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2006年9月24日 (日)

雨の日の怪談    2003年5月16日

雨の今日も、車椅子の母に雨具を着せて出かけた。
雨の中、広場にさしかかると、顔馴染みのお婆さんが桜の下のベンチに座っているのが見えた。
近づくとお婆さんは全身びしょ濡れで、ほつれた白髪から水滴が伝い落ちている。
「そんなに雨に濡れて、息子にすぐに傘を用意させますから」
母は私にリュックから予備の傘を出すようにせかせた。
しかし、おばあさんは濡れるのを気にしていない。
「雨に濡れるのが気持ち良くって。」
と、笑顔でベンチに腰かけている。
「ダメダメ、肺炎にでもなったら大変よ。」
母は早く傘をと更にせかしたが、私は濡れた指が滑ってリュックのチャックが開かずもたついた。
「心配なさらなくても大丈夫よ。ほら、あちらへ連れ合いが迎えに来ているから。」
お婆さんは綺麗な下町言葉で私を制止した。
彼女が指さす木陰を見ると、着物の老人が和傘をさして立っているのが見えた。
老人はゆっくり近づいて来て、深々と私達に挨拶した。
「こちらが、ご主人。」
母が聞くと、お婆さんは嬉しそうに頷いた。
老人は黙ってお婆さんに傘をさしかけ、二人は雨に濡れた遊歩道を仲睦まじく去って行った。

再び車椅子を押していると、母が言った。
「あの方の連れ合いは、確か10年前に死んだと聞いていたけど、元気だったのね。」
私も、お婆さんから「一人暮らしで、とても寂しい。」と聞いた記憶がある。
しかし、聞き間違いだったのかもしれない。
そう納得して、私たちはその話題を止めにした。

後日、
その日を境にお婆さんと会う事はなかったが、元々体が悪いと聞いていたので、入院でもしていると思っていた。すぐに夏が来て過ぎ去り初秋に入った頃、そのお婆さんが5月に亡くなっていたと聞いた。「もしかすると、あの雨の日には、すでに亡くなっていて、あの老人はあの世から・・・」と、ふと思った。

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