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2006年10月18日 (水)

介護は男性に向いている。2003年12月22日

母の汚れ物の始末には医療用のゴム手袋を使っていた。これは本来、使い捨てにするものだが、もったいないので塩素水で洗って何度も使っていた。
その予備を買いに薬局へ行くと新しい製品を薦められた。100組で1300円の使い捨てゴム手袋である。昔から、薄いポリシートをエンボス加工して手の形にカットして張り合わせた使い捨て手袋があったが、それとは違う。外国の料理人が手にしている手術用タイプの品である。買って来て使ってみると手にフィットしてなかなか使い良い。キャベツが刻めるし、タマネギの皮も剥ける。母が倒れてから、洗濯、料理、掃除と洗剤や消毒液を使って日に何度も水仕事をするので手に湿疹ができていた。そのゴム手袋を使い始めると発疹はみるみる治ってしまった。

12月22日 (Mon)

母は驚くほど回復したが、惚けは少し残っている。肝臓ガンの手術の後、回復が思わしくなく気落ちして脳細胞がかなり死滅したのだろう。しかし、脳細胞の予備があるので、記憶思考回路の引継がうまくいけば回復は期待できる。

処方して貰ったセンナ系の緩下剤は1グラムでは多すぎて、昨日の朝は下痢になった。病的なものではないので後はすっきりしている。今夜から0.5グラムに変える。
日頃、母に乳酸飲料や医師処方の粉末乳酸菌を飲ませている。これは整腸の為だが、副次的に便の悪臭を押さえる働きがある。

介護で抵抗があったのは母の下の世話である。息子が母親の下の世話をする場合、互いにとても抵抗がある。しかし、現実に目前で母が下着を汚している時、悩んでいる余裕はない。最初に経験したのは2年前、母がインフルエンザに引き続き激烈な下痢に見舞われた時である。私は目前の対象を母親と考えないで、汚れた体や床を一気に清掃してしまった。一度経験してしまえば、その後は粗相を気にしなくなった。 

私の場合、独り身であることも好都合であった。もし妻がいれば、世話をお願いすることになり、申し訳なさで、私は大変なストレスを感じたと思う。他の介護経験者からも「独り身で良かったね。」と言われることがあるが、理由はそんなことだろう。
私見だが、時間の制約さえ無ければ介護は男に向いている。まず力があるので腰を痛めることが少ない。感情的ではなく仕事する感覚で合理的にやってしまう。老人医療の現場で男性看護師は意外に人気が高いのは、そのような男特有の合理性の所為かもしれない。

「いつもお世話かけて御免なさいね。」と姑が詫び「そんなこと心配しなくてもいいのよ、何でもしてあげますからね。」と嫁が優しく答える。これは嫁の機嫌の良い時の会話である。もし、疲れて気分が悪かったら修羅場に変わる。これは母娘でも同じである。
やや偏っているが、私の見て来た介護の現場はそのようなケースが多かった。しかし、優しい感情は女性特有の長所で、その辺りを男性介護者が巧く取り込めればよりより介護が実現すると思う。

私見だが、性別に関係なく、介護する姿勢が崇高すぎると挫折しやすい。むしろ、介護をすることで何かを得られる姿勢を持つと挫折は少ない。私の場合、介護体験を作品に昇華することで挫折を逃れている。
だが、仕事に結びつけられるのは特殊なケースで、一般的には、自分のやっていることを人に話すのが良い。公表すれば色々な反応があり、思いがけない安らぎを得ることができる。繰り返すが、崇高な義務感で完璧に介護をしようとすると、稀には悲劇的結末を招く事があるので気を付けて欲しい。

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