2017年3月30日 (木)

介護難民40万の近未来社会での野垂れ死は自然な死に方。決して悲惨な死ではない。17年3月30日

夜、荒川土手を散歩していると、夜汽車の車窓からのように家々の明かりが遠く広がる。明かり一つ一つに暖かい家庭があると思うと、不思議に和む。

土手上で、いつも遊びに来ているニャンコに出会った。
メスネコを見つけに来たのだが、土手上では無理だ。
よほど寂しかったのか、声をかけると嬉しそうにゴロンゴロンと寝転んだ。

日曜夜、Eテレで「ネコメンタリー・猫も杓子も養老センセイとまる」を見た。
養老孟司氏とスコティッシュホールド13歳オスの飼い猫まるとの関係がとても面白い。知性に溢れた解剖学者に対して、無学無芸で食いしん坊の居眠りばかりしているまる。
その姿に老子-20章「学を絶てば憂いなし」が思い浮かぶ。

学んだり考えたりするのは、豊かさや平穏を望んでのことだ。
しかし、現実は違う。
学校へ入るにも、入ってからも、熾烈な競争に晒される。
養老氏も勝ち抜いて東大医学部に入り超エリートとなったが、俗を嫌い死者を相手とする解剖学を選んだ。そのような氏自身、学問の持つ意味を誰よりも知っている。だから、無学だが飄然と生きているまるに惹かれるのだろう。
無為自然が最上の生き方なら、まるの方がそれに近い。


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いつものようにドトールの窓から外を眺めていた。
目の前に白い小型のテリアが繋がれ、買い物中の飼い主を待っていた。

100人ほど通り過ぎたが、ワンコに興味を示す人は10人に1人ほどだ。さらに、しゃがんで相手をした人は一人だけだった。私も母も父も、必ず立ち止まって相手をしていた。だから、もっと多くが相手をしてくれると期待していたのに、その少なさに驚いた。どうやら、我が家は少数派だったようだ。
30分ほどして小柄な女性が横のスーパーから現れ、ワンコはぴょんぴょんはしゃいで喜んでいた。


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荒川夕景。

日曜夜、NHKスペシャル「私たちのこれから・認知症社会・誰もが安心して暮らすために」を見た。冒頭で、専門家が認知症による野垂れ死が増えると危惧していた。

私は危惧していない。野垂れ死は自然な死に方だと思っている。むしろ、密閉された劣悪な室内で孤独死して、腐乱して発見される方がはるかに悲惨で迷惑なことだ。


2025年には団塊の世代が75歳以上になり、認知症患者は700万人を超える。
介護にかかる総費用は20兆円に膨れて財政破綻する。
さらに、在宅でも施設でも十分な介護を受けられない介護難民が40万を越えると試算されている。その一方、老人をケアをする団塊ジュニアは非正規雇用や未婚者が多く、支えにはなれない。介護人材の不足も解決しないし、認知症が原因のトラブル・事故も多発する。

破綻はそれだけではない。
高齢者世帯では生活費が月々6万円不足すると予測され、多くの世帯が破綻する。それを避けるには3000万円の貯蓄が必要だが、今50代の3割の世帯が貯蓄ゼロだ。

それらを避けるには自己防衛しかない。
老人は必死になって健康を保ち、死の寸前まで働いて自立する必要がある。
安倍総理の唱えた「一億総活躍」を野党やリベラルな識者たちは「老人になってまで働かせるのか」と一斉に非難していたが、どのような代案があるのだろうか。彼らの福祉予算を増やせの大合唱は無責任極まりない。

まともに死のうと思っているからこのような問題が起きる。
私は生活できなくなったら、路上で行き倒れして、野垂れ死しようと思っている。
部屋の中で陰気に孤独死するのは不潔でいただけない。
路上なら、真冬ならすぐに凍え死ぬし、死体はゴミ収集車で片付ければいい。
地面は多少汚れるが、放っておいても雨が洗い流してくれる。
行き倒れがどんな死に方より素晴らしいのは、空を見上げながら死ねることだ。
春か秋、そよ風を頰に感じ、青空を眺めながら死ねたら最高の最期だ。

とは言っても、実際は死ぬ前に通報され、粗悪な病院に収容され悲惨な死を迎えることになる。だから、近未来にはそのような希望者のために、延命治療を全くしないホスピスを多く設けて自然死させたらいい。そうなれば介護期間が短縮され、介護費用は劇的に圧縮できる。


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毎日、荒川土手で土筆を摘んでいる。
10分ほどでこれくらい採れる。


