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2006年10月25日 (水)

薄墨色の記憶    2004年2月27日

午後は母の定期往診。夕暮れ前、薬局で処方箋の薬を貰った。薬局は川向こうにある。薬局の帰り、浮間橋から夕日に照らされた倉庫が見えた。私は港町育ちなので、倉庫と水辺が組み合わされた風景が好きである。自然は好きだが、アーバンな風景も好きで、今の住まいを選ぶ大きな要因になった。

母は医師が驚くほど元気になった。しかし、医師に老人は元気な時こそ激変に気を付けて欲しいと釘を刺された。確かに、つい一月前まで母の死を覚悟していたのに、今はきれいに忘れている。喉元過ぎれば熱さ忘れる、のたとえ通りである。

医師の言葉が耳に残り、帰り道、母が逝った後のことを考えた。親を亡くした知人達は、折りにふれ肉親の死を語る。それが50年前のことでも昨日のことのように語る。多分、私も同じように母の死を語るかもしれない。
傍らの岸壁を、先程新河岸川を下って行ったタグボートの残した波が打ちつけていた。ふいに私は日傘をさした母に手を引かれ郷里日南の海辺の道を歩いている子どもの私を思い出した。母は30代後半、海辺に迫った山裾には軒の低い民家が並んでいて、石積み堤防には澄み切った小さな波がポチャンポチャンと音をたてていた。
母が逝った後、そのような記憶が洪水のように脳裏をフラッシュバックするのだろう。

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