2009年11月21日 (土)

家庭医を見つけられない老人たち。09年11月20日

昨日は母のシャワー介助日。
母を起こしに行くと、「今日は死にそうだから、このまま寝ている。」と憂鬱な顔。
「人はそんなに都合良く死んだりしないよ。」
無理に背中を押しておき上がらせた。
「いやだと言っているのに、どうして無理させるの。」
母は大きな声で不満を言う。また、欝が始まったようだ。この状態では、慰めや励ましは効かない。黙って淡々と、いつものように歯を磨かせ、冷たい水で手を洗わせ、熱い蒸しタオルを渡した。そのような物理的な刺激は気分転換の効果がある。母は次第に、いつもの母に戻った。

ヘルパーのOさんが9時半に来た。
「今日は、少しお静かなようですね。」
Oさんは母が無口なのを心配している。
「今朝、今日死ぬ、と言っていたから、今さら元気な様子を見せるのは照れくさいのでしょう。」
小声で説明していると、母にも聞こえたようだ。
「そんなことはないです。元気ですよ。」
母は笑顔でOさんに言った。

シャワーは無事に終わり、母をベットに寝かせて散髪へ出かけた。
御諏訪神社辺りで寒い雨が降り始めた。緑道公園のカリンは、斜面の下に完熟した実を沢山落していた。その中から、黄色く綺麗に熟れた実を3個選んで拾った。

床屋さんの奥さんはジャム作りが趣味である。拾ったカリンを見せると、「まあ、立派。」と興味を見せた。上げると早速奥で調理が始まり、散髪が済む頃にジャムは完成した。

散髪の帰りに駅前で食材を買った。デフレの影響で野菜も魚も安い。安いのは助かるが、そのために社会が低迷して行ったら、今の僅かな生活費も稼げなくなる。

赤羽駅前で弁当を3百円で売っていた。たっぷりのご飯に、揚げ物に、少々の野菜。値段は安くてもボリュームはある。自分で同じものを作ったら、3百円以上かかる。

イトーヨーカ堂に寄り、地下食品売り場で鳥の胸肉を買った。広告の品で3切れ280円は安過ぎる。円高で輸入飼料が安くなっても、これでは養鶏業者は利益を出せない。生まれて始めてデフレを経験するが、漠然とした不安を感じる。米国では、満足に食事のできない貧困層が増加しつつあると報道していた。食料大国でこんなことが起きるとは信じ難い。

世間で言われているような来年早々の二番底はないと思っている。しかし、景気低迷は長引きそうだ。対して中国は元気が良い。中国内陸部に多数の貧困層がいる限りは上昇は続くだろう。しかし、貧富の差は開く一方で、その歪みが暴走したら日本経済にも影響が出る。今の世は、考えれば考える程に不安が尽きない。

写真、緑道公園にて。
今日は昨日と打って変わって好天。母を散歩へ連れ出すと、心地良さそうだ。

Haha

赤羽自然観察公園で、母は夏前の元気な頃と同じ距離を歩いた。老人の体調は日替わりで変わる。昨日の母とは別人のようだ。

帰り道、長く入院していたMさんと会った。
最近、やっと散歩に復帰できた、と嬉しそうだ。彼女は私たちと歩きながら、ご主人のことを話した。ご主人は、夜、不安感が増して眠れず、彼女はそれに付き合わされて困っていると言う。
「担当医に相談して、安定剤を処方してもらったらいかがですか。」
助言したが無理のようだ。ご主人はご子息の仕事関係の大学病院にかかっていて、偉い先生相手では相談しづらいと言う。
「それなら近所で家庭医を見つけたが良いですよ。これから先、往診も必要になりますから。」
しかし、彼女は浮かない顔。往診については彼女も気がかりで、近所で家庭医を見つけたいと息子に相談したようだ。しかし、息子は「顔を潰す気か。」と怒り、以来、相談出来なくなった。

子供の世代は概して老いに無知で、このような軋轢を生んでいるケースは多い。
Mさんは、更に老いれば息子の世話になるつもりだ。それで強いことも言えず、言いなりになっている、と力なく答えた。