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土筆は袴から下はちぎって捨て、味醂とだし醤油で炒めるように加熱し、しんなりしたら卵を加えてスクランブルする。土筆の頭はほろ苦くてコクがあり、とても美味しい。土筆は花粉症に効くので毎日食べている。あと、4,5日は採れそうだ。


レックス・ティラーソン米国務長官が2016年度国別人権報告書を公表する記者会見を開かなかったことを米主要メディアが批判していた。

人権報告書には民主主義国家の日本が、北朝鮮やシリア・中国並みに国民が弾圧され自由がないと書かれている。他は相変わらず20万人拉致の慰安婦問題と電通の過労死。報道の自由については、日本のメディアは政府から弾圧され報道の独立性は深刻な脅威に晒されていると記されている。

日本の誰がそのような嘘情報を流したのかは容易に推測できる。その真偽を調査しようともせず、妄信して丸写したいい加減な人権報告書など無視されて当然のことだ。


旅行会社「てるみくらぶ」の経営破綻に時代変遷の感慨を覚える。
「てるみくらぶ」はネットを利用して広告費を抑え躍進した。
しかし、ネット発達は諸刃の刃で、乱立した極小旅行社に若者が流れ、致し方なく中高年旅行者獲得に走った。だが、中高年はネットを使わない。それで新聞広告に頼ったら、広告費増大で破綻してしまった。

もう一つは、大量輸送のジャンボジェットが減って中型機が増えたことだ。ジャンボは満席にするのが難しく空席が生じやすい。それを「てるみくらぶ」は安く買い叩いて格安旅行を実現させた。
韓国旅行が九州旅行の半額でできるなど、安さにはどこかに無理があった。
旅行者は格安旅行はリスクを伴うと覚悟すべきだった。


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2017年3月22日 (水)

人生は死を受け入れるための儀式だ。17年3月22日

テレビを止めると時間が流れる音が聞こえる。
微かにキーンというような静かな音だ。
それをぼんやりと何も考えずに聞き入っている。
音を心地よく意識し始めたのは50代からだ。
若い頃は、それは退屈な音で、感じればすぐに行動していた。

万物斉同、総ての人が寸分違わず誕生で始まり死で終わる。
石を食べ息を止めても死なず、永遠に生き続ける人などいない。

TVCMで加藤諒が不老不死の役をしていた。
CMで加藤諒は明るく語っているが、もし死なない人生があったらゾッとするほど辛い。

宇宙にも終わりがある。
その時、原子は素粒子レベルまで分解し、宇宙は光を失い冷え切った真っ暗な闇になる。不老不死なら、暗闇を漂いながら孤独に永遠に生き続けることになる。それは究極の恐怖だ。周囲に知人友人、肉親が存命なうちに死ぬことこそ最上の幸せだ。


生きている喜びがあるのは、心のどこかで自分の死を意識しているからだ。
総ての人は死に至る年月を、労働、愛、家族、創造、遊び等々と、儀式を執り行うように生活している。総ての人生は、どれも初めてで最後で、二度目は絶対にない。

死を受け入れるための儀式は人生に飽きることだ。
だが、どんなに長生きしても、飽きることはとても難しい。
人生は楽しく飽きが来ないから死が辛くなる。
人生に飽き飽きしていたら、死は安らぎに変わり、死への恐怖は消える。

飽きが来るほど人生が嫌になるのは難しいが、その手前のぼんやりするだけなら誰でもできる。
年老いて、エネルギー値が低くなれば、公園のベンチでぼんやりと空を見上げて、静かな心地良さを味わうことができる。
ただし、やり残したことがあってはその境地は難しい。
やり残しがあったら、強引に諦めることだ。
それなら、誰にでもなんとかなる。

ぼんやりすることは宗教における瞑想と同じ効果がある。
だから、ぼんやりできれば、死を少しだけ楽に受け入れられる。


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21日、催花雨に霞む荒川対岸の川口方面。
この雨の名は美しい。


私の同年の友人たちが集まると、決まって親世代のことが話題になる。
皆、長命の親ばかりで、中には105歳まで生きた親がいる。
「親が死んだ歳まで25年。自分が達するのは到底無理だな」
そんな言葉でその話題は終わる。

今の若者たちより、我々はタフに育った。
しかし、厳しい戦中戦後を生き抜いた親の世代は心身ともに我々よりはるかにタフだった。親の世代は完璧なオーガニックの食物で育ち、体の出来が我々とはかなり違っていた。


