« 甥の命日に寛永寺墓地へ  2003年7月19日 | トップページ | C型肝炎ウイルスが消失    2003年7月23日 »

2006年10月 2日 (月)

手術承諾書と手術計画書    2003年7日22日

母の手術承諾書へのサインをしに駒込病院へ行った。
婦人科ガンの手術は明日である。リンパ節郭清は見送って欲しいと申し入れると担当医は手術後の転移を心配していた。触診での母の鼠径リンパ節への転移は可能性が低い。医師は20%確率の細胞レベルの転移を憂慮し、予防的廓清を薦めた。だが、90歳の母にその措置を施したら、生還しても足の浮腫のために歩けなくなり著しくQOLが低下する。更に、婦人科の手術を完璧にしても、後に深刻な肝臓ガン手術が控えている。それらを考慮すれば、今、完璧を狙っても意味はないのでは、と言うと、担当医は納得し、リンパ節廓清の箇所を赤ボールペンで消した。明日の手術は無事に終えると思っているが、後に控えている肝臓ガンは簡単ではない。これからストレスの溜まる毎日が続きそうだ。

駒込病院の手術承諾書は手術計画書と一体になっている。手術計画書には詳細に手術内容が記されていて、不服があれば、患者側は手術内容を拒否出来る。その控えも貰えるので、後で問題が起きた時に役に立つ。
母は他の病院で何度も手術をした。その都度、私が承諾書にサインしたが、内容は"いかなる手術結果も総て受け入れる"といった患者に不利な内容である。控えも貰った記憶はない。
もし、承諾書に手術計画書が付いていない場合は、医療過誤を防ぐ為にも要求すべきである。

病院帰りの京浜東北線の列車は東十条近くに長く臨時停車した。大宮と南浦和の間で人身事故があったようだ。この線は人身事故が多い。
私は今まで幾度も事故に遭遇した。昔、上野駅構内の事故現場に遭遇した時、線路脇に纏められた遺体には1メートル四方の白いシートが被せてあった。それと知ったのは、遺体の指先が僅かにのぞいていたからである。
東京では死は日常的で、死体は気付かない内に素早く処理される。線路上に死体があつても、乗客達の多くは知らずにその脇を過ぎて行く。
人身事故の放送は、母が病に伏しているだけに、気持ちが重くなった。
動き出すのを待ちながら、死者の冥福を祈った。

|

« 甥の命日に寛永寺墓地へ  2003年7月19日 | トップページ | C型肝炎ウイルスが消失    2003年7月23日 »