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2006年10月17日 (火)

病院、人生縮図    2003年12月3日

午後遅く駒込病院へ行った。母の手術は成功したが、体調の回復は遅れていた。腹部中央ではなくメッシュを避けて脇腹から切開した為、かなり痛むようだ。手術翌日から続いているお粥は一口飲み込むのも苦しく、常に吐き気があるようだ。
食事は回復にとって大切な要素なのに、病院は無関心に思える。栄養安全重視で美味しさは二の次である。仕方がないので、漢方胃腸薬を買ってきてこっそり飲ませた。馬鹿馬鹿しいことに、それで吐き気は治まってしまった。
家庭医なら細かく対応してくれる。たとえば、栄養ドリンクを出して、体力回復を計る。医療、看護共に大変優れている病院だけに画竜点睛を欠いて残念である。

母は術後すぐに歩かされた。トイレへは看護婦が付き添ってくれるので安心である。
私も車椅子で庭へ連れ出した。病院庭のイチョウは夕日を浴びて金色に輝いていた。母は外の空気は気持ちがいいと喜んでいた。自然がもたらす治癒力を信じたい。

夕暮れ、帰路についた。エレベーターで、中年女性と内科医らしき人と乗り合わせた
「明日が手術です。もし生きていたらまた診て下さいね。」女性は医師に話していた。
病院では辛い人生縮図が見える。
先日の寒い雨の夕暮れ、下りのエレベーターで、若く美しい女性と女の子の二人連れと乗り合わせた。8歳程のその女の子は涙を浮かべ必死に嗚咽をこらえていた。玄関を出て、タクシー乗り場で女の子は立ち止まり声を上げて泣きじゃくり始めた。女性は気分を逸らそうと、学校のことなど聞いていた。漏れ聞こえる会話から女の子が訪ねたのは母親のようだ。黙って女の子の肩に手をかけ、思う存分泣かせてあげればいいのにと思ったが、女性は子供に慣れていない様子だった。
8歳くらいで、それ程の悲しさを経験する子供も、子供を残して入院している母親も、辛いだろうと思った。夕暮れの中、泣きじゃくる声は私が正門を出るまで遠く聞こえた。

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