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2006年12月17日 (日)

観客がいると頑張ることができる。2005年2月8日

寒い雨の朝、母は通所リハビリの日。
エレベーターを待つ間、川向こうの雨に濡れた風景を眺める。上京して、受験に失敗した日も今日のような寒い雨だった。暫くは辛かったが、今思い出すと懐かしい。

母を送り出した足で川向こうのスーパーライフへ行き、リンゴとバナナを買った。
バナナはNPOの援助で、メキシコの高地で有機栽培で作ったものだ。味は一般品とそれ程の違いはない。しかし、栽培の意義はあるので、できるだけ買うことにしている。
リンゴはすり下ろし、夏みかんの実と煮込んでママレードを作った。少し苦みがあって美味い。

午後は歯科の予約がある。
早めに「さくらの杜」から母を連れ帰り、とんぼ返りで向かったが、予約時間には間に合いそうにないので、遅れる旨、電話を入れた。
夜、母の薬を1週間分、ピルボックスに作り置きした。つい2,3日前に作ったような気がするが、1週間の経つのは早い。

1昨日、姉が来たとき母の体調のことを話した。
先日の風邪の時と比べると、見違えるほど回復したが、全体では少しづつ老いている。今年の夏は乗り越えられても、来年となると予測はつかない。と言った内容を話した。姉は「しかたがないね。」と呟いて帰った。多分、母が逝く日はあっと言う間に訪れることだろう。

辛いことが続くが、日記をつけることで乗り越えられる。
私は観客がいると頑張ることができる。昔、1万メートルのゴール間近で、私は女の子達の声援を受けて、2人抜いてトップになった。観客は有り難いものだ。
昔は重罪人は公開処刑が普通であった。その時罪人は観衆へ向かって気の利いた台詞で挑発し観客も応酬した。
若い頃は残酷な制度だと思っていたが、今は違う。人知れず密室で殺されるより、青空を見上げ観客にはやし立てられながら死ぬのは人間的だ。そう思うと、この書き込みも引かれ者の戯れ歌に似ている。

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