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2006年10月28日 (土)

白い花は壮絶で美しい    2004年3月17日

緑道公園の辛夷は満開になった。その傍らには墓地がある。墓石の傍らに咲く辛夷の白い花は壮絶なくらい美しい。

白い花で思い出すのはムクゲである。郷里日南市大堂津の細田川土手に一本だけひっそりと咲いていた。
郷里では、ムクゲを葬式花と呼んでいた。葬列で子供たちが掲げる、手作りの紙の造花に似ていたので、そう呼んでいたのだろう。大堂津は大雑把で素朴な土地柄だ。大人たちに複雑な曰く因縁を考える感覚はない。しかし、子供たちは、花に触れたり摘んだりすると不吉なことが起きると信じていた。

細田川は幅200メートル程で、水は浅く澄み河口近くではアサリが豊富に捕れた。風光明媚なこの地方は、時折テレビで紹介される。以前、NHK「黒潮の少年たち」で、漁師を目指す大堂津の少年を取り上げていた。その時、少年の家族が細田川でバケツ一杯のアサリを捕り、大鍋で茹でて、皆で食べるシーンがあった。私は画面を見ながら、大粒で臭みのない美味いアサリを懐かしく思い出した。

その細田川の上流に、葦が生えて寂しい場所があった。その乾いた粘土質の土手にムクゲが生えていた。その白い花が満開の頃は、殊に寂しく恐ろしげで、私たちはそこまで遊びに行くことは滅多になかった。それでも、やもう得ず土手を通る時はムクゲの傍を目をつぶって駆け抜けていた。

ある初秋の頃、細田川の土手て遊んでいると、知らない復員兵に出会った。戦争が終わって7,8年。食料事情の悪かった時代だ。豊富な海産物を求め、この地方を徒歩で流浪する者が多く、私たちに流れ者は珍しくなかった。しかし、彼はムクゲの花を一輪、軍帽に飾っていたのが目を惹いた。
「葬式花じゃ。触ると死ぬど。」と、私たちは恐れおののいた。
しかし彼は「綺麗な花じゃないか。」と笑いながら去って行った。
彼はムーミンのスナフキンそっくりに、軍用のマントを羽織っていた。訛りのない言葉から、彼は都会から流れて来たのだろう。まだ戦争の傷跡が濃く残っていた時代の思い出である。

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