Violin
----------------

下手な音だが、
楽器の扱いの間違いを気にせず、楽しんでいるポチたちを見ていると、小春じいは和む。

芸術は、上手い下手より楽しむことが大切だ。

|

2009年11月18日 (水)

カリンジャムを作った。09年11月18日

Karin1Karin_2昨日、冷たい雨の中、母の車椅子を押して散歩へ出た。緑道公園は誰も歩いていない。完熟したカリンが地面に落ちていたので、傷のないのを3個選んで拾った。カリンについた枯れ葉や土を水飲み場で落し、車椅子のハンドルに下げた買い物袋へ入れた。

駅前へ出て野菜類を買った。カブ一束100円。大きなブロッコリー50円。安いのでまとめ買いすると、買い物袋がはちきれそうになった。

帰宅して、カリンは早速ジャムにした。未熟だと包丁の刃が立たないくらい堅いが、完熟だとサクサク切れる。種に咳止めの薬効が多いので、捨てずに熟成中のカリン酒へ加えた。完熟すると白い果肉の一部が茶色に変色するが、問題はまったくない。

薄切りカリンはヒタヒタの水でしっかりと煮込み、水分が半分程に減った所で砂糖を入れた。

更に水分を飛ばすように中火で練り上げる。ヘラでかいた時、鍋底が見えるようになれば完成。

レシピには、レモンを加えるとある。しかし、カリンは酸味が十分にあるのであえて必要ない。
完熟カリンは香り高くて柔らかく、口当たりが良いが、日持ちがしないので市販されていない。香りは、しっかり熱を加えるので飛んでしまうのが残念。しかし、とても美味しいジャムができる。

カリンジャムは薬効成分のポリフェノール特有の渋みがある。味は中国のサンザシの菓子に似ている。山形名産のし梅に渋みを付けた感じで、東洋的な美味しさだ。

咳止め目的に作ったジャムなので、早速母に食べさせた。その効果か昨夜は殆ど咳が治まっていた。

今日の散歩の時、回り道して、カリンが落ちていないか見に行った。昨日、拾い残したカリンは、誰かに拾われてなくなっていた。あのままではもったいないと思っていたので、良かったと思った。

Sizen

朝から素晴らしい好天だ。玄関を出ると雲取の山塊が山ひだまでくっきりと見えた。風は冷たいが心地良い散歩だった。

赤羽自然観察公園は昨夜の雨で紅葉が進んだ。
写真、古民家右上に見えるのは豪華な財務省官舎。
「好き放題に贅沢なものを建てやがった。」
公園を利用する年寄りたちは、官舎を見上げる度にそんなことを言う。もし、役人達がそれに見合った仕事をしているのなら少々贅沢でも文句は出ないが、現実はかなりずれている。

先日発表の新型インフルエンザの死亡率では、日本が図抜けて低かった。日本人は早めに病院に行き、早めに入院治療をするから死亡率が低い、と説明していた。

対して、欧米の死亡率が高いのは、家庭医制度のせいかもしれない。家庭医は完全予約制でよほど重症でないかぎり、すぐに診てもらえない。専門医となると家庭医の紹介状が必須で、いきなり診察は不可能だ。

カナダ在住の知人は原因不明の腹痛に襲われ救急病院に担ぎ込まれたが、対応は不十分だった。その後、家庭医にかかったが病名がつかない。結局、家庭医紹介の専門医に診てもらまでに3ヶ月を要し、診察を受けた時は自然治癒していた。自然治癒していたので笑い話ですんだが、生死に関わる病気だったら悲劇だった。

カナダや米国では、急を要さない病状で自由に診療を受けることは不可能だ。どうしても受けたければ高額な自由診療の病院を選ぶことになる。日本のように自由に病院を選んで受診できるのは富裕層だけだ。

日本では、朝、熱っぽければ、適当に病院を選んで電話をしてその日の内に診察を受けられる。中には風邪程度で大学病院の専門医にかかる者さえいる。これは世界では希なことだ。

