えることだ。
宇宙の真実は永遠に分からない以上、神や死後の世界や死者の魂を信じても不都合はない。それが人生を心地よくさせるなら、積極的に神や死後の世界や死者の魂を信じたほうが良いと思っている。
宇宙についても同じだ。
理論物理学の宇宙観より、スターウオーズなどのSF世界の方が絶対に楽しい。
学者から見れば空想科学や宗教は無知そのものだが、無知の世界は自由奔放で楽しい。


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もうすぐ5月1日の祖母の命日だ。
43年前、快晴の爽やかな朝に祖母は在宅で母と私に看取られて死んだ。
その夜は久しぶりに大家族が揃って、とても賑やかな通夜になった。
快晴の翌日が葬儀で、ツツジが満開だった戸田の斎場で荼毘に付した。
翌々日の3日も爽やかな快晴だった。
祖母の遺骨は紅型の風呂敷に包まれ、母と兄と共に九州の菩提寺へ旅立った。
満開のツツジと木漏れ日の美しさが鮮明に記憶に残っている。
その翌年の秋、中学教師をしていた兄は学校で急死し、見送った兄の後ろ姿が見納めになった。

兄の葬儀は学校葬として盛大に執り行われた。
都城郊外の寂しい火葬場での荼毘の後、大柄な兄の遺骨は多過ぎて骨壷に入りきらなかった。それを全部納めてと泣き叫ぶ兄嫁の姿が目に焼き付いている。

兄は昔風の2枚目で、若い頃のあだ名は「光の君」だった。
と言っても兄は極めて真面目で、私にはいつも読書していた姿しか記憶にない。
兄には重症の紫斑病があり、35歳まで生きられないと医師に言われていた。兄は自分の運命を自覚していて、九大の理系に進学したが、いつの間にか好きな仏文に専攻を変え酒とマジャーンに浸り、臓器から大出血を起こす紫斑病の発作を繰り返して中退した。

日南市大堂津での静養中、再度大発作を起こしたが地元の屈強な漁師たちの大量輸血を受けて奇跡的に命を取り留めた。さらに健康な血液のおかげで体質が変わり、兄の紫斑病は劇的に寛解してしまった。
兄はその後結婚し、生活のために通信教育で教師資格を取って都城の中学教師なった。しかし大好きな酒はやめず、組合運動にも熱中して過労から学校で脳出血を起こし急逝した。死因は紫斑病とは無関係だ。もし、ビールジョッキでウイスキーを飲むような大酒を控えていたら今は84歳で、生きていても不思議はない。


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先日の桜。東京医療センター下の公園。
この光景はすでに終わり、今は緑一色に変わった。
年々、桜の美しさが身に染み入る。


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2017年4月14日 (金)

生まれながらに悟りの境地、悩みなく幸せなアマゾン・アモンダワ族とピカソ考。17年4月14日

赤羽北の公団住宅に住んでいた頃のことだ。
緑内障で失明したお隣のネコのモモちゃんは、毎日のようにヒゲで壁との距離を測りながら我が家へ遊びに来ていた。
彼は失明の不幸を悩んでいるようには見えなかった。
もし彼が人であったら、自殺を考えるほどに悩み苦しんだはずだ。

モモちゃんが悩まなかったのは、健康な頃の自分と失明した自分を比較しなかったからだ。
人の悩み苦しみは、過去の自分や他人と今の自分を比較することから生まれる。昔は健康でお金持ちだったが、今は病弱で貧乏だとか。お隣は裕福で家族に恵まれているのに、自分は貧乏で孤独だとかだ。

未来に対しても、30年以内に大地震が起きるとか、ガン家系だから自分もがんになるかもしれないとか、失業するかもしれないとか、現実に起きていない妄想に苦しむ。

しかし、世界には過去の自分や他人との違いや、明日のことを悩まない種族がいる。
ブラジル・アマゾンで1986年に発見された、150人ほどのアモンダワ族がそれだ。彼らは自分の過去も未来も考えない。
彼らにも子供の頃の記憶はある。しかし、子供の頃の自分と今の自分は同じ自分だと割り切っていて、比較したりしない。彼らには年、月、日も時間の概念もなく、数字は4までしかない。もし、五個〜十個の果物があったとすれば、沢山あると表現する。

