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2006年12月28日 (木)

青春の門  2005年3月22日

五木寛之の「青春の門」を見た。主人公の伊吹信介は私より一回り上の世代になるが、描かれている時代は懐かしい。
「青春の門」は数多く映画化されているので何回も見ている。中でも白黒映画時代の義母役-吉永小百合、ヤクザ竜五郎役-若山富三郎が印象に強い。

今回はテレビドラマの限界もあるが、映画と比べると軽い。特にヤクザ竜五郎-岸谷五郎、伊吹重蔵-豊川悦司は繊細すぎて私のイメージに合わない。やはり筑豊の男は激しさと繊細さを併せ持つ高倉健が良い。ちなみに高倉健は筑豊の炭坑で生まれ育った。

私の上の姉は父の仕事で家族が筑豊に住んでいた戦時中に生まれた。
母はよく、直方に住んでいた筑豊時代のことを話す。当時は炭坑は花形産業で遠賀川は石炭の粉で真っ黒だった。それで遠賀川の泥を集めタドンを作って商売にする者もいたくらいである。

私が小さい頃、母はよく、私と下の姉がたらいに乗って遠賀川を流れて来たので拾った、二人とも石炭の粉で真っ黒で汚かった、と作り話をした。その都度、下の姉は泣き出したが、私は笑って聞いていた。しかし、私にその印象は強かったようで、今でも遠賀川と聞くと黄昏の中、石炭の粉で真っ黒に濁った水面をどんぶらこっこと流れていくイメージが思い浮かぶ。

昔の九州の女は強く、それでいて男を立ててくれる優しさがあった。五木寛之も「青春の門」で幼なじみ-織江と義母-伊吹タエでそのことを象徴的に描いている。女達に強さと優しさがあったから、男達は思い切り激しく生きられたのかもしれない。

「青春の門」筑豊編でも後半は閉山の嵐が吹きすさんでいた。今、ボタ山は草木に覆われ普通の山になってしまったが、そのことを母に話すと驚く。昔は石炭クズを積み上げた荒々しい円錐形の山で、夜は自然発火の炎が鬼火のように見えたそうだ。

今は炭坑の遺跡はかなり消えてしまった。今は無いと思うが、10数年前大牟田に行った時、石炭を港に運ぶ長大なベルトコンベアーの廃墟がモノレール橋脚のように町の中を横切っているのに驚いた。
蛇足だが、吉永小百合の時の筋立てでは、伊吹信介は竜五郎に貰ったハーレーに乗って上京して行った。そのシーンは今も印象的に思い出す。

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