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先日のお彼岸に、大堂津での子供の頃の法要を思い出した。

粗末な仏壇なのに、とても丁寧に読経をしてもらっていた。子供にはその時間が長くて「しびれたー」と言っては、母や姉に叱られた。

絵の中で生きているのは私と隣のテルコ姉だけだ。
そこに兄と父の姿はない。父は山っ気が多く、いつも一発逆転の新事業を起こそうと駆け回っていて、その都度借金を重ねていた。
祖母に溺愛されていた兄たちは祖母と暮らしていた。祖母は兄たちに死に水を取ってもらえると期待していたが、色々あって私が東京に引き取り、母と二人で在宅で看取った。

この頃、母は大変に苦労していた。しかし、私たちが元気で明るかったのでとても楽しかったと、後年よく話していた。

仏壇横に見える風景はすっかり変わった。
グーグルのストリートビューで見ると、畑や田んぼは住宅地に変わっている。左手奥の山は城山と呼ばれ、山頂に茶畑があり、遺跡のように石碑や石仏がたくさん並んでいた。


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東京北医療センター下の公園のユキヤナギ。

先日の深夜、新海誠監督「秒速5センチメートル」を見ていたが、淡々とした描写に退屈して途中でやめた。
淡々と日常を描いた作品は多くある。小説では村上春樹作品がそうだ。
若者たちがそれらを好むのは、リアルな人生が希薄だからかもしれない。自分にもあり得る淡々とした作品群は、希薄な人生に輝きを与えてくれるのだろう。

音楽では、英国のブライアン・イーノが提唱したアンビエント=環境音楽もそのジャンルにある。ブライアン・イーノのアンビエントはエリック・サティの楽曲「家具の音楽」から影響を受けている。「家具の音楽」は意識的に聴くのではなく、家具のようにいつも傍にある音楽と言った意味だ。


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散歩道路傍のボケの花。
野生種なので小さくて可愛い。


最近、花粉症に風邪が重なって酷い目にあった。
一番ひどくなった17日に、知人と寄席へ行く約束をしていてたので休むわけにいかない。それで、その日の午前中に耳鼻科へ行って薬を処方してもらった。

耳鼻科の医師はソシアルダンスが大好きな元気なおじいさんだ。いつも空いていて待ち時間なしなので気楽に行ける。水っぱなや咳き込む子供たちで大混雑の耳鼻科ほど嫌なものはない。空いている理由は一度でしっかり治してくれるので、患者が何度も通わないからだ。

予想通り待ち時間なしで、抗炎症剤の噴霧と吸引をして、抗アレルギ剤と抗菌剤と解熱剤を処方してもらった。すぐに服用して夕方まで眠ると、嘘のように熱も引き、鼻水も収まっていた。おかげで寄席へ行き、深夜まで知人と飲んだ。

知人の知り合いの噺家が恵比寿のホールを借り切っての公演だった。満席だったが、志ん生、円生、三遊亭金馬等々、綺羅星のような名人たちを生で見ていた身としては、どうしても楽しめなかった。それが、40年間寄席へ行かなかった訳だと、あらためて分かった。

若手がどんなに上手に先人たちをコピーしても、名人たちのように戦前の江戸の名残を知らなければ古典の味わいは表現できない。


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17日以来、iPodに志ん生を入れて聞きながら歩いている。繰り返し聞くのは志ん生の粗忽長屋だ。何度聞いても身をよじらせるほど可笑しい。ニヤニヤ歩いている私は、異常者と間違われたはずだ。


昔、溝口健二監督「近松物語」を見た。
昭和29年制作で、近松門左衛門「大経師昔暦」を川口松太郎が戯曲化した「おさん茂兵衛」の映画化作品だ。戦後間もない貧しい時代であったにもかかわらず、日本髪も着物も調度品も全て完璧な美しさだった。この美しさは、今の若い美術担当には到底無理だ。
それでも50代以下の人たちには新鮮で、若手の古典落語同様に十分に楽しめる。だから、楽しんでいる若い人たちに昔は良かった、などとは言わないことにしている。


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赤羽も桜が開花した。


姉はニューヨークへ出発するまでに歯を治している。
米国での歯科治療は費用・技術ともにできる限り避けた方が良いからだ。
姉がこちらへ引っ越して来る前に住んでいた駒込の歯科医院へ行くのは大変だと言うので、赤羽駅近くの上野歯科医院を薦めた。先日が初診日で、帰宅した姉はインフォームドコンセントの的確さと丁寧さに大感激していた。これからの治療も的確にやってもらえる。病院の選択も、人生にとって大切なことだ。