月日時間の概念は、夜、昼、雨季、乾季があるだけだ。
明日の感覚もなく、今生きている現実が全てだ。
だから、彼らは極めて幸せに暮らしている。
禅語に「前後を際断せよ」がある。
過去と未来の際で断ち今に専念せよとの意味だ。
彼らの姿勢は悟りの境地にとても似ている。

しかし、彼らが発見されてから30年は過ぎた。今はボルトガル語を使い教育も受けている。彼らがどう変化したか不明だが、昔より確実に不幸になっているだろう。

人類が農耕を知って、支配者が富を独占し始めてから数字は発展した。
対してアモンダワ族は富は平等に分配するので、数字は4までで十分だった。
明日のことも考えないから、平均余命が20年とか10年とか考える必要もなかった。


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4月10日月曜日、銀座で知人の個展を訪ねた後、千鳥ヶ淵まで歩いた。
暗くなって着いたが、期待していた桜のライティングはなかった。
交番で聞くと「前日の9日まででした」と気の毒そうに教えてくれた。
それでも桜は満開でまだ散っていず、花見客は多かった。
お堀の向こうの斜面に目をこらすと、月光に浮かび上がる桜が美しかった。
絵は、翌日ドトールで描いた。


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ドトールの窓外の通行人。
印象に残った人を描いた。


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11日は雨だった。
旧居の公団住宅前の桜。
引っ越してきた頃、桜は手で握れるほどの幼木だった。
幹を撫でながら、幼い花が可愛いと話していた母を思い出す。


最近、ピカソのドキュメンタリー番組を見た。
感覚を二次元化する圧倒的な才能がテレビ画面から伝わってきた。
彼のような巨匠はこれからは生まれないはずだ。
今は秀でた表現力の意味が変質し、誰でも表現し発表できる時代に変化したからだ。
これからは彼のような巨匠は必要とされないだろう。

彼の出現は時代が味方した。
もし彼が10年早く、あるいは10年遅く生まれていたら、優れた画家にはなれたが巨匠にはなれなかった。スペイン国籍も味方した。彼はナチスドイツに占領されたパリで暮らしていたが、ナチスとスペインは同盟関係にあり、反ファシストであったにもかかわらず深刻な迫害は受けなかった。

フランコ政権に依頼されてドイツ空軍がゲルニカを無差別爆撃したことに対する抗議として、彼は巨大な作品「ゲルニカ」を描いた。これは彼の最高傑作の一つとして評価されている。番組ではステレオタイプに「祖国の悲劇に対する怒りを圧倒的に表現している」と述べていたが、私はそうは思わなかった。

造形的に力強く大変に優れた絵画ではあるが、この作品に怒りは感じない。それは怒りを描いた多くの歴史的名作に共通することだ。優れた芸術的作品には心地良さがあり、怒りは薄められてしまう。むしろ、無名の素人の稚拙な絵の方がはるかに怒りや残酷さを純粋に表現している。例えば被爆者が描いた絵などがその代表だ。対して、丸木夫妻による原爆の図は芸術的美しさや心地良さがあり、そのぶん怒りや悲惨さは薄められている。

ピカソは歴史上、世界一裕福で高明な画家だったが、幸せかどうかは別だ。
彼は自分以外を愛することができず、人としては不幸だった。
彼の旺盛な制作欲は、あくなき生への執着だった。
だから、死や、ぼんやり過ごすことを極度に忌み嫌っていた。
彼の死の半年前の自画像が番組で登場したが、生への執着と恐怖が描かれていた。アモンダワ族とピカソを比べると全く逆に思える。


ピカソと比べて、ゴッホは早く生まれすぎた。
ゴッホの生涯で売れた数枚の作品の合計額より、ピカソの画室に残された灰皿の吸い殻やゴミ箱の方が100倍は高く売れるはずだ。ゴッホの自殺の原因は、貧しい画商・弟のテオから、仕送りはもうできないと手紙をもらったからだった。

番組でピカソの絵がオークションで100億で落札された。
今ならその倍で売れたかもしれない。オークションは貧乏絵描きには目眩を覚えるような光景だ。100億は1年に1億使っても100年かかる。そこに所得格差が異常に開いてしまった資本主義の終焉を感じる。

