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2006年11月16日 (木)

作家の借金  2004年7月25日

雨が欲しい。赤羽自然観察公園のタマアジサイのが開花を目前に枯れ始めた。タマアジサイの由来はつぼみが可愛い玉形をしているからだ。ヘクソカズラは炎天にも負けず可憐な薄紫の花を咲かせている。
母は暑さに負けず、いつものように炎天下を歩いてくれた。しかし、無理はさせない。体力を維持できるだけで上出来と思っている。

最近、母は下痢が始まった。原因は医師にも分からない。肝臓ガン手術前に、頑固に続いていた下痢は術後に収まった。今回の下痢は日に1回なので、気にする程ではない。

夜間、小用を漏らすと、母は尿取りパットを使っている。最初、少量用であったが、最近は大きいものに変わった。このままおむつに進行していくのは厭なので、頑張って、尿意があれば起きるように言った。しかし、母は大型の尿取りパットを着用して安眠出来る方が良いと言う。それも一理あるので、好きなようにさせた。

弱っていく母に加え、生活を維持するのは大変難しい。だが、絵描きの生活が苦しいのは当然のことで、十分な収入がある方が異常と言える。絵描きに転向してから、まもなく20年。最近、身を以て作家の貧乏生活の意味が分かってきた。

以前、知人の物書きが汚い手段で、クライアントの支払いを独り占めしたことがある。その仕事は絵と文の共同作業で、半分は私の取り分だったので無性に腹が立った。しかし、今は知人の気持ちがとても良く分かる。
作家の使命は佳い作品を残すことで、その手段に少々の行き過ぎや不道徳があっても仕方がない。今、賞賛されているモーツアルトやゴッホを始め、多くの芸術家たちは貧乏生活の中で名作を生み出して来た。彼等の多くが無理な借金を重ねたのは、恥の意識を上回る燃え上がるような制作意欲があったからだ。要は、その作品が借金を帳消しにする程に素晴らしいかどうかだ。

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