冬は好きだが、寒さに飽きて来た。
今は無性に満開の桜を眺めたい。
この様子では、到底、人生に飽きたりしない。
終局へ向かう身としては執着が残り、辛い死を迎えそうだ。


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2017年3月16日 (木)

マスコミが触れない原発反対運動の問題点。好かれようとしなければ自由に生きられる。74歳姉はニューヨークへ出稼ぎに行く。17年3月16日

先日、NHKで原発事故を検証していた。
事故原因はどれも合理的な理由が説明されていて納得できた。
しかし、不十分な説明も多かったので自分なりに整理してみた。

最大の事故理由は、津波被害の多い土地なのに、海岸まで高台を深く掘り下げて原発を建設したことだ。その理由は冷却用海水の汲み上げコストを下げたい東電の意向によるものだ。コストの増大より安全性を考えるなら、高台に建設すべきだった。

それについてNHKは、強固な地盤にするには掘り下げる必要があった、と最近理由を変えている。しかし、地盤は土木技術で解決できたことで、この説明は納得できない。さらに不明なのは非常用電源の発電機を2台とも地下に置いたことだ。バックアップの確実性を考慮するなら、一台は高台におくべきだった。

無電源でも炉心の蒸気圧を利用して炉心冷却ができるイソコン操作の訓練を経験した所員がいなかったことも事故を拡大させた。このケースでは、即刻イソコン操作を経験した退職者に問い合わせるべきだった。非常事態で連絡するのは困難だったかもしれないが、試す価値はあった。

番組で話していた経験者は「イソコン作動時の排気された蒸気の量は大変に多く、建物が見えなくなるほどだった」と証言していた。その言葉一つを聞いても、イソコン操作と稼動確認を見誤っていたと分かる。いずれにせよ、原発は絶対に事故を起こさないとの安全神話が東電にあったことが事故の最大の原因だった。

しかし、マスコミが触れないもう一つの原因がある。
それは政治的過ぎた原発反対運動だ。
原発を建設させない。建設されたものは廃炉にする。建設された原発の安全を確保する。その三つが反対運動の骨格だが、最後の安全確保が歪められていたことが事故を拡大させた。そもそも反原発運動は日本に原爆を作らせたくないソヴィエト・中国に指導された左翼運動家が主流になっていた。だから、少量の放射線漏れでも左翼系マスコミは激しく書き立て、原発建設が廃止されるように世論操作をした。それに神経質になった東電や政府は、誤った安全神話を作り上げて対抗するようになった。

その非科学的な安全神話を示す事例は多くある。
例えば非常時の格納容器から排気する安全弁、ベントを取り付ける時だ。
信じられないが、初期の原子炉格納容器にベントは設置してなかった。後年、ベントを取り付ける計画が出た時「そんなものをつけたら危険だからつけるのだろうと反対派に上げ足を取られる」との慎重論が東電側にあったほどだ。それでも取り付けられたが、高濃度に汚染された排気を浄化するフイルタ建設は見送られた。その結果、福島県を始めとする広範囲が汚染して、住民避難の悲劇を招いた。

見送られた理由は、フイルタは建物ほどに大きな装置で、そんなものをつけたら反対派に何を言われるかわからない、と東電首脳たちが恐れたせいだ。ちなみに、今は全国の原子炉にフイルタ付ベントが設置されている。

反対運動自体は正しものだった。
しかし、実際の反対運動はあまりにも政治的すぎていて、すでに建設された原発の安全を確保するための運動はほとんどなされなかった。

反対運動には多くの原発専門家や内部事情を知っている関係者が関わっていた。にも関わらず、津波対策やイソコン操作や非常用電源について指摘し改善させるための運動は起きなかった。なぜなら、安全を要求することは原発を容認することと同じと活動家たちが考えていたからだ。

事故後の反対運動にも歪さを感じる。
世界各地の自然放射線量と比較して高くないのに、大量の被爆被害が出ると言い立てている学者や活動家が多いことだ。そのことによって避難者たちへの差別が今のように根付いてしまった。

活動家たちの言動を見ていると、死者や放射線被害が多発することを願っていると思えるほどだ。今起きている被爆被害者差別は彼らのプロパガンダが招いたことだ。そのように考えたくないが、反対運動の活動家たちは自分たちの正当性が証明されたと、原発事故を喜んでいるように思える。


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好天の荒川土手。
例年なら土筆がたくさん出ているのだが、今年は寒く遅れている。


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春浅い赤羽台3丁目。
左手奥に住んでいた。
その家で父と祖母を看取ったので、この陸橋上に来ると、母はいつも「アッ、ムニュムニュ」とつぶやきながら手を合わせていた。


