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2006年10月15日 (日)

肝臓の血管造影とCTスキャン    2003年10月29日

母が駒込病院へ入院して3日目。すっかり一人暮らしに慣れてしまった。
夏の入院中は母の散歩が無くなって、私はすっかり体調を壊してしまった。その反省があり、入院前と同じようにせっせと歩くことにしている。今日はいつもと違うコースを歩いた。距離も母の車椅子散歩より長く、15km歩いた。昔、長距離をしていたので、今も足は丈夫である。

肝臓の血管造影とCTスキャンの母の結果が出た。
1ヶ月で30ミリの腫瘍が38ミリになっている。しかし、周りへの浸潤が殆ど無いので、手術になる公算が大きい。
CTスキャンの後、母は点滴をしていた。肝臓へのカテーテル挿入は厳しい。血管が破損しないように体が器具で固定されて、何度も手術を経験している母でも苦しいと訴えていた。 

今日も暑い。明日から11月と言うのに真夏と同じ服装で歩いている。去年の写真日記を見ると秋めいて薄寒い風景なのに、温暖化のせいなのか。早く寒くなって欲しい。

11月3日 月曜
駒込病院のスタッフは優秀であるが、食事は最悪である。食中毒を避けたいのか、総てに熱を加え過ぎで、ケチャップ煮のエビはカラカラに乾き、煮魚は干物に近い。若者なら噛めるが、食欲の落ちた老人には苦痛である。母はおかずの殆どを残すので、私が病院へ栄養のある食べ物を運んでいる。治療には成功したが、栄養失調で衰弱とは冗談にもならない。そうなったら点滴で栄養剤を入れれば良い、と医師たちが安易に考えているとしたら、大間違いである。

秋が深まって、外出するとくしゃみが出る。鼻アレルギーで、排気ガス、人混み、花粉、それぞれに反応して鼻がグズグズしてくる。これさえなければ風邪はまったくひかない。細身にもかかわらず、寒さには強い。
生まれたのは戦時中の厳冬、日田市郊外の山中だったからかもしれない。九州でも日田地方は極寒の地である。雪は積もり、日中でも氷は溶けない。建設省の技官をしていた父はその山中で食糧増産のための灌漑工事を指揮していた。灌漑工事をするくらいだから水はない。母や姉兄達が深い谷へ下りて飲み水を天秤棒で担ぎ上げていた。しかし、氷結した道の上り下りは厳しい。それで、私の産湯は手っ取り早く家の周りの雪を溶かして作った。私が寒さに強いのは生まれた頃の環境によるものだ。

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