ピカソの絵はバブルの頃、大量に日本へ持ち込まれた。
ほとんどはヨーロッパでは売れないピカソの二流品だったが、日本では名前だけでバカ売れしてヨーロッパの画商はボロ儲けした。バブル崩壊後、それらの多くはヨーロッパへ売り戻されたが、購入価格の1割ほどに買い叩かれた。

中国バブルでも同じ現象が起きた。
しかし、中国富裕層は日本のバブルに学んでいるので、日本人ほどカスは掴まなかった。


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12日、赤羽自然観察公園へ行った。
自然の桜も美しい。
中央崖上に見事なコブシの古木があったが、その向こうに建設予定の道路にかかっていたので伐採された。この風景を見ると喪失感を覚える。


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伐採されたコブシの古木。


公園で、毎日、母を車椅子で連れて行っていた頃の知人に会った。
「母が死んでから7度目の春です」
と話すと「そんなに過ぎましたか」と、知人は感慨深げだった。

 死に支度 致せ致せと 桜かな 小林一茶

新聞に載っていたと知人から教えてもらった。
歳を重ねた今、この句はとても心に染み入る。


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2017年4月 9日 (日)

上野、新宿御苑、赤羽と桜三昧の毎日を過ごしながら、幸せについて考えている。17年4月9日

NHKのガッテンは缶詰を美味しく使いこなすスペシャルだった。
缶詰は今でこそ安価だが、私が子供の頃は高価だった。殊にミカン・桃の缶詰は貴重で、病気にならないと食べさせてもらえなかった。米軍横流しのパイナップル缶となると更に高価で、よほど裕福な家でないと手に入らなかった。

もっとも私が育った漁師町では、米軍占領下の沖縄近海に漁に出かけ漁師が、ついでに米軍基地からパイナップル缶やチョコレートなどを仕入れて密貿易していた。そのおかげで、時たまおすそ分けにあずかった。

高嶺の花のミカンや桃の缶詰は八百屋の棚に麗々しく飾られていた。戦争直後は砂糖不足で果物缶詰の生産は激減していた。店頭の缶詰のほとんどは戦前の品で、10年以上を経て錆が出ているものもあった。

番組では賞味期限は3年と言っていたが、缶詰は膨らんでいない限り100年を経ても中身は安全で、食べても何の問題も起きない。我々の世代は缶詰の上下面が少しでも膨らんでいたら押してペコペコ具合を感じて安全を確認した。
缶詰は新しいのは美味しくない。殊にオイル漬けのツナ缶等は3年以上熟成した方が美味しいと番組で話していた。

高価だった缶詰は、昭和30年代から急速に安くなり、庶民的な食べ物に変化した。キャンプなどへ行くときはサバ缶やイワシ缶を必ず持って行った。


番組ではホタテ缶で冷汁を作っていた。
出演者たちが美味しい美味しいと食べているのを見ながら、不意に母を思い出した。
終末期、母はしばしば食欲が極端に落ちた。
そんな時、ホタテの身をほぐし、出汁で五穀米を煮込み、みじん切りの野菜を加えてホタテの雑炊を作った。母はこれだけは何とか食べてくれた。

そう言えば母が死んでからホタテ缶を食べていない。
金が入ったら、アメ横でホタテ缶をまとめ買いしよう。


今週は、上野公園と新宿御苑の桜を見た。
上野公園の帰り、東京文化会館の入り口で広島の筆本舗・史芳堂がで店を出していた。
イタチ毛の面相筆が315円と通常の半分以下と格安だ。
聞くと店主の父親が死ぬ前に作ったもので、在庫をさばいているとのことだ。
腰があって出来がいいので6本買った。今の面相筆は当たり外れが多く、10本買ってまともに使えるのは1本ほどだ。買った面相は使ってみて、それからネット注文することにした。

そのあと、アメ横で買い物していると雷鳴とともに猛烈な驟雨がやってきた。
10分ほど二木の菓子の店内で雨宿りしていると止んだ。おかげで余計な買い物をしてしまった。その夜の花見の宴はどこも大騒ぎだっただろう。


好天の翌日は新宿御苑へ行った。
相変わらず外人が多い。桜は美しいが、去年ほどの感動はなかった。
広場の芝生に横になり、青空を見上げながら20分ほどウトウトした。
その後千鳥ヶ淵へ行く予定だったが意欲が失せ、そのまま帰宅した。