偶然に「ホンマでっかTV」を初めて見た。
「嫌われる人嫌われない人はどこが違う?メール返信早いと嫌われる?悪口言ってもマツコが好かれる訳とは?」がテーマだ。サンマにマツコなどの芸人さんたちに、ワイドショー常連の心理学者たちがコメンテイターだった。

専門家の解析は科学的で、病気オタクの私には楽しい。
しかし、現実に応用したり実行する気はない。
最近売れた本に「嫌われる勇気」がある。この手の啓発本は題名だけ知れば十分だ。中身は言い古されたことばかりで目新しさはない。老子荘子は2500年前にもっと掘り下げた嫌われる勇気を語っていた。

「常を知らざれば、みだりになして凶なり」老子
人は自然の力で生かされているのだから自然に任せればいい。
あれはまずい、これはダメと頭で対応していたら凶を招く。

「聖人君子も行き過ぎたら嫌味になる」
「知識や知恵は必要ない。そんなものを身につけてもろくなことは起きない」
彼らの言葉は実に過激だ。
「人に好かれようと努力することは愚かなことだ」
とも言っていた。

若い頃、どうやったらモテるか、のハウツウものを一心不乱に読んでモテようとした。しかし、ほとんど効果はなかった。無知なまま、がむしゃらにアタックして行った友人たちは家庭を持ち幸せになった。
「ホンマでっかTV」などは娯楽として楽しむ番組で、真面目に拝聴する類ではない。


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緑道公園のヒュウガミズキ。
この公園では、蝋梅、沈丁花の後に咲く花だ。


新橋の小さな小料理店を任されていた姉が5月一杯で失業する。
親会社の事情で店をたたむことになったからだ。
姉はその後、ニューヨークへ出稼ぎに行く。
仕事は今と同じ料理関係で、すでに決まっている。
「英語は片言だし、74歳だけど、それでも良いのですか」
話を持ってきた先方に姉が言うと、
「米国では実力さえあれば年齢は問題としない」と答えていた。

日本では実力より肩書きが重視される。
実力主義の絵描きの世界でも、経歴や肩書きの効果は大きい。
だから私は43歳で絵描きに転向した時、大きなコンテストに次々と挑戦して、肩書き作りに熱中した。

しかし、ニューヨークは違う。
例えば日本の最高学府・東大卒でも全く通用しない。
米国はすごい国だ。


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10代の頃に描いたパステル画。
宮崎県立大宮高校横にあった蓮池を描いた。
高校三年間、毎日、12時間は絵を描いていた。
授業中も帰宅してからも、教科書は全く開かず、夢中で描いていた。
だから、芸大受験は学科で落ちてしまった。
それから20数年は、全く絵を描かず、他の仕事に熱中した。


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43歳で絵描きに転向した。
絵はすぐには売れないので、バッケージ用のイラストを受注して生活した。
高校三年間で技術を身につけていたので、この程度の絵なら一晩で描け、大変に安楽な生活ができた。


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2017年3月11日 (土)

美しい月の光とアーティストたちの生活の苦渋。そして朴政権後のさらなる混乱。17年3月11日

仏壇の灯明用に10年以上使っていた電子ライターのガスの出が悪くなって着火しない。それで750円の電子ライターを買った。

新ライターは炎が大き過ぎる。ライター底の炎調整ダイヤルで炎を小さくした。
調整しながらハッと気づいた。もしかするとと壊れたライター底のガス注入穴を見ると、小さくプラス・マイナスの記号がある。精密ドライバーでプラス方向に回すと、ガスの出は戻り、再度使えるようになった。

古いライターが本当に壊れるのを待っていたら新ライターを使う機会がなくなる。それで、古いライターは仏壇の引き出しにしまった。引き出しには30年前からの古い百円ライターがいくつも転がっていた。試すと、どれもすぐに着火した。
日本の道具は本当に耐久性がある。
最近新しく買った衣類も道具も、私が死ぬまで使えるものばかりだ。


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夕暮れの荒川。


絵描きに限らず、芝居、音楽、小説などアートを仕事にしている者の生活は厳しい。
純文学やファインアートを目指す者は初めから生活できないことを前提に打ち込んでいる。その点、職人要素が多い演奏者とか、デザイナーやイラストレーターや陶芸家は生活が比較的安定している。

昔、劇団に関わっている頃、ベテラン役者たちは定期的に結婚式場の司会とか企業PRビデオに出演して糊塗をしのいでいた。それでも、結婚して40歳を過ると、多くは先行きを考えて芝居をやめ定職についた。

