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2006年10月26日 (木)

携帯紛失と仕事が決まる     2004年3月7日

やっと仕事が決まった。内容はアメリカの男性バレー団のポスターの原画である。
仕事の資料として預かったバレーのDVD画像をパソコンに取り込むため、必要な周辺機器を池袋へ買いに行った。
資料のDVDはブロックがかかっていないので、再生機とマックを繋ぐと、簡単に画像を取り込むことができた。しかし、映画等のDVDはブロックがかかっているのでそうはいかない。その時は静止画をデジカメで撮って取り込む。ピントを手動に変えて撮ると意外に綺麗に写る。

3月8日
自然公園の池に薄氷が張っていた。気象庁のある千代田区よりこの辺りは3度は低い。管理事務所の人の話では、今朝は大霜で公園は雪が降ったように白かったそうだ。
私が育った日南市大堂津は朝の冷え込みが大きく、海の湿気が凍って毎朝大霜が降っていた。氷の結晶に覆われた草の葉は美しい。長く霜を見ていないので是非見てみたかった。

昨夜は携帯が見つからず、深夜まで大騒ぎして探していた。
いつもなら電話をかけて呼び出し音ですぐに見つけることができる。しかし「圏外にあるか、電源が切られていています。」と通じない。てっきり外で落としたと思い、深夜、docomoの紛失係りに電話を入れて使用停止にしてもらった。その後、もう一度落ち着いて探すと皮肉にもすぐに見つかった。見つけたのは住まいの真ん中で、電波の死角だったようだ。

画面を見ると、局の使用停止手続きは完了していてアンテナのピンは一つも立っていない。すぐに紛失係りに電話を入れて使用再開の手続きをした。するとすぐにアンテナのピンがすぐに立った。当たり前のことだが、この素早さには感動した。

今日からバレー団のポスターの仕事に取りかかる。
最近の仕事は総てホームページを通じてのものだ。57歳からパソコンを覚えすぐにHPを立ち上げた。その頃はヤフーの審査も楽で、検索登録がされている。しかし今は、殆ど不可能と聞いている。

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