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2006年10月22日 (日)

子供の頃、葬列は楽しい行事だった 2004年1月31日

散歩帰り、桐ヶ丘で霊柩車が通り過ぎた。最近、葬儀車を見かけないので、車椅子の母と珍しげに見送った。少し行くと、団地の集会所で葬儀屋が忙しそうに立ち働いている。団地住人のお婆さんが亡くなったようだ。通り過ぎる時、母は手を合わせていた。

私が育った漁師町では死者は座ったままお棺に入れる座棺で、埋葬は土葬だった。
葬儀屋はいないので、船大工が手早く棺桶と棺桶を乗せる輿を作った。通夜は近所の者が総出で準備をし、料理や酒もみんなが持ち寄った。通夜は神妙に始まるが、すぐにぎやかな宴会になった。

子ども達には葬式は楽しい行事だった。
葬列はシンバルみたいなものを持った僧侶に従って進む。シンバルを子供たちはジャンと呼んでいたように記憶している。僧侶は町の角々で止まり、ジャンを鳴らし、葬列の先頭が枡から色紙の紙吹雪を撒いた。子ども達の楽しみは、紙吹雪に混ぜられた小銭である。色テープが貼り付けられた10円玉や5円玉がシュルシュルときらめきながら飛んで行くと、子ども達は喜々として追いかけた。

ジャンの音とキラキラ舞う色紙の紙吹雪。遺族と縁者たちが羽織る白い経帷子。葬列が海辺の強い日射しのなかを行く光景が、私の葬式の記憶である。

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