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2006年12月21日 (木)

人生は思い通りいかない。2005年2月21日

深夜まで仕事をしながら、時折、母の様子を見に行く。母は寝相が悪く肩や手を出して寝ているので布団を直す。気がつけば有り難う」と母は礼を言う。寝付けないでいる時は、明日の雑事等を少し話す。

母は寝付きが悪くて睡眠誘導剤を飲んでいる。それでも最近は寝付けず、医師に2錠の上限以上に処方をしてくれと無理を言う。
眠れないことは問題なので、色々考えたすえ分散して服用させることにした。まず1.5錠を飲ませ、それで眠れなかったら直ちに半錠追加、更に眠れなければ更に半錠飲むように指示した。すると、1.5錠だけで眠れるようになった。服用規定を無視して天井を取り外したことで、心理的に気楽になったようだ。しかし、医師にはこのような無茶な指示は出せない。

眠るにはエネルギーがいる。若い頃は疲労していると20時間でも眠ることができた。しかし今は絶対に無理で、寝入って6時間もすれば小用を催して目覚めてしまう。年取ると腎機能も衰え若い頃のようにはいかない。

母の様子を見に行くと呼吸が浅く死んでいるように見える。しばらく枕元で見守って、肩が少し動くと安心する。自分だけかと思っていたら、父親の介護をして最期に看取ったY氏も同じ事を話していた。
そのように少しづつ死をシュミレーションしながら慣れていき、やがて本物の死を受け入れるのだろう。

母は北朝鮮関係のニュースが大好きで欠かさず見ている。昨夕の報道に出ていた脱北した要人御用達の占い師が、2008年に金正日の命運が尽きると仲間内で囁かれている、と話していた。母はそれは当たるかもしれないと感心していた。しかし、その時は母は95歳で、多分、金正日の失脚を見ることはできない。

昨夜、母の寝息を確かめてから仕事に戻った時、ふいに郷里での昔の葬式を思い出した。
出棺の時、家族は故人が使っていたお茶碗を玄関で地面に叩き付けて割った。故人への思いを断ち切る意味があるのだろう。
それと似ているが、一昨年母が入院した時、私は母の身の回りの品の大半を処分した。不思議なもので、生還できないと覚悟していたら母は元気になった。逆に、まだ長生き出来ると思っていると、あっけなく死ぬのかもしれない。世の中、予測通りはいかないものだ。

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