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2006年12月28日 (木)

彼岸の入りと直葬。2005年3月17日

柳の緑は日に日に濃さを増す。辛夷は蕾が大きく膨らみ開花寸前。この季節の上昇感は素晴らしい。

今日は彼岸の入りで緑道公園脇の墓地はにぎわっていた。墓参の家族連れを眺めながら、母は自分が死んだ後のことをあれこれ話していた。母は自分の遺骨はどうなろうとかまわないと言っていたが、私は母には内緒で、散骨にしようかと考えている。

先日の朝日朝刊で、北海道のある町がNPO所有の森で企画していた散骨を禁止したとあった。その地で生産される農産物に風評被害出るのを恐れてのことだ。農家の気持はとてもよく分かる。公然と散骨するから問題なので、分からないように、こっそりやれば問題ないと私は考えている。
ほんの少し科学的に考えれば、大地は膨大な生物の遺体によって肥沃になったことはすぐに分かることなのに、騒ぎ立てる購買者の方もおかしい。 

彼岸の所為か、今日の朝日夕刊で葬儀を特集していた。それによると近年、葬儀をしないケースが4,5割に上るらしい。業界では、その形態を直葬と呼ぶ。それに伴い、遺体が病院から自宅や葬儀場へ向かうこともなくなり、火葬されるまで遺体を預かる冷蔵施設が増えたとあった。そのように変化したのは、葬儀に大金を支払わせるお寺と葬儀社のあり方への反感があるからだ。この感覚は将来、更に増すような気がする。

昔は、お寺は裕福ではなかった。私が育った漁村では、人が死ねば近所が集まって手作りで葬儀をした。費用も当事者は心配する必要はなかった。金があれば散財したが、無ければ無いで近所が酒肴を持ち寄ってささやかな葬儀をした。坊さんの読経料も本当の意味の心付けで戒名代など皆無だった。

今、その郷里では跡を継いだ同窓生が坊主をしている。
時折、魚等送ってくるその町の知人の話では、彼女の身内が死んだ時、金は幾らでも払うから良い院号を付けてくれと同窓生の坊主に頼んだら、にべもなく断られた。
同窓生は、院号は善行を重ねた人に無償で付けるもので金で買うものではない、と断ったようだ。今時珍しい清廉な坊主だと私は感心した。しかし、その知人には生意気な坊主に見えて、今は法事等総て隣町の金儲け主義のお寺に頼んでいる。

散歩から帰るとすぐに姉が来た。いつものように母と近況を話し、仏壇にささやかな供物料を置いて帰った。明日、果物でも買って供えようと思う。

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