« オキーフとゴッホの孤高の違い。 2004年10月23日 | トップページ | 飾り職のYさん  2004年10月31日 »

2006年11月30日 (木)

青春とは不快で息苦しく暑苦しい。 2004年10月30日

深夜まで雑用が多い。おかげで、母の車椅子を押しながら居眠りしそうである。
「居眠り運転はしないでよ。」と母の声で我に帰る。

昨日29日は浜田氏の3人展へ、日進のクエンチへ行った。今回の3人展は初日は台風、次は新潟震災、人質事件。そして今日は、野外演奏会を予定していたのに朝から冷たい雨。まったく気の毒なことだ。

帰宅しても、寝不足で気分が鋭敏になっていて落ち着かない。
テレビを止めると対岸を走る車の音が聞こえる。何となく、昔の日記を開くと、寝不足のことが書かれていた。

・・・午前中、寝ないまま画材を買いに新宿へ出かける。新宿の雑踏が息苦しい。灰色の群れの中にいると、瑞々しい高原の大気を無性に吸いたくなる。
『どうして、この街にとどまっているのか。さっさと逃げ出せばいいのに』
頭の中で誰かがささやく。

公衆トイレに入ると外の雑踏が嘘のように静かだ。トイレの床に浮浪者が眠っていた。汚れた鏡を見ると暗い顔が写っている。とても蒸し暑く顔から汗が吹き出していた。生温い水道水で顔を洗った。

好きな子はいるが、彼女との将来を描こうとしない自分が厭になる。そのことが、いつも心の中に淀んでいて息苦しい。

世界堂で画材を買ってから顔馴染みの椿画廊に寄った。
大学の美術クラブのグループ展で、素朴に描くことを楽しんでいる。出品者達としばらく青臭いことを喋ったが、私自身のことは何も話さなかった。帰り道、悪酔いのように不快感が残った。

帰宅して少し眠ると蝶の夢を見た。
窓の外は密林で、暗い樹間を青い蝶が燐光を煌めかせて舞っていた。再び息苦しさに襲われて目覚めた。窓ガラスの外は黄昏れていた。毀れた蛇口から単調な水音が聞こえた。私はゆっくりと起き上がり夕食に出かけた。

駅のそばで古びた着物姿の青年が蝶の絵を売っていた。夢に出て来た蝶にそっくりなのが不思議だった。丹念に描かれた水彩画で、一枚三百円とある。声をかけると青年はびっくりした顔で私を見た。欲しくはなかったが一枚買った。青年は粗末な茶封筒に入れてよこした。絵の蝶の名を聞こうとしたが、青年が目をそらしたので聞くのをやめた。

後日、博物館でその青年に出会った。よれよれの同じ黒い着物で、独言を言いながら蝶の標本をスケッチしていた。私は自分の末路を見ているような気がして、その場から逃げた・・・

青春とは不快で息苦しく暑苦しいものだ。

|

« オキーフとゴッホの孤高の違い。 2004年10月23日 | トップページ | 飾り職のYさん  2004年10月31日 »