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2006年10月18日 (水)

寝ている母は、本当に死んでいるように見えた。   2003年12月17日

駒込病院ではCTスキャンを撮ってもらった後、執刀した副院長に会った。しかし診察はなく雑談で終わった。その様子から母には問題は無いようだ。夕方帰宅して、もう病人ではないのだから、明日からの散歩はきちんと歩かせる、と少し厳しく言うと母は納得していた。

母のような気の強い老人は時には厳しく接しないとガラガラと崩れ落ちる。現状を維持しようと頑張ることが楽な生き方であることは母も十分理解している。次は1月早々にCTスキャンの結果を聞きに行く。次に何が起きようと、もう何も積極的な治療はしないと、気丈な母は宣言した。私は今回の手術で母の限界を知った。

1日連れ回したので母は早々と寝入った。様子を見に行くと、寝息を感じない。暫く様子をうかがうと少し胸元が動いた。死んだように寝ていると言うがそれとは違う。まさしく、寝ている時は死んでいるのである。

母が椅子で居眠りしている時は、ずり落ちないように声をかけることにしている。一度目は小さく声をかけるが、大抵目覚めない。本当に死んでいるのかと思い、次は2,3度大きな声をかける。すると「目をつぶっていただけだよ」と言い訳をしながら目覚める。言い訳をする内はまだ良い。何も言い訳をしなくなったら更に弱った時だ。

高齢の老人にとって死は眠りの延長のようなものだ。だから、死への恐怖心は小さい。自分の死を語る時もどこか他人事のように話す。これは長寿の老人が享受出来る特権のようなものだ。だから母も眠るように逝くのではと思っている。

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