今年は赤羽の桜が心に染み入る。
母が死んだ2010年の桜もきれいだったが、今年の春は更に美しい。
北区には静かで美しい桜が多くあるのに、マスコミで紹介されることはほとんどない。


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雨の降りそうな夕暮れ、赤羽・岩淵水門近くの桜。
広々としていて気持ちがいい。


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土手上の桜はのびのびと枝を広げている。


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お花畑との対比が美しい。
近所で働いているらしいベトナム人男性二人が楽しそうに写真を撮りあっていた。


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近所からの花見客が絶えない。


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荒川対岸、川口の高層マンションと桜。


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好天の浮間の桜。
木漏れ日が爽やかだった。


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皆、桜を見上げて歩いているが、足元には可憐なスミレが咲いていた。
赤羽はスミレが多い。


100分de名著で三木清の幸福論をやっていた。
正しいことを言っているが、回りくどくて分かりづらい。
しかし、西欧哲学のスキルのあるインテリには好まれそうだ。

彼の考える真の幸福は一瞬で通り過ぎるものではなく、確固として壊れないものだ。しかし、そんなに堅苦しく考えなくても、一瞬でも楽しければそれでいいと私は思っている。

 喜怒は四時に通ず 荘子

自然に喜びが湧き起これば楽しみ、怒りが起きれば哀しむ、無為自然に時々を受け入れればそれで良い。

三木は幸せのために戦え、と言っている。三木がそう考えたのには戦争の時代背景があったからだ。しかし、目標にすればその瞬間に幸せは遠ざかる。幸せは勉学によって得られる特別なものではなく、幸せ研究家が認証する類でもない。自然に暮らしていれば誰でも等しく得られるものだ。

 心はまことに死灰のごとくならしむべし 荘子

喜びにも悲しみにもしがみつかず、さっさと燃やし尽くして忘れるのがいい。

三木の言う持続的な幸せは観念的で危うい。
感覚的な喜怒哀楽を頭で考えるから分かりづらくなる。

 学を断てば憂いなし 老子

世界的にヒットしたイスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ著「サピエンス全史」では、知力が人を不幸にしたと知識を否定していた。これは知力万能主義の西欧人としては画期的なことだ。


老子荘子は知識を無用なものと言っているが、完全否定ではない。
その点で老荘思想と絵描きは似ている。
絵描きは徹底的にデッサンを修練して基礎を作るが、基礎ができたらデッサン力を排除して素朴に絵を描く。なぜなら、デッサン力は純粋な表現力を阻害するからだ。同様に老子荘子も純粋に自然に従うために、自然と対立する知識を否定した。


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先日紹介した筆鉛筆。三菱Hi.uni 10B 金軸・定価1本400円と高価。
三菱鉛筆は最高品質の証として鉛筆頭に金帯を入れてあるが、筆鉛筆は金帯2本だ。
世界中の鉛筆を仕事で使って来た経験でも、筆鉛筆は最高品質だと確信している。
筆鉛筆は筆圧が必要ないので、今まで一度も折れたことがない。

筆鉛筆は削り機は使わず、一刀彫りのように六面をスパッと削る。
木質と芯質が大変良質なので、この削り作業がとても気持ちよい。


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安価な紙に、日に20枚ほどサラサラと描いては捨てている。
筆鉛筆は描き心地が良くて楽しくて止まらない。
半紙にも描いてみたが、淡墨のような味わいがある。


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2017年3月30日 (木)

介護難民40万の近未来社会での野垂れ死は自然な死に方。決して悲惨な死ではない。17年3月30日

夜、荒川土手を散歩していると、夜汽車の車窓からのように家々の明かりが遠く広がる。明かり一つ一つに暖かい家庭があると思うと、不思議に和む。

土手上で、いつも遊びに来ているニャンコに出会った。
メスネコを見つけに来たのだが、土手上では無理だ。
よほど寂しかったのか、声をかけると嬉しそうにゴロンゴロンと寝転んだ。

日曜夜、Eテレで「ネコメンタリー・猫も杓子も養老センセイとまる」を見た。
養老孟司氏とスコティッシュホールド13歳オスの飼い猫まるとの関係がとても面白い。知性に溢れた解剖学者に対して、無学無芸で食いしん坊の居眠りばかりしているまる。
その姿に老子-20章「学を絶てば憂いなし」が思い浮かぶ。