Suiseim_2-----------------
酔生夢死は憧れである。

夢のように人生を終えるのならこれ以上の幸せはない。
ポチは野球に、
小春じいとタマは今日のような青空に夢を感じ、生きている。

Koharu1_3

|

2009年11月16日 (月)

自然公園に小学生たちが歩いて遠足に来ていた。09年11月16日

日曜日は小春日和だった。日射しは暖かく、散歩道の木立を吹き抜ける清涼な風が心地良かった。どれも小さな自然だが、東京に住みながら味わうと格別だ。

緑道公園の桜はすっかり葉を落とし、桜広場は日射しに輝いていた。

Sakura_2

桜広場手前で、金沢から来ている老人と会った。いつも柾目の桐下駄に趣味の良い着物姿だ。5年前からこの辺りで時折会い、挨拶を交わす。彼は金沢に小料理屋を営む老妻を残し、単身、病気治療に上京している。

治療が長引くので、最近、近くに住まいを借りて一人暮らしを始めた、と彼は話した。
「東京は豊かですね。今年の敬老の日に北区からお小遣いを貰いました。」
彼は嬉しそうに話した。金沢も他の地方都市同様に財政が逼迫し、最近、そのような敬老金は出なくなったそうだ。

東京の豊かさは私たちも実感している。住まいを都内にこだわったのは、高齢の母を抱えているからだ。荒川一つ隔てた埼玉と比べ、公園も医療も街灯も治安も東京の方が恵まれている。

-------------------------------

今日月曜は一転して肌寒い曇り空で、母に重ね着をさせて出かけた。
先週、北区から後期高齢者保険の納付用紙が送られて来た。保険料は銀行引き落としだが、区の事情で3ヶ月分だけ、直接払い込むことになっている。

散歩への行きがけ、郵便局に寄った。
私の前に待っているのは2人だけなのに、担当局員の対応が丁寧過ぎて順番が来ない。15分程待たされてやっと私の番になった。

払い込み手続きは10分程かかった。局員二人がかりでキビキビ働いているのに、手続き項目が多すぎる。もし、コンビニならレジでお金を払い、用紙に判子を押して貰うだけですむ。これでは郵便局の改革は絶対に必要だ。結局、金を払うだけに30分かかった。以前は散歩コースにコンビニが二軒あったが、4年前、共に廃業した。

赤羽自然観察公園には小学生が遠足に来ていた。今時珍しく、バス利用ではない。リュックを背負って歩いて来て、好きな場所で楽しそうに昼食を始めた。
子供たちを眺めていると、半世紀以上昔の私たちの遠足を思い出す。食事は竹の皮に包まれたおにぎり、ゆで卵にミカン。お菓子は大抵森永キャラメルにボンタンアメだった。

森永キャラメルが急に食べたくなり、帰りに生協で買った。昔のキャラメルはロー引き紙に包まれていたが、今はアルミ箔張りの紙だ。ロー引き紙は湿気を呼びやすく、大抵べっとり飴に貼り付いて剥げず、紙のまま食べていた。今の味は昔の粗末なキャラメルとは違い、本物のミルクと砂糖でとても美味しかった。

最近、死んだ人たちが夢によく登場する。
昨夜も、昔ガン死した知人が夢に出て来た。夢の中では元気な若い姿だったが、最後に見舞った頃は、見る影もなく衰弱し、激しい苦痛で言葉も出なかった。この最後の姿を知っていると、更に生き続けて欲しいとは思えなかった。

今、母は間欠泉のように弱り壊れる。やがて衰弱は恒常的になり、死を自然なものとして受け入れるのだろう。そして、知人と同じように元気な頃の母を思い出すのかもしれない。

Nito_3

---------------------
「二兎を追うもの一兎を得ず」に対して「一挙両得」のように、諺は相反するものが多い。

ポチは用をたしながらタイヤキが食えると威張っていた。

このようなトイレ話題を女性は嫌う。
しかし、介護をしている者は、「食べる」と「出す」の重要さをいつも思い知らされている。

殊に「出す」方の悩みは大きい。
もし、こちらがスムースなら、介護の大変さは半減する。

Koharu1_3

|

2009年11月15日 (日)

