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2006年10月21日 (土)

阪神大震災と、絵本の誕生と、白菊会会報   2004年1月13日

予報通り朝雨が降った。9時過ぎには雨が止んだので赤羽自然観察公園へ母の散歩に出かけた。冷たい大気が心地良い。

公園につくと、顔馴染みの老夫婦が待っていた。先日母は、自分の作文が乗った小冊子のコピーを渡していた。母が入っている献体の白菊会会報に寄稿したもで、車椅子になったおかげで、自然公園を訪ねることが出来て良かった、といった内容である。

老夫婦はコピーのお礼と言って、お菓子を母に渡していた。母はあんな拙文にと、大変喜んでいた。
ご主人は脳梗塞で足が不自由だが、頑張って今はかなり歩くことが出来る。家では歩く気力が湧かないが、この赤羽自然観察公園へ来ると意欲が湧くらしい。

午後は雲が切れて日が射してきた。再度、所用で外に出ると、暗い曇り空を背景に、夕日を受けた建物が美しく浮き立って見えた。
対岸の浮間へ橋を渡っていると、新河岸川の岸辺に布団が転がっていた。橋の下で、夏の頃までホームレスがトラネコと暮らしていた。不意に、彼とネコがどうなったのか気になった。

2004年1月17日

昨日16日は私の誕生日であった。知人二人から誕生祝いが届いていた。
今日は阪神大震災の日。あの日は「父は空母は大地」原画の納期で、私は朝までの原画に手を入れていた。
早朝、地震の第一報が入った。神戸で地震があり、倒壊したスーパーで4,5人の犠牲者が出たという報道だった。その後、報道は激しく変化し続け、あの惨状になった。

--左サイドバーにその絵本を紹介。
本の完成日はサリン事件で、本郷の出版社のある地下鉄本郷2丁目駅は、サリン処理のため水浸しであった。

あれから9年を経て、いまだ遺族は癒されていない。前日の1月16日に戻りたいと泣き崩れていた遺族がいたが、家族に加え、生まれ育った街まで喪失してしまった悲しみは想像に余りある。

母をデイサービスに預かって貰ったので、日中は自分の時間が出来た。
用事で出かけると、開院前の東京北社会保険病院入り口で、顔見知りの守衛さんに見学会をしているから見ていきませんかと誘われた。私は先を急いでいたので、内容だけ聞いて辞した。
病院の開院はまだだが、介護施設だけは先行開所している。社会保険庁最期の贅沢で作った豪華な施設だと思う。

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