学んだり考えたりするのは、豊かさや平穏を望んでのことだ。
しかし、現実は違う。
学校へ入るにも、入ってからも、熾烈な競争に晒される。
養老氏も勝ち抜いて東大医学部に入り超エリートとなったが、俗を嫌い死者を相手とする解剖学を選んだ。そのような氏自身、学問の持つ意味を誰よりも知っている。だから、無学だが飄然と生きているまるに惹かれるのだろう。
無為自然が最上の生き方なら、まるの方がそれに近い。


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いつものようにドトールの窓から外を眺めていた。
目の前に白い小型のテリアが繋がれ、買い物中の飼い主を待っていた。

100人ほど通り過ぎたが、ワンコに興味を示す人は10人に1人ほどだ。さらに、しゃがんで相手をした人は一人だけだった。私も母も父も、必ず立ち止まって相手をしていた。だから、もっと多くが相手をしてくれると期待していたのに、その少なさに驚いた。どうやら、我が家は少数派だったようだ。
30分ほどして小柄な女性が横のスーパーから現れ、ワンコはぴょんぴょんはしゃいで喜んでいた。


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荒川夕景。

日曜夜、NHKスペシャル「私たちのこれから・認知症社会・誰もが安心して暮らすために」を見た。冒頭で、専門家が認知症による野垂れ死が増えると危惧していた。

私は危惧していない。野垂れ死は自然な死に方だと思っている。むしろ、密閉された劣悪な室内で孤独死して、腐乱して発見される方がはるかに悲惨で迷惑なことだ。


2025年には団塊の世代が75歳以上になり、認知症患者は700万人を超える。
介護にかかる総費用は20兆円に膨れて財政破綻する。
さらに、在宅でも施設でも十分な介護を受けられない介護難民が40万を越えると試算されている。その一方、老人をケアをする団塊ジュニアは非正規雇用や未婚者が多く、支えにはなれない。介護人材の不足も解決しないし、認知症が原因のトラブル・事故も多発する。

破綻はそれだけではない。
高齢者世帯では生活費が月々6万円不足すると予測され、多くの世帯が破綻する。それを避けるには3000万円の貯蓄が必要だが、今50代の3割の世帯が貯蓄ゼロだ。

それらを避けるには自己防衛しかない。
老人は必死になって健康を保ち、死の寸前まで働いて自立する必要がある。
安倍総理の唱えた「一億総活躍」を野党やリベラルな識者たちは「老人になってまで働かせるのか」と一斉に非難していたが、どのような代案があるのだろうか。彼らの福祉予算を増やせの大合唱は無責任極まりない。

まともに死のうと思っているからこのような問題が起きる。
私は生活できなくなったら、路上で行き倒れして、野垂れ死しようと思っている。
部屋の中で陰気に孤独死するのは不潔でいただけない。
路上なら、真冬ならすぐに凍え死ぬし、死体はゴミ収集車で片付ければいい。
地面は多少汚れるが、放っておいても雨が洗い流してくれる。
行き倒れがどんな死に方より素晴らしいのは、空を見上げながら死ねることだ。
春か秋、そよ風を頰に感じ、青空を眺めながら死ねたら最高の最期だ。

とは言っても、実際は死ぬ前に通報されて劣悪な病院に収容され悲惨な死を迎えることになる。だから、近未来にはそのような希望者のために、延命治療を全くしないホスピスを多く設けて自然死させたらいい。そうなれば介護期間が短縮され、介護費用は劇的に圧縮できる。


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毎日、荒川土手で土筆を摘んでいる。
10分ほどでこれくらい採れる。


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土筆は袴から下はちぎって捨て、味醂とだし醤油で炒めるように加熱し、しんなりしたら卵を加えてスクランブルする。土筆の頭はほろ苦くてコクがあり、とても美味しい。土筆は花粉症に効くので毎日食べている。あと、4,5日は採れそうだ。


レックス・ティラーソン米国務長官が2016年度国別人権報告書を公表する記者会見を開かなかったことを米主要メディアが批判していた。

人権報告書には民主主義国家の日本が、北朝鮮やシリア・中国並みに国民が弾圧され自由がないと書かれている。他は相変わらず20万人拉致の慰安婦問題と電通の過労死。報道の自由については、日本のメディアは政府から弾圧され報道の独立性は深刻な脅威に晒されていると記されている。

