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2006年11月 3日 (金)

今日はのんびり、心配は明日すれば良い  2004年5月5日

5月の雨は新緑が洗い清められこの上なく美しい。
赤羽自然観察公園への散歩コースの殆どは旧軍施設跡の公園で自然林に恵まれている。車道はなく、通行人とも殆ど出会わない。意外だが東京都は全国一巨木が多い地域らしい。明治以来、水源保護の為に自然林を大切にしてきたからだ。
散歩中、驟雨が過ぎた。子どもの日なのに自然公園に人影がない。雨に濡れた熟した黄色いモミジイチゴを母と食べた。

去年の今頃は、診断ミスの為に母の肝臓ガンを手遅れにされてしまい、苦悩の日々だった。しかし、運良く母は回復した。母が元気になると、つい元気なことが当たり前に思えてくる。平穏は必ず打ち壊される。だからと言って先回りして心配することはない。この1年、辛い思いを繰り返す内に、問題は起きてから対処すれば良いと思うようになった。

とは言え、深夜、一人になると、母はガンが再発して死ぬのだろうなと考えてしまう。
そんな時は玄関を開け夜景を眺める。地上の音は上に伝わりやすく、昨夜は住まい下の遊歩道を歩くアベックの話し声が明瞭に聞こえた。川向こうの浮間地区を救急車が走って行き、その手前の都営団地を自転車の酔っぱらいが何かわめいていた。

夜景を眺めていても、気持ちが癒される訳ではない。ただ、目の前に広がっている無数の灯火を眺めていると、色々な人生を想像してしまう。その中には幸せな家庭もあれば、大変な家庭もある。
そうやって眺めている内に、何となく厭なことを納得してしまう。厭な事は忘れることは出来ないが、そっくりそのまま受け入れてしまうと納得できる。だから人は、風景を眺めるのが好きなのかもしれない。

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