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2006年9月29日 (金)

続々、がん宣告。 2003年6月13日深夜

先日、絵の撮影の為に500万画素のデジカメを買った。35秒の動画が撮れるので、自然公園で母が歩く姿を姉兄や姪達に見せようと撮った。
それは母の病気を予感していたからではない。しかし結果的に、それが母の元気な最後の姿になるのではと考えてしまった。このような想像はとても辛い。

人は二度死ぬと思っている。その人の人格が病気や事故で失われた時と、本当の最期の時である。
祖母が死ぬ前、肝機能がやられ激しい意識の混濁が起きた。それは私の知っている祖母の姿ではなく、もう二度と元気な祖母と話すことが出来ないかと思うとひどく悲しかった。そして一月後に祖母は死んだ。本当の臨終の悲しみは、祖母と会話出来なくなった時より、ほんの少し乾いているように感じた。

そうなると決まったことではないが、ガン治療後の機能障害、90歳の年齢、更に内蔵ガンの治療。それらを考慮すると、母が元気に自然公園を歩く姿はもうないのかもしれない。

つくづく人は素直に死ねない動物のようだ。野性の動物のように、枯れ木が倒れるように死ねたら素晴らしい。だが母は周囲に悲しみや混乱をまき散らして死ぬのだろう。当の母はガンと知っていながら、殆ど悩んでいない。
次の16日月曜日、総ての検査結果が出そろう。

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