母の腰痛入院。老カップルと柿の実 2002年11月4日
腰痛で板橋の老人病院に入院中の母にマジックハンドを届けた。
それは8年前、母が同病院に入院した時に買ったものだ。スウェーデン製のFRPシャフトで、1円玉から湯飲みまで掴める。以前握り手を壊したが、エポキシ樹脂で修理したので、まだ暫くは使えそうだ。
近所の幼稚園生とエレベーターで一緒になった。
私はこっそりコートの袖からマジックハンドを義手みたいに出してガチャガチャさせながらエレベーターのボタンを押した。
幼い彼は目を丸くして私を見た。
「触っても良い」
彼が聞くので、偽義手で握手をすると更にビックリしていた。?「どうして手が無いの」
彼は子供らしく聞いた。
「本物の手は故障したので、病院に修理に出してあるんだ」
答えると彼はもっと何か聞きたそうな顔をした。
私は先を急ぐので「頑張れよ」と言って、急いでエレベーターを出た。
寒い曇り空だった。
脇道に顔見知りのタクシー運転手が車を止め、退屈そうに立っていた。
話しかけると売り上げが伸びないとぼやいていた。
少し立ち話をして駅へ急ぎながら、病院まで車に乗ってあげれば良かった、と後悔した。
病室の母の腰痛は少しも改善していなかった。
病院を訪ねたのは母の病状について担当医から話があるので呼ばれたからだ。
待っていると、フィリッピンからの研修生の看護師が呼びにきた。「今日は先生は忙しいからここへは来ないよ。でも、貴方、診察室まで行くなら会うそうよ。それとも明日もう一度来るか」
彼女は南国の女性らしく明るく話した。
診察室へ出向くと、背中の痛みの原因は特定できないが、時間がたてば治るはずだから間もなく退院だと医師は告げた。
母の夕食前に病院を出て、東武線大山駅へ向かった。
私の前を、同じ病院帰りの老カップルが歩いていた。二人は立ち止まり、民家庭の熟した柿を見上げた。
男は80代半ば、深紅のソフトにグレーのタートルネックとお洒落だ。
女は60代半ば、ロングヘアーに派手に着飾った若作りだった。
「美味しそうな柿。取ってくれる」
女は老人に甘えた。
「木に登ったら落ちて死んじゃうよ」
老人は困惑していた。
「死んでも良いから取って」
女は無茶なことを言っていたが「冗談よ」と笑った。
二人の会話を聞きながら、昔、暮らしていた女を思いだした。
歳の差も似ている。あのまま別れずにいたら、こうなっていたのかもしれないと、背中のあたりが寒くなった。
老カップルと同じ電車に乗った。
私の前の座席で、二人は睦まじく腕を組んでいた。
11月12日
母の腰痛は全く改善しないまま退院させられた。
医師に書いてもらった診断書が気になって、封を開けて読んでみた。
全治して通常の生活には何の支障もない、とあった。しかし母は激痛で歩くこともベットから自力で起き上がることも出来ないでいた。いい加減な診断書に怒りが込み上げた。
退院してから新しい病院を探した。
最近近所に開院した整形外科がペインクリニックをやっていると近所の人に聞いたので、すぐに連れて行くことにした。連れて行くには車椅子が必要なので介護保険を使ってを急遽手配した。
母が退院させられた病院は、以前はスタッフの士気は高く食事も美味しい理想的な病院だった。その頃、母を入院させると病院から後光がさして見えたほどだ。それから3年を経たずして、無理な合理化の為に劣悪な病院に変わってしまった。
今回の入院中、同室に便秘で緩下剤を頼んでいる患者がいた。
彼女は何度も看護婦に伝えるのだが、引き継ぎをしないで、毎日、担当看護婦が代わるので、3日経っても緩下剤を貰えずにいた。
母は1週間の入院中、一度も体を拭いて貰えなかった。
一度、夜に病室を訪ねた時、緊急入院で重症の認知症女性患者が同室に入った。
彼女は「痛い、痛い」と間断なく呻いていて、同室の患者たちは眠れそうになかった。何とか善処して欲しくて、私は看護婦を呼びに行った、しかし、その階のナースステーションから看護婦が一人残らず消えていた。
仕方なく、病院近くの薬局で耳栓を買ってきて同室の皆へ配った。
スタッフの消えた病棟の光景が、不気味な近未来風景のように記憶に残った。
11月14日
近所に開業したペインクリニックをしてくれる整形外科へ母を車椅子で連れて行った。
40歳ほどの医師に診察を受けると、母の腰椎は5個潰れていた。
「この状態では、激痛だったでしょう」
医師は優しく母に声をかけた。
母はその診療所最初のペインクリニック患者になった。
ペインクリニックとは、痛みを感じる神経のポイントに軽い麻酔薬を注射する療法。副作用は殆どない。麻酔は一時的で、患部周辺が緊張から解放されて、血行が良くなり痛みは軽減する。療法が良く適合した場合は、一ヶ月一度の治療で痛みから解放される。痛みはあって当然と、患者の苦痛を取ることに不熱心な医師が多い現状では、施してくれる診療所は少ない。この治療は総ての痛みの症状に適応し、ガン末期の激痛にも効果がある。通常ガンの痛みにはモルヒネが使われるが、頑固な便秘等の副作用がある。この治療は麻酔科を標榜している整形外科ならやってくれる。今のところ医師の技術に優劣があり、まったく効かないと思い込んでいる患者は多い。
?母の場合、治療はすぐに効果が出て診察台から自力で起き上がり少し歩けるまでに回復した。
2日後に再度治療を受けるので、更なる回復が期待できそうだ。
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