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2006年10月17日 (火)

手術は成功 2003年11月28日

母の肝臓は右肺を深く押し上げるように肋骨の中に食い込んでいた。しかもガンは上方にあり、大きく切らないと患部を目視できない。しかし、腹部中央にはヘルニア治療の大きなメッシュが組織と一体化していて、それにメスを入れると細菌感染を起こす。メッシュを避け脇腹を切って、過去11回の開腹手術による癒着を剥がし、遠い肝臓を引きずり出し、出来れば目視して切り取る。それが出来なければ手探りでラジオ波で焼き切る。どちらかの方法が試みられる。しかし90歳の母には何れも危険がある。肝臓ガン手術の記録は84歳。もし失敗すれば執刀医は非難を受ける。

手術の待合室には早朝にもかかわらず10組程の家族がいた。同時進行で行われる手術の大半は軽い手術である。私を含む重い患者の家族数組にはPHSが渡された。何か問題があった時、手術室から直接電話が入ることになっている。

2時間過ぎた頃、前列の家族に電話で手術に予定変更があったことが告げられた。家族達は10分程小声で相談して変更を了承した。漏れ聞こえる言葉から重いガン手術だと分かった。

駒込病院の承諾書は家族や本人と相談しながら詳細に手術方法が書き込まれる。その後、手術が始まっても異論があれば家族は拒否できる。幸いも開始から3時間が経過しても私に電話は無かった。
普通は看護婦さんが手術終了を告げに来るのだが、私達には副院長が手術着のままやって来て終了を告げた。
「なんとか、肝臓を目視出来るところまで引き出して、ラジオ波で完全に焼き殺すことができました。」
そして、母の肝機能は正常なのでメスによる切除がベストだったが、手探りでは止血ができず不可能だった。しかし、腫瘍はゴロリと一塊りに固まっていて、目視しながら器具を射し込みラジオ波で焼くことができた。と言ったことを告げられた。「これで、しばらくは再発しません。」と副院長はとても嬉しそうだった。
年齢を考えると、再発の前に寿命が尽きる。立ち会った私と姉は胸をなで下ろし深く感謝した。

手術室から運ばれて来た母は顔色も良く麻酔も覚めていてしっかりしていた。
「大成功だったよ。」と話しかけると嬉しそうな顔をした。80過ぎてから12回目の手術であるが、一番しっかりしているように見えた。酸素マスクで喋れない母は自分から手を伸ばし私と姉の手を力強く握った。--続く

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