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2006年12月15日 (金)

老姉妹たちは子供に戻って会話していた。2005年1月30日

好天で風が強く、真っ白な富士が見えた。
赤羽自然観察公園に着くと、今日も母は気力をふりしぼって歩いた。無理はさせたくないが、それは回復するかどうかの賭けでもある。

帰り道、緑道公園脇の墓地に墓参の人が多かった。その中に60代から70半ばの喪服の4人姉妹が歩いていた。姉妹と分かったのは互いの会話である。長女は待たせていた黒塗りのマイクロバスにさっさと乗り込むと、下町言葉で叱った。
「みんなグズばかりなんだから。さっさとしなさい。お昼がおそくなっちまうじゃない。」
しかし、妹たちは姉の言葉に動ずる気配はなく、楽しそうに、お昼に何を食べようか相談している。彼女たちの会話を聞いていると、小さな子どもの頃の姿が彷彿として楽しい。どうやら、去年に老姉妹の高齢の親が亡くなって、その法事で訪ねたようだ。まるで、小津安二郎の映画の1シーンを見ているようだった。

桐ヶ丘団地の自然林の多くが植木屋にばっさり切られて寂しくなった。
広いところに何にも邪魔されずすっくと立っていた大ケヤキも、大型クレーンの作業車で、太い枝からばっさり切られてみすぼらしくなった。都はよほど予算の使い道がないのだろう。どう見てもあの大がかりな機材の使用料を考えると、1本の剪定で5,60万は費やしている。
美しい枝を広げていたミズキも、毎年たわわに実をつけていたザクロも、春になれば香りの良い花をつけていた桐の大木も、一本の棒のように丸裸にされてしまった。
木々の花芽を殆ど落とされて、今年の春は寂しい風景になりそうだ。多分、都の役人がその造園業者に天下りしているのだろう。

最近、良いことがないので、先日、赤羽駅ガード下のエスニックの店でビリケンの置物を4750円で買った。金色の陶製で、毎日、幸運を願いながらつま先を撫でている。まだ、良いことはないが、強いて言えば母が元気になったことかもしれない。

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