日本の誰がそのような嘘情報を流したのかは容易に推測できる。その真偽を調査しようともせず、妄信して丸写したいい加減な人権報告書など無視されて当然のことだ。


旅行会社「てるみくらぶ」の経営破綻に時代変遷の感慨を覚える。
「てるみくらぶ」はネットを利用して広告費を抑え躍進した。
しかし、ネット発達は諸刃の刃で、乱立した極小旅行社に若者が流れ、致し方なく中高年旅行者獲得に走った。だが、中高年はネットを使わない。それで新聞広告に頼ったら、広告費増大で破綻してしまった。

もう一つは、大量輸送のジャンボジェットが減って中型機が増えたことだ。ジャンボは満席にするのが難しく空席が生じやすい。それを「てるみくらぶ」は安く買い叩いて格安旅行を実現させた。
韓国旅行が九州旅行の半額でできるなど、安さにはどこかに無理があった。
旅行者は格安旅行はリスクを伴うと覚悟すべきだった。


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2017年3月22日 (水)

人生は死を受け入れるための儀式だ。17年3月22日

テレビを止めると時間が流れる音が聞こえる。
微かにキーンというような静かな音だ。
それをぼんやりと何も考えずに聞き入っている。
音を心地よく意識し始めたのは50代からだ。
若い頃は、それは退屈な音で、感じればすぐに行動していた。

万物斉同、総ての人が寸分違わず誕生で始まり死で終わる。
石を食べ息を止めても死なず、永遠に生き続ける人などいない。

TVCMで加藤諒が不老不死の役をしていた。
CMで加藤諒は明るく語っているが、もし死なない人生があったらゾッとするほど辛い。

宇宙にも終わりがある。
その時、原子は素粒子レベルまで分解し、宇宙は光を失い冷え切った真っ暗な闇になる。不老不死なら、暗闇を漂いながら孤独に永遠に生き続けることになる。それは究極の恐怖だ。周囲に知人友人、肉親が存命なうちに死ぬことこそ最上の幸せだ。


生きている喜びがあるのは、心のどこかで自分の死を意識しているからだ。
総ての人は死に至る年月を、労働、愛、家族、創造、遊び等々と、儀式を執り行うように生活している。総ての人生は、どれも初めてで最後で、二度目は絶対にない。

死を受け入れるための儀式は人生に飽きることだ。
だが、どんなに長生きしても、飽きることはとても難しい。
人生は楽しく飽きが来ないから死が辛くなる。
人生に飽き飽きしていたら、死は安らぎに変わり、死への恐怖は消える。

飽きが来るほど人生が嫌になるのは難しいが、その手前のぼんやりするだけなら誰でもできる。
年老いて、エネルギー値が低くなれば、公園のベンチでぼんやりと空を見上げて、静かな心地良さを味わうことができる。
ただし、やり残したことがあってはその境地は難しい。
やり残しがあったら、強引に諦めることだ。
それなら、誰にでもなんとかなる。

ぼんやりすることは宗教における瞑想と同じ効果がある。
だから、ぼんやりできれば、死を少しだけ楽に受け入れられる。


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21日、催花雨に霞む荒川対岸の川口方面。
この雨の名は美しい。


私の同年の友人たちが集まると、決まって親世代のことが話題になる。
皆、長命の親ばかりで、中には105歳まで生きた親がいる。
「親が死んだ歳まで25年。自分が達するのは到底無理だな」
そんな言葉でその話題は終わる。

今の若者たちより、我々はタフに育った。
しかし、厳しい戦中戦後を生き抜いた親の世代は心身ともに我々よりはるかにタフだった。親の世代は完璧なオーガニックの食物で育ち、体の出来が我々とはかなり違っていた。


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先日のお彼岸に、大堂津での子供の頃の法要を思い出した。

粗末な仏壇なのに、とても丁寧に読経をしてもらっていた。子供にはその時間が長くて「しびれたー」と言っては、母や姉に叱られた。

絵の中で生きているのは私と隣のテルコ姉だけだ。
そこに兄と父の姿はない。父は山っ気が多く、いつも一発逆転の新事業を起こそうと駆け回っていて、その都度借金を重ねていた。
祖母に溺愛されていた兄たちは祖母と暮らしていた。祖母は兄たちに死に水を取ってもらえると期待していたが、色々あって私が東京に引き取り、母と二人で在宅で看取った。

