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2006年10月20日 (金)

続、JR田端駅と車内での車椅子への対応 2004年1月9日

田端駅にはエレベーターはない。その代わり、階段手摺り装着された車椅子専用のリフトがある。改札の駅員に頼むと係りの駅員を呼んでくれた。私はリフト利用は始めてで利用法は知らない。しかしやって来た中年駅員は面倒臭そうに使用方法を説明しない。推測して母を載せたが、営団南北線の駅員と比べると対応が悪い。

補助板を手にした駅員はホームに降り立っても案内する訳でもなく、何となく投げやりであった。南北線の駅員が車椅子専用車の入り口まで先に立って案内してくれ、てきぱきとやってくれるのと格段に違う。
その駅員は始めて口を開き「降車駅に連絡が必要か」と聞いた。
「ホームとの段差あると補助板がないと危険だ、できれば連絡して欲しい」と答えると
「前の車椅子の客は連絡はいらないと言っていたけどな」と不満げだった。

京浜線は通勤時間には間があるので程良く空いていてホッとする。しかし、赤羽駅で無事に降車できるか何となく不安である。母はそのようなことは知らず、久しぶりの京浜線の風景を単純に喜んでいた。

そんな母と私を近くの座席から70代のお婆さんがジロジロ見ていた。
車椅子を押していると何となく人目を感じることは多い。しかし、人目の大半は気の毒にとか、何か手伝いましょうかと言った好意的なものだ。しかし、中にはそのお婆さんのように、車内に車椅子を持ち込んでと非難するような視線を感じることがある。私は無視していたが、母の姿を上から下までジロジロ見られるのは不愉快なものだ。

赤羽駅のホームとの段差は15㎝ 隙間も15㎝程あった。私は段差に慣れているので後ろ向きに無事に降車できた。車椅子に慣れない人が前向きにこの段差を降車しようとすると、前のめりに母を放り出すことになり大変危険である。

ホームに下りると若い駅員が補助板を持って駆け寄ってきた。田端駅から連絡が入っていたが、降車車両の連絡がいいかげんで降車口が分からなかったようだ。
若い駅員は田端の中年駅員と違い、てきぱきと親切にエレベーターまで案内してくれた。このサービス精神の違いは古い国鉄入社の駅員と民営化後入社の駅員の意識の違いのようだ。

赤羽商店街でいつものように買い物をして緑道公園を通って帰宅した。母は周囲の出来事は何も知らず、ただ懐かしい風景を沢山見ることが出来て大満足であった。

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