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2006年10月 1日 (日)

脱酸素剤と黒ゴマ    2003年7月15日

病院へ行くと、車椅子を歩行器代わりに歩くことが許可されたと、母は喜んでいた。私は毎日、母の歩行リハビリをさせるために通っていた。これからは休むことができる。

病室に新しい若い患者が加わって、母親らしき人が付き添っていた。
母を廊下で歩かせていると、「お母さんより、お見舞いの娘さんが老けていてお気の毒。」と、付き添いの母親を患者の娘だと母は言った。
「娘さんじゃなくて、どう見てもお母さんだよ。」と言ったが、母は頑として認めない。昔から、思い込むとゆずらない頑固なところがある。

昔、母が鱒寿司を買ってきた時、「添えてある黒ゴマをかけると美味いよ。」と袋を添えて食卓に出した。袋を見ると脱酸素剤、食べるなと印刷してある。指摘したが、母は頑として黒ゴマだと言いはった。すでに母は脱酸素剤を鱒寿司にかけて食べたようだ。それを美味いと言うのだから、相当に思い込みが強い。ちなみに脱酸素剤を食べた母だが、別段、腹痛も下痢もなかった。食品に同封される品なので、有毒なものは使われない。主成分は鉄でそれに僅かな酸化促進剤が入っていると思われる。

30分程病院にいて辞した。母は車椅子を押してエレベーターまで見送りに来た。見送る母は昔は長身だったのに、今は背中が円くなってすっかり小さくなった。  
エレベーターのドアが閉まると、一緒に乗り込んだ他の見舞客が「お母さんですか」と聞いた。そうですと答えると「優しそうなお母さんですね」と言った。頑固で気が強いが、他人から見ると優しく見えるのかもしれない。

毎土曜、ERⅦ緊急救急室を見ている。先週は重い病いを押して仕事をしようとする祭司とそれを阻止する医師の対立を描いていた。「無理をしていると死んでしまいますよ」との医師に対して、司祭は「神の御心のままに」と答えた。今の私には深い言葉である。

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