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2006年11月 5日 (日)

変わることを恐れなければ、人生は素晴らしい。 2004年5月27日

散歩帰り、桜広場のベンチに老人が腰掛けていた。パナマ帽に糊のきいたワイシャツ。小綺麗にしているところが何となく父に似ている。日頃、父のことを思い出すことはまったくない。来週6月1日が父の命日で、それで思いだしたのかもしれない。

父は山っ気が強く、事業を起こしては失敗を続ける一生だった。祖母に我がままに育てられこらえ性が無かったのも、失敗の一因である。
父の死は79才。死の原因は最後の事業で保証人になった為に、闇金に返済を迫まれ、そのショックが大きかった。もし、強い性格であったら、建設省の技官として平穏な一生を終え、母は遺族年金で気楽に暮らしていたと思う。

報道特集で闇金の実態を放映していたが、映像のように闇金の取り立ては凄まじい。
私は父の代わり矢面に立たされ、死ぬより怖い目にあわされた。しかし、終始支払いを拒否して、びた一文払わず、最終的には母を公安警察へ相談に行かせた。担当者はいたく母に同情して、すぐに闇金組織へ電話を入れてくれた。すると、取り立てはピタリと収まった。
母も私も借金取りには慣れていたが、それでも父の死まで苦労の連続であった。だから父が死ぬと私たちは、寂しさも喪失感もなく、ただただ開放感を覚えた。

赤羽自然観察公園でいつも会っていたIさん夫妻を10日近く見ていない。帰宅してから電話をすると、ご主人が熱を出して寝込んでいた。今は回復して、来週から再会できるようだ。
老人達の話題は病気と死ぬことが多い。昨日は顔見知りの老人たちと母が、誰が一番先に死ぬかで盛り上がっていた。明るく笑いながら自分達の死を語る光景は健康的だ。戦後教育では死をきちんと語られていない。その結果、命が軽視されているのは残念なことだ。

母は食欲も回復し元気だ。しかし、この状態を維持することは無理で、やがて、良くも悪くも変化は訪れる。しかし、変わることを恐れなければ人生は素晴らしい。人生は変化があるから、ハラハラドキドキ楽しめるのである。

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