その点、絵描きは絵画教室を開いて固定収入を確保できるので、終生絵描きを続けられた。しかし、少子化の今は、殆どの絵画教室の運営は厳しく、その方法も万全ではなくなった。

その点、生活苦と無縁なのは主婦作家たちだ。彼女たちは夫の定収でのびのびと仕事をして認められる者が多い。彼女たちが認められるのに必要なもう一つの要素は美人であることだ。殊に日本ではその傾向が強く、アート界の後進性を示すものかもしれない。


私は超低空飛行ながら絵だけで何とか暮らしてきた。
今は時折、デパートなどでの催しに作品を預けるがほとんど売れない。理由は、デパートで絵を買う階層の好みは薔薇や風景で私の作品は合っていないからだ。そんな私と母は暮らしていたが、絵が売れないことをぼやいたことは一度もなかった。

その点、世間の女性たちは違う。
夫や息子が私のような生活をしていたら、「生活どうするの。作品を銀座あたりに持ち込んで営業してみたら」と叱咤する。絵描きにとってこれほど辛い言葉はない。なぜなら営業が通用する世界ではないからだ。母はそのことをとてもよく理解していたので、私がどんなに貧しくても明るく振舞っていた。そんな母だったので、私は絵描きになれたと思っている。


気丈な母の本当の気持ちを初めて知ったのは、母が終末期に入った頃のことだ。
私は家賃も払えなくなり露頭に迷うかもしれないと覚悟していた。
そして、一度だけただ一言「家賃を滞納して公団から退去を求められた」とブログに書いた。すると数日後、昔、仕事などで関わっていたYさんが車で飛んで来た。

「生活は何とかするから、絵を預けられるだけ自分に預けてほしい」
彼はそう言って30万ほどの現金を置き、作品20数点を車に積んで持って行った。
Yさんが帰った後、お金が入ったと母に伝えると、母はベットで声を出して泣いた。
母が泣くのを見るのは初めてだった。
その頃、散歩に連れ出すと食品売り場で「ウニが食べたい」とか「コノワタが食べたい」とかノーテンキで贅沢なことばかり言って困らせていた。しかし、母の涙で母が私の窮状を全て分かっていたと知った。

それからの日々は思い出すと嘘みたいだ。
毎日、Yさんが絵を持ち込んだ先から、絵の代金を振り込むとメールが入った。
そして10日ほどの間に、2年間は生活できるほどのお金が入った。
母はそれから3ケ月後に、在宅で私一人に看取られて死んだ。

Yさんも数年後に死んだ。
新聞で彼の訃報を知り、山の手にあったホテルでのお別れ会に行くと、奥さんだけが会場の隅で一人泣いていた。出席者たちは名刺交換や記念写真撮りに忙しかった。私はいたたまれなくなって早々に会場を出た。

誰の死でも等しく寂しい。
毎日のように死者たちを思い出し、時には独り言のように死者たちと会話している。
明日12日は満月である。
昨夜、荒川土手に出ると寒風が刺すように吹き付け、月光が荒川河川敷を冴え冴えと照らしていた。そのような夜景を眺めると、決まって子供の頃に母と歩いた月夜の田舎道を思い出す。歩きながら「月が綺麗だね」と呟くと「本当に綺麗ね」と母は心の中で応えた。

この地に引っ越して来てから、昔の人が月を愛でた気持ちが理解できるようになった。そのことを都会育ちの友人に話すと、奥秩父の別荘で、自分も月の美しさを知ったと話していた。


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満月前夜。
東京北医療センター下。


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p-126「月の光」 
野ウサギの足音はとても大きい。
昔、福島の山中で野営していると、ドスンドスンと足音がして、
熊だと思って飛び起きたら野ウサギだった。実際の熊は足音がしない。


最近、体のあちこちが痛む。
右目の眼圧も高い。
このまま下がらなければ、より強い点眼薬に変わる。
老いは否応無く進行して行く。
気がつけば、死は目の前に迫っているのだろう。
ただし、私は死のギリギリまで働かねばならず、ギブアップできないので、世間の同年齢よりいくらか元気かもしれない。


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東京北医療センター庭の梅にメジロ。
梅に鶯の図柄はこの誤解から生まれた。
鶯の羽毛は地味な褐色で、ウグイス色はメジロの羽毛の色だ。
鶯は虫を食べるので花には集まらない。
対してメジロは花の蜜が大好きで花に集まる。


