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2006年9月30日 (土)

お富士さんと湯島天神での大祓    2003年6月30日

昨日は肝臓ガンの症状が出て、母は激しく下痢をしていた。
今日は下痢は止まったが体力は低下は否めない。それでも、自然公園に連れて行くと母は少し元気になった。明日は紹介された駒込病院の初診。体力の低下を避けて、母の歩く距離を短く切り上げた。

車椅子を管理棟へ押して行くと、顔馴染みのお婆さんに会った。お婆さんは、花イカダが実を付けていると教えてくれて、そこまで案内してくれた。実物を見るのは初めてである。葉の中央に濃紫の大豆程の実が付いている様はとても不思議で可愛いかった。母は、「私が退院するまで、元気でいてね。」と花イカダの葉をそっと撫でていた。

午後、上の姉と姪達が見舞いに来た。母を姉達に頼んで、私は母の快癒を願って、大祓に湯島天神へ出かけた。
今日は十條のお富士請の祭礼でもある。上京して最初に住んだのが十條で、それ以来お富士さんの参拝は欠かしたことはない。埼京線十條で下車して長い夜店通りを抜け、富士塚を登って祠を参拝した。夜店を見物していると、昔、近所に住んでいた子供に声をかけられた。と言っても今は孫を連れた若いおばあさんである。気分が晴れない毎日だったので、懐かしい出会いに気分が和んだ。
夜店では馴染みの射的屋が店を閉めていた。私はいつも百発百中で、玉の数だけ泥人形をせしめて店主のお爺さんに厭な顔をされた。泥人形は殆ど人にやったが、まだ家には数十個残っている。
お参りをすませ、東十条駅へ抜けた。駅前の藤棚では老人達が縁台将棋をしていた。この風景も昔と少しも変わらない。京浜東北線東十条から上野へ向かった。

上野公園から不忍池を抜けて湯島天神へ向かった。
途中、中の島の弁財天にお詣りした。賽銭箱の前に立つと傍らのガラス戸の中から若い坊主がこちらをじっと見ていた。あいにく、手持ちの小銭は5円玉が2枚きりである。私はさい銭が彼に見えないように、素早く賽銭箱に放り込んだ。弁天様は人間と違い、少ないと文句は言わないだろう。

湯島天神にはいつもより多く厄払いの人が集まっていた。茅の輪を8の字に3度回って神前に参列した。長い退屈なお祓いを受け、帰りにおみくじを引くと中吉であった。母の初診を明日に控えているので、何となく嬉しかった。

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