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2006年11月28日 (火)

作家の死と台風余波  2004年10月4日

寒い雨の中、キンモクセイが香っていた。赤羽はキンモクセイの古木が多い。突如として香るこの花ほど、季節の変化を感じさせる花はない。

先日、三面記事の片隅で、作家森村桂が病苦により自殺と報じていた。私より5歳下。平安時代の女官みたいな風貌や、少女趣味の言動には抵抗があったが、作家の自殺は気になる。
物書きは自殺が多い。旧知の物書きで、リストカットを繰り返すものがいる。その都度、担当編集者が右往左往させられて、ぼやきの電話が入る。まだ起きていないことを先回りして悩んだり、内省的だったりする物書きの性癖が災いするのだろう。その点、画家はしぶとく、殆ど自殺はしない。それは、意識を外に吐き出すことに熱心だからかもしれない

先日、隣家のネコのモモちゃんは網膜剥離で失明した。それでも外へ遊びに出て、通路の壁にぶつかりながら歩き回っている。私が名前を呼ぶと見えない目でこちらを見る。不便だろうが、悩んでいるようには見えない。もし、彼が人であったら、失明は自殺を考えるほどの大事で平常心ではいられない。
モモちゃんは2,3日で、すっかり見えないことに慣れ、器用に髭を使って壁を察知して歩き回っている。彼のように現実をストレートに受け入れられたら素晴らしいのだが、人には難しい。人は万物の長と思い込んでいるが、本当は最悪の動物かも知れない。

10月9日

台風余波が到着する前に散歩に出た。
緑道公園のキンモクセイの花弁が散って雨に濡れた地面がオレンジ色に染まっていた。赤羽自然観察公園の通路は至る所、側溝の雨水が溢れ、水量を増した小川の水音が心地よい。22号は強風域が狭く竜巻みたいな台風である。今、東京駅付近は強風らしいが、私のいる北区の風は弱い。予報では史上最強の台風と言っていたが、母も私も肩すかしを食ってしまった。

ニュースでは傘を壊される通行人が写っていた。何故か皆、ずぶ濡れになりながら楽しそうだ。しかし私は、川の水量が気になる。河川敷に設置している私の彫刻「雲おやじ」は水没すると破損の恐れがある。
先程、玄関から新河岸川の水量を見たが、河岸の緑地まで達していないかった。それで済むなら良いが、遅れて水量が増えることがあるので、安心はできない。

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