この頃、母は大変に苦労していた。しかし、私たちが元気で明るかったのでとても楽しかったと、後年よく話していた。

仏壇横に見える風景はすっかり変わった。
グーグルのストリートビューで見ると、畑や田んぼは住宅地に変わっている。左手奥の山は城山と呼ばれ、山頂に茶畑があり、遺跡のように石碑や石仏がたくさん並んでいた。


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東京北医療センター下の公園のユキヤナギ。

先日の深夜、新海誠監督「秒速5センチメートル」を見ていたが、淡々とした描写に退屈して途中でやめた。
淡々と日常を描いた作品は多くある。小説では村上春樹作品がそうだ。
若者たちがそれらを好むのは、リアルな人生が希薄だからかもしれない。自分にもあり得る淡々とした作品群は、希薄な人生に輝きを与えてくれるのだろう。

音楽では、英国のブライアン・イーノが提唱したアンビエント=環境音楽もそのジャンルにある。ブライアン・イーノのアンビエントはエリック・サティの楽曲「家具の音楽」から影響を受けている。「家具の音楽」は意識的に聴くのではなく、家具のようにいつも傍にある音楽と言った意味だ。


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散歩道路傍のボケの花。
野生種なので小さくて可愛い。


最近、花粉症に風邪が重なって酷い目にあった。
一番ひどくなった17日に、知人と寄席へ行く約束をしていてたので休むわけにいかない。それで、その日の午前中に耳鼻科へ行って薬を処方してもらった。

耳鼻科の医師はソシアルダンスが大好きな元気なおじいさんだ。いつも空いていて待ち時間なしなので気楽に行ける。水っぱなや咳き込む子供たちで大混雑の耳鼻科ほど嫌なものはない。空いている理由は一度でしっかり治してくれるので、患者が何度も通わないからだ。

予想通り待ち時間なしで、抗炎症剤の噴霧と吸引をして、抗アレルギ剤と抗菌剤と解熱剤を処方してもらった。すぐに服用して夕方まで眠ると、嘘のように熱も引き、鼻水も収まっていた。おかげで寄席へ行き、深夜まで知人と飲んだ。

知人の知り合いの噺家が恵比寿のホールを借り切っての公演だった。満席だったが、志ん生、円生、三遊亭金馬等々、綺羅星のような名人たちを生で見ていた身としては、どうしても楽しめなかった。それが、40年間寄席へ行かなかった訳だと、あらためて分かった。

若手がどんなに上手に先人たちをコピーしても、名人たちのように戦前の江戸の名残を知らなければ古典の味わいは表現できない。


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17日以来、iPodに志ん生を入れて聞きながら歩いている。繰り返し聞くのは志ん生の粗忽長屋だ。何度聞いても身をよじらせるほど可笑しい。ニヤニヤ歩いている私は、異常者と間違われたはずだ。


昔、溝口健二監督「近松物語」を見た。
昭和29年制作で、近松門左衛門「大経師昔暦」を川口松太郎が戯曲化した「おさん茂兵衛」の映画化作品だ。戦後間もない貧しい時代であったにもかかわらず、日本髪も着物も調度品も全て完璧な美しさだった。この美しさは、今の若い美術担当には到底無理だ。
それでも50代以下の人たちには新鮮で、若手の古典落語同様に十分に楽しめる。だから、楽しんでいる若い人たちに昔は良かった、などとは言わないことにしている。


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赤羽も桜が開花した。


姉はニューヨークへ出発するまでに歯を治している。
米国での歯科治療は費用・技術ともにできる限り避けた方が良いからだ。
姉がこちらへ引っ越して来る前に住んでいた駒込の歯科医院へ行くのは大変だと言うので、赤羽駅近くの上野歯科医院を薦めた。先日が初診日で、帰宅した姉はインフォームドコンセントの的確さと丁寧さに大感激していた。これからの治療も的確にやってもらえる。病院の選択も、人生にとって大切なことだ。


冬は好きだが、寒さに飽きて来た。
今は無性に満開の桜を眺めたい。
この様子では、到底、人生に飽きたりしない。
終局へ向かう身としては執着が残り、辛い死を迎えそうだ。


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