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2006年12月14日 (木)

少しずつ失って行く日々 2005年1月27日

今朝、母は神棚と仏壇の花の水を取り替える時、グラリと倒れた。
少し動いただけで、身の置き所がない程疲れるようだ。色々と厭な病気のことが頭を過ぎる。すぐに東京北社会保険病院の予約センターへ電話して、総合内科を9時30分に予約した。歩いて10分の距離に総合病院があると、こんな時に助かる。

総合内科は医師5名で診察していたが、40分近く待たされた。診察は、はきはきした感じの良い40代の医師である。経過、病歴を話したが問診だけでははっきりしないので、血液検査と頭のCTを取ることになった。

採血、CTスキャンの後、病院の庭を散歩したりして時間をつぶし、11時30分に再び内科外来に戻ると結果が出ていた。
医師はいきなり「立派な脳ですね。92歳にしては少しも萎縮がなく、脳梗塞の症状も他の危険要素もありません。血液にも異常値はありません。」と母を誉めた。私はホッとしたが、それで母の疲労感が治るわけではない。帰宅して、昼食を済ますと、夕暮れまで母はうとうと眠っていた。母は病気ではなく、これが老いなのかもしれない。うまく励ませば、明日から少しは快復するとは思うが、母の天寿は終りに近づいているようだ。

夕暮れ、郵便受けを見に行くと、九州の兄から母へ葉書が届いていた。兄の字を見ると、今日は血のつながりの暖かさを感じた。あまり役に立たない兄であるが、肉親は良いものだ。しかし、兄姉は先に逝ってしまう。若い頃は兄姉から色々援助してもらって、末っ子は楽だと喜んでいたが、年を取ると侘びしさが募る。

明日から神棚と仏壇の花の水は私が取り替えることにした。
そうやって、母の仕事は一つづつ消えていき、ただ寝ているだけになって、死を迎えるのだろう。辛いことだが、早く受け入れて慣れる他ない。

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