粗末な品が捨てられない 2003年8月30日
病院へ出る前に絵に手を入れ始めたら出かけるのが遅くなり、田端に着く頃には日が傾き始めていた。
母はようやく熱が下がり外へ出てみたいと言った。車椅子で駒込病院敷地を裏門近くまで行くと、木々が茂り蝉が鳴いていた。奥の夏草が生い茂っている中に看護学校がある。柵の隣りは天租神社境内で、深い木立の奥に本殿が見える。母には2ヶ月ぶりの外気で、呼吸が楽だと喜んでいた。夕日の中、無数の秋茜が飛んでいた。小さな自然であるが、私も母も気分が少し晴れた。
病院へ行かない日は少しづつ母の部屋を整理している。
台所に粗末なブリキ製の組立式物入れがある。私が絵描きに転向してすぐの貧乏な頃、母が買ってきた組み立て式の物入れである。母が組み立てようと苦労しているのを見かねて、私が組み立てた。粗末な品で、始めから掌で強く叩かないと扉が閉まらない。今は錆が浮いているが頑丈で、乱暴に扱っているのに壊れない。そんな無骨で汚い物入れが、母が乏しい懐から買ってきたと思うと捨てられない。
母の大切にしている品で祖母の粗末な着物がある。明治時代のもので、何度も仕立て直しを繰り返し、あちこちに当て布がしてある。祖母が死んだ後、母はこんな祖末なものを取って置いてと、しみじみ眺めていた。
祖母は無私の人で、贅沢とは無縁の人だった。祖母は困っている人を見過ごせず、借金をしてまで助けていた。母も私同様にそんな祖母の着古した着物が捨てられないのかもしれない。
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