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2006年10月16日 (月)

手術前日の不安    2003年11月27日

明日は5時に起きて母の手術の立ち会いに行く。治療方法は開腹してから決めるという。何とも不安な先行きである。執刀医師は駒込病院副院長で大変有能な医師だが、術後のリスクは捨てきれない。

内心、最悪の事態を覚悟している。そのまま母が逝けば、私はたった一人の家族を無くし孤独になる。昔、父や祖母死んだ時は、まだ母が残っていたが、今回は後が無い。

肉親の死は、子供の頃の予防注射の順番待ちに似ている。一人減り二人減り自分の順番が近づくのは本当に厭な気分だった。注射が終わった子供は意気揚々と順番待ちの子供の前で、痛かったとか平気だったとか自慢げに喋っていたが、それと違うのは、死を通過して意気揚々と自慢する者はいないことだ。

養老猛氏は自分の死体は存在しないと話していた。ネイティブアメリカンは現世と同じように死者の国を信じていた。死者の国を信じたいが、それほどにシンプルに考えることは私には難しい。せいぜい、風に流れる雲を見上げながら、母のことを思い出すくらいである。

人が一番恐れるのは、死ではなく孤独のようだ。私の知人の身内に自殺した者がいる。彼は社会的地位は高く、美しい妻と優秀な子供達がいたのに、突然自殺した。理由は孤独感だと知人が話していた。孤独の意味は広く深いようだ。

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