韓国・釜山の公文書館に植えられていた日本原産の常緑針葉樹のカイヅカイブキ12本が、植民地時代における「われわれの魂への抑圧」の象徴だとして、敷地内から撤去された。それらは海軍施設に移植され、海風の防風樹にされる。

「われわれの魂を抑圧するため、日本人の植民地支配者らによって国内各地に植えられた木々を放置することは不適切であり、移し替えることに決めた」と釜山記録館の報道官は述べていた。

戦前の日本出自のものが全部ダメなら、韓国のインフラ、鉄道網、ダム、港湾施設、全て破壊すべきだ。教条的な反日姿勢にはにうんざりするが、それが韓国民の総意だとは思っていない。韓国人にもうんざりしている者は多くいる。しかし、本音を言えば袋叩きに会い、社会から葬られてしまう。

韓国には北が送り込んだ5万人の活動家が反日活動をしている。韓国の法曹界などのインテリの多くは北朝鮮系の団体から援助を受けて学業を成した。そのような彼らが反日を熱烈に支え今の混乱を招いている。
5月には新大統領が決まる。候補者たちを眺めると、誰が選ばれても朴政権以上の反日政府が生まれることは間違いない。
「そうなったら日本は困るだろうから、さっさと謝れ」
大統領候補者たちは口を揃えて的外れなことを言っているが、まともに取り合う日本人は左翼活動家たちだけだ。

それに関連した朝日新聞ニュース。
・・・韓国の憲法裁判所が朴槿恵大統領の罷免を宣告した。安全保障関連法への抗議活動を続けてきた学生団体SEALDs元メンバーで、韓国で大統領辞任を求める集会にも参加した玉川大4年の矢部真太さんは自宅でテレビの速報を見て罷免を知り、衝撃を受けた。
「韓国では国民が政治を動かした」
そう思うと、鳥肌が立った。
韓国で朴氏への批判が高まっていた昨年、矢部さんはソウル中心部で約150万人の抗議集会に参加した。
---主催者発表の膨らました数値で、実際は50万もいない。日本でもSEALDsや朝日などは同じように国会デモの頃、動員した数を何倍にも膨らまして垂れ流していた---
老若男女が集う会場を歩き回って感じたのは憧れと悔しさ。
「こんなに人が集まるなんて。隣の国なのに、なんでこんなに(日本と)差があるんだろう」・・・

SEALDsもそのシンパの朝日も、民主主義を理解していない。
彼らにとっては、北朝鮮が送り込んだ反日活動家が民意を操り反対意見を暴力的に圧殺するのが理想国家のようだ。明日にも北朝鮮の核ミサイルが暴発しそうなのに、朝日や野党たちが森友学園詐欺事件を上位案件にする政治感覚は恐ろしいほど偏向している。


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2017年3月 4日 (土)

昭和は遠くなり、北朝鮮・金王朝の命運も儚くなりそうだ。最近買った台所便利グッズ2種。17年3月4日

東京北医療センター下の桜並木にあったうどん屋がなくなり改装工事をしていた。
母が元気な頃、うどん屋の暖簾越しに、狭いカウンター席で焼酎やビールで酔って楽しげな老人たちが見えた。
70代後半の女主人同様に客も老人たちばかりだった。その内、老いた客の足は遠のき、店前で女主人が愛犬のホワイトテリアをねんねこでおぶって、子供のようにあやしているのを見かけた。
やがて、女主人も見かけなくなり、店の明かりは消えた。
昭和の頃は、そのような小さなうどん屋や蕎麦屋がどの町内にも一軒はあった。
インスタント食品が今ほどに無かった時代だ。
住人たちはお昼を作るのが面倒だと、気楽に出前を取っていた。
店が消えてしまうと、また昭和が遠くなったようで一抹の寂しさを覚える。


北朝鮮の金正男氏殺害事件でマレーシア警察に逮捕された北朝鮮国籍の男性が国外退去処分となった。彼は中継地の北京で気分が悪くなり、記者会見をやめた。空港へマレーシア警察に連行されていく映像では、彼の表情に苦悩が漂っていた。本来なら解放された安堵感に満ちていたはずだ。余計なことを喋ったのではと本国に勘ぐられ、悲惨な処罰を恐れているのかもしれない。

金正恩は儒教国家ではタブーである兄殺しを犯してしまった。これで大義名分を得た反対勢力はクーデターがやりやすくなった。北朝鮮には表に一切顔を出さない影の実力者がいる。金正恩が過酷な粛清を続けられたのは、裏で焚きつけていたその者がいたからと噂されている。その者の背後には中国がいるだろう。この手の暗殺はしばらく息を潜めた後、突然に決行される。世間が金正男氏殺害事件を忘れ始めた頃が危ないかもしれない。米国韓国も金正恩暗殺を計画しているが、実行力は中国の方がはるかに上だ。

