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2006年10月 2日 (月)

リンパ節郭清とセンチネルリンパ節生検   2003年7月21日

 20日日曜日、駒込病院へ母の手術同意書の署名へ行った。23日の母の婦人科の手術の時、鼠径リンパ節を郭清をするかどうか若い担当医に決断を求められた。明確なリンパ節転移はないが、顕微鏡レベルの転移の可能性は20パーセントである。しかし、それだけの情報では、私に決断はできない。そこで、同意書への署名は明日月曜日に延ばして貰った。

これは大変難しい判断である。90歳の老人と壮年ではリンパ節廓清の意味は大きく違う。廓清した後の不具合と、取らずにガンを転移させた不具合を冷静に比較判断しなければならない。
はっきり転移が認められているなら、リンパ節は郭清すべきだが、健康なリンパ節を予防的に取ってしまうのは避けたい。この判断を誤ると、母の余生は苦痛に満ちたものになる。母は腰痛を克服し、今は何とか少しだけ歩けるようになった。しかし、リンパ節を廓清すれば足に浮腫を起こし、その苦痛で歩けなくなる。加えて、浮腫予防の靴下着用、リンパ液還流の為のマッサージと次々と苦痛を伴う対応に迫られる。

帰宅するとすぐにインターネットで関連サイトを検索し続け、徹夜で600程のサイトに目を通した。その結果、私は母の命を80パーセントのリンパ節転移無しに賭けた。
郭清は止めることにしたが、その決断は大変な不安を残してしまった。

リンパ節転移は今の医学技術では正確な判断が難しい。そこで、転移の考えられる総てのリンパ節が取り除かれているが、それは乱暴すぎるとの意見も多い。この方法で転移を防いでも重い後遺症を残し、殊に老齢の患者では著しいQuality of Lifeの低下を招く。

参考--上記の欠点を補う方法として、転移の恐れのあるリンパ節だけ取り除くセンチネルリンパ節生検が考案された。現在、それは欧米で主流になりつつある。
センチネルリンパ節とは歩哨,見張りリンパ節の意味。
癌腫瘍から遊離した癌細胞が到達するリンパ節を特定して、転移の可能性の高いリンパ節だけ取り除く郭清術である。

その適応が多い乳ガンで説明すると、インジゴカルミンなどの色素、あるいは放射線同位元素を腫瘍周囲の皮下2,3箇所投与し、数分間マッサージを行う。10分後、腋窩部に小切開を加え、脂肪組織内に青染されたリンパ管またはリンパ節を特定し廓清する。

合理的な方法ではあるが、他の部位のガンではまだ正確さの判断は難しい。それはリンパ液の経路の相違によるものだろう。しかし、いずれにしても近い将来、リンパ節廓清は最小限に押さえられるようになる。
ただ、生きていれば良い、と言った考えは時代遅れになりつつある。苦痛を伴わず、元気でなければ、生きている意味が無い。

-----------3年後-----------

母が歩けるのは、鼠径リンパ節廓清をしなかったおかげだ。2006年6月8日

昨日、自然公園での歩行を母は自発的に以前の長さに戻したが、今日は再び短くなった。昨日、母はかなり疲れたようだ。93歳の母は現状を維持していれば最良で、回復など望んでいない。今のように、少しだけ頑張ってくれればそれで良い。

母が歩けるのは、3年前の肝臓ガン手術に先立つ婦人科のガン手術のおり、鼠径リンパ節廓清をしなかったおかげだ。もし廓清していたら、下肢のリンパ液の還流が停滞して、象の足のようにむくんで歩行は難しかった。更に、浮腫み防止圧迫靴下の常用と、つま先から太ももへのマッサージも欠かせない。浮腫みを軽減させても、蚊などに刺されると毒素をせき止めるリンパ節が無いので、一気に全身へ毒素が散らばり重篤になる。そのような予後を考えると、高齢の母がリンパ節廓清をしていたら、寝たっきりになっていた可能性が大きい。
今も明確なリンパ節転移は無い。しかし、リンパ節廓清をしなかったことで母の命を縮めたのではと不安だった。

それについて、昨日の夕刊に興味深い記事があった。日本のがんセンターと米国の研究で、明確なリンパ節転移の見られないステージのがん患者に於いて、予防的リンパ節廓清したグループとしなかったグループの間に延命効果の差はない、と報じていた。

3年前、駒込病院での手術前、執刀医から鼠径リンパ節の切除を薦められた時のことを思い出す。母の場合、明らかなリンパ節転移は見られないが、20パーセントの確率で顕微鏡レベルの転移があるかもしれないと医師は言った。
私は手術承諾書にサインする前日まで、インターネットで予防的リンパ節廓清について、国内と国外、700以上の関連サイトを閲覧した。その中に、新聞記事と同様、予防的リンパ節廓清の効果はさほど認められないとの研究結果があった。
翌日、私は執刀医に予防的リンパ節廓清はしないように頼んで署名捺印した。執刀医は目の前で承諾書のリンパ節廓清の箇所を赤ボールペンで削除した。

駒込病院では、手術前に手術内容を詳細に記した承諾書を患者と取り交わす。それまで他病院で、数多く手術承諾書にサインしているが、総て、手術の結果に対していかなる不服も申し立てない、と患者側に不利なものばかりだった。比べると、駒込病院の制度は患者の意見も尊重する先進的なものだ。そのおかげて、母の予後は快適になった。

患者一人一人の状態は違う。母のケースが誰にでも当てはまる訳ではない。しかし、上記の事柄は医師とよく相談する価値はあると思っている。

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