年を取ると次々と身体に問題が起きる。09年11月14日

Youkei_3

素晴らしい夕景が広がった。富士には雲がかかっていたが、大気が雨に洗われ、奥秩父から妙義、浅間、奥日光までくっきりと見渡せた。明日は好天が期待できそうだ。

雨が止むのを待ち、12時に赤羽駅前に散歩に出かけた。最近、母は時間をうるさく言わなくなったので楽だ。元気な頃は、朝昼晩、自分が決めた通りにしないと機嫌が悪かった。それが、自由気ままな私にはストレスだった。

先月から、散歩は赤羽自然観察公園から赤羽駅前へ行くコースは止め、どちらか一つにしている。最近は母だけでなく私も疲れる。いよいよ、老々介護が色濃くなった。

赤羽駅前へ出れば買いだめする。今年は野菜が安いので助かる。大きなブロッコリーが30円の安さだ。魚は越前クラゲの影響で、いつもなら大量にあるアジが殆ど入荷していなかった。それでもマアジの型の良が1本180円で、2本買った。不漁なのに安いのはクラゲ毒で皮膚の一部が変色していたからだ。

自然界は一つの種のみが大量発生し続けることはない。いずれ越前クラゲにも天敵が現われバランスが取れるだろう。しかし、越前クラゲ発生の原因、黄海の汚染はこれからも進行し、別の深刻さが生まれそうだ。

アジは薄く塩を降りじっくり焼いておいた。このままでも美味しいが、酒蒸しにすると更に美味しい。焼いたので生臭みはなく。身を荒くほぐして酒、醤油、ネギとショウガを合わせて大皿に盛り、電子レンジでチンする。これだけで、高級感のある料理に変身する。

Nitu_2

写真、奥日光。
間に大きな建物が増え、こちらへ引っ越して来た頃のように全容が見えなくなった。

口蓋を火傷して今もヒリヒリする。口蓋とは口の中の天井部分のことだ。先日、合わせ鏡で見てみるとぷっくり膨らんでいる。触ってみると堅く、小指の腹ほどの大きさだ。直感的に悪性ではないと思ったが、頭をガーンとぶん殴られたようなショックを覚えた。もし、悪性腫瘍だったら、この大きさなら完治は危うい。手術をすれば顔半分を失うかもしれない。これで私の命運は尽きるのか、と厭な場面が走馬灯のように過った。

散歩前の忙しい時間だったが、すぐにインターネットで画像検索をした。すると、よく似た画像が次々と表示された。病名は口蓋隆起。と言っても病気と言えるほどのものではなく、気にならなければ放っておいて良いとある。

説明では口蓋の骨の表面一部がゆっくりと増殖したもので、入歯装填で邪魔になる場合は削って取る。再発は極めて少ない。歯科大学の若い学生120人を調べた結果では、30%弱に口蓋隆起があった。隆起は歯茎にも起こり、そちらは10%程。熟年以上となると更に高率に50%の人に何らかの骨隆起があるようだ。
私は頻繁に歯科医院に通っていたのに、今まで、口蓋隆起を指摘されたことがない。それ程にありふれたものなのだろう。

原因は様々だが、堅いものを食べていた縄文人には多かったとあった。
歯茎の骨隆起は強い噛み締めとの因果関係がはっきりしている。しかし、口蓋隆起はよく分かっていない。私の場合は奥歯が擦り減っているくらい噛み締めが強い。それで、その応力が口蓋中央に集中して補強するように骨隆起が起きたのかもしれない。命にかかわる病変なら研究が進むが、口中の骨隆起については研究例が少ないようだ。

興味深い記述に、骨の補填が必要な手術で、骨隆起の部分を切り取って使った例があった。そんなものを使って安全なのか心配だが、増殖した骨はそれで止まる性質のようだ。

記述には、隆起した骨上の粘膜は薄くて傷つきやすいとあった。そう言えば、6年前辺りから、時折、ヒリヒリ痛むことがあった。隆起はその前の50代半ばから始まっていたのかもしれない。

