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2006年9月23日 (土)

唐傘の香りとこうもり傘の落下傘。  2003年4月1日

雨の中、母を散歩させる。フードに当たる雨音が唐傘の雨音に似ている。子供の頃は傘は唐傘ばかりだった。そう言えば傘張り浪人と言う言葉があった。竹の骨に和紙を張る浪人の内職である。張り終わった傘は問屋に納品されて桐油が塗られた。桐油は乾性油で酸化すると硬化する。今でもペンキの材料である。
油絵の草創期、手に入りにくいリンシードオイルやポピーオイルの代用にしたと聞く。余談だが、昔の画学生は幻覚作用があるからとポピーオイルで天ぷらを作って食べた。しかし、材料がケシだからといって幻覚作用は起きない。

唐傘は油紙の透過光が明るくて気持ちが良かった。下ろしたてを開く時のバリバリという油紙が開く音や桐油の香りが懐かしい。しかし、使った後は干さないとカビが生え、留め糸が切れてバラバラになった。

唐傘は子供達の格好の玩具でもあった。学校帰り、雨が上がると車輪のように地面を転がしたり、増水した小川の流れで水車のように回して遊んだ。しかし、こうもり傘と比べると風に弱く、強風の時はつぼめて唐傘お化けのようにして使った。

小学校の2,3年生になつた頃には、急速にこうもり傘が普及して、唐傘は消えてしまった。
こうもり傘は丈夫であったが、車輪にも水車にもならずつまらない玩具だった。ただ、落下傘代わりに、ビルから飛び降りるシーンが漫画によく出て来た。子供たちは、本当に落下傘代わりになると信じていて、私も小さな崖から傘を広げて飛び降りたことがある。しかし、期待通りにはいかず、一瞬で着地してがっかりした。

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