その頃は韓国に親北反日大統領が誕生しているだろう。その時、中国による北朝鮮支配が実現していればれば、米国の対北朝鮮ミサイル防衛・THAAD配備計画は反故にされ、韓国は中国の影響下に入る。その時、済州島には大規模な中国軍基地が作られ、日本は対馬海峡で中国と対峙することになる。

日本は中国なしではやっていけないと思う経営者が多い。
しかし、日本の対中依存度は2・8%と意外に少ない。対して韓国は10%を超え国家存続の命運を握られている。ちなみにドイツは2・6%。米国は0・7%。英国は0・9%。もし、深刻な日中対立が起きても経済的打撃は小さい。


先日、社会学者で東大教授の上野千鶴子氏の発言をめぐってネットが炎上した。と言っても保守系からの攻撃ではない。意外にも上野氏を支持しているリベラル系からの攻撃だった。

上野氏は中日新聞とのインタビューで、人口が減少し衰退していく日本社会では「みんな平等に緩やかに貧しくなっていけばいい」と発言した。
それによると、人口減少を食い止めることは不可能で、人口を増やすには移民を受け入れるしかない。しかし、日本が移民政策を実行するのは無理と主張し、このまま貧しさを受け入れるしかないと結論付けた。

「移民は無理」発言にはリベラル系から、「貧しくなればよい」発言には、豊かさを経験していない若者層から強く反発された。
もし、移民を開放したら試算では一瞬で日本人口の7割は中国人に置き換わり、中国は戦わずして日本を支配できる。移民に制限を設けても、不法移民が一千万単位で増えると予測されている。

上野氏とは10年ほど前、大ヒット本「お一人さまの老後」を通じてほんの少し絡んだことがある。その時、彼女のリベラルな考え方を学んだ。結局、私は彼女の考え方が受け入れ難く、仕事は自然消滅した。

しかし、今回の彼女の発言には共感できる。豊かさを金科玉条として崇める考えは間違っている。物欲に駆り立てるだけの現代の豊かさは人を不幸にする。断捨離に象徴されるように、緩やかな貧しさを受け入れる姿勢にこそ幸せはある。


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先日、不思議な夢を見た。
新しい睡眠薬べルソムラを試した夜だ。すぐに寝入ったが寝心地は不良で夢ばかり見ていた。と言っても悪夢ではない。いつものように鮮やかな総天然色の夢だ。場所はベトナムあたりの運河沿いのギラギラした一本道。しばらく行くと 緑に囲まれた道教寺院があった。境内に入ると傍にレストラン。なぜか注文をしていないのにテーブルにはステーキが用意されていた。

その時突然、 ポケットから 大量の札束が 落ちた。 拾って上着やズボンのポケットに入れるが溢れて拾いきれない。そんな姿を隣のテーブルのカップルが羨ましそうに見ていた。これが良い夢なのか悪い夢なのかよく分からない。ユングやフロイト流に解釈すれば、運河は女性か母親の象徴で、大金を落としたり拾ったりと浮き沈みがあっても、傍から見守られている安堵感が深層にあるのだろう。

翌日の散歩中に1円玉を拾った。一円でも良いことに違いはない。
昔は百円玉がよく落ちていたが、最近落ちているのは10円でも5円でもなくて1円玉ばかりだ。


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英国企業がパテントを持つ日本メーカーの蓋開け。
アクリル絵の具用のメディウムの頑強に固着した蓋開けにはいつも苦労するが、これを使うと簡単に開く。
値段は750円ほどでとても安い。女性やお年寄りは2個買って、本体にもセットすると更に開けやすい。私は本体に滑り止めのゴムを巻いて蓋開けをした。


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固着した絵の具チューブの蓋開けも簡単だ。
今までは専用のペンチを使って開けていたが、キャップが傷つくのが難点だった。


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蓋だけでなく、固く締まったパイプ類を緩める時にも使える。
写真は母の遺品のステッキ。


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ペットボトルの空気抜きポンプ。
値段は350円ほどだった。


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軽く取っ手を引くだけで空気が抜け、ひしゃげて小さくなり捨てやすい。
子供にやらせたら大喜びしそうだ。


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いたるところ沈丁花が香る。
春にいよいよ突入した。


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Goof

Mas

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