口蓋隆起を直感的に悪性ではないと思ったのは粘膜表面と骨表面が滑らかだったからだ。悪性腫瘍は細胞が秩序を失ってでたらめに増殖したものだ。だから、表面は凸凹で崩れやすく、見た目も汚い。

今のところ深刻ではないが、持病は幾つも抱えている。
母が逝ったら、その中の痔と鼠径ヘルニアと口蓋隆起の手術をし、すっきりしたい。

Glass
---------------------------
空だと思っていたのに、色んなものが詰まっていることがある。
ガラスビンがそれかもしれない。
透明で何も見えなくても、
手で触れてみると、色んなものを感じる。

Koharu1_3

|

2009年11月13日 (金)

酉の市。09年11月12日

午後2時。母の体調が良いので、酉の市へ出かけた。雨が降りそうで風が冷たい。手早くお詣りを済ませようと、鴬谷から鷲神社へ行くコースを選んだが、王子駅で例年通りに下車してしまった。

王子から都電に乗り換え終点三ノ輪へ向かう。電車はレトロな9000形で正面に天皇即位記念の日の丸が飾ってあった。車内照明は暖色系で心地良い。
途中、おばあさんが下車しようとすると、「下りるから止めてあげて。」と、回りの小母さんたちが一斉に声をかけた。荒川線はまだ暖かい下町人情が残っている。

三ノ輪駅から日光街道へ抜ける梅沢梅沢写真館の外装は明るく塗り替えられ、レトロな趣が壊れていた。アーケードの商店も何となく活気がない。
日光街道から国際通りへ。竜泉あたりに多かった軒が傾いたような小さな商店は殆ど消え、瀟洒なマンションに建て代わっていた。僅かな間に、この辺りもすっかり変わってしまった。

時間が早いせいで酉の市は混んでいなかった。商売繁盛を祈り、お札所で小さな熊手を買った。
風が冷たいので急いで歩いた。例年なら革ジャンで来ているが、今日はTシャツにコーデュロイのジャンパーを羽織っただけだ。風邪を引くのではと心配になった。

ひさご通りを経て浅草観音様へ向かった。花屋敷遊園地の辺りで、お爺さんが「ふるさと」をハーモニカで奏でていた。熟年男女のグループが聞き入っている。この小学唱歌はハーモニカで聞くと、とても心に染み入る。感動した熟年男性が大きく拍手した。

母が70代半ばの頃、1度だけ今日と同じコースで酉の市に連れて来たことがある。途中、竜泉で樋口一葉記念館へ寄った。記念館近くに駄菓子屋があり、母と同じ年頃のおばあさんが店先でおでんを売っていた。母と食べたが代金は数百円と驚く程に安かった。全コース4キロほどを母は疲労も見せず歩いた。翌年行くと、その駄菓子屋は店を閉めていた。

生きている以上当たり前だが、母は生まれてからずーっと、どこかにいていつでも会うことができた。しかし、母が死ねばどこにもいなくなる。それは寂しいだけでなく、とても理解出来ない感覚だ。ハーモニカの「ふるさと」を聞きながら、そんなことを思った。

観音様の本堂は改装中でスッポリと覆われていた。本堂の線香の香りの中で、仕事が巧く行くことと、母の最期が静かであるように祈った。

仲店は真っすぐ歩けないくらい混んでいた。その3分の1は日本人ではない。今、東京で一番国際的なのはこの一角かもしれない。

昔、浅草に住みたいと思ったが今は違う。今は浅草の個性は失われ、東京のどこにでもある風景に急速に変わり始めた。

北赤羽に5時少し前に着いた。駅前のライフで鳥の胸肉を買った。イミダゾールジペプチドの疲労回復効果が一般に知られたせいか、最近、数量が減り値上がりしている。
5時丁度に帰宅すると、「お帰り。」と、ベットでテレビを見ていた母が明るく声をかけた。

洗濯物を取り込もうとベランダに出た。日が暮れるのが早く外は真っ暗だ。出がけに干した洗濯物は、冷たい風で乾いていた。

Toriti_2

|

«貧乏は人生を美味しくするスパイス。09年11月10日