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2006年12月14日 (木)

人はいなくなっても、自然は同じように季節を繰り返す。2005年1月29日

赤羽自然観察公園で、母は気力を奮い立たせて、いつもの距離を歩いた。しかし、ひどく疲れたようで帰宅するとすぐにベットに横になった。

母は声が大きく、電話をしていると仕事部屋まで話の内容が分かるくらいだった。
今は小声になって、車椅子を押している時でも、直ぐ後ろにいるのに母の声は聞き取りにくい。それでも、顔馴染みに会うと、元気な頃のようにしっかり大きく喋る。今はその気力が救いであるが、そう長く続くことではないだろう。

母は思考も記憶もしっかりしているが、日中の居眠りの時間が長くなった。
ぼんやりと夢うつつに過ごすことが、迫った死期への恐怖心を和らげているのだろう。これは自然の巧妙な采配なのかもしれない。これは長命であることへの恵みである。

軽々しく量るものではないが、母の寿命は93歳で尽きるように思えて仕方がない。
来年の夏に、母はその歳に到達する。今の母の体力の変化を見ていると、今は妥当な数字に思える。
自然公園の移築中の古民家は完成に近く、敷地の整備が始まった。敷地の前には田圃や自然の木立があって、小さな田舎が再現されている。完成したら暑い真夏に縁側で涼むのが今から楽しみである。

一昨年、移築工事が始まった頃、母はその完成を見ることはないと思っていたが、なんとか、母は間に合ってくれた。
「人はいなくなっても、自然は同じように季節を繰り返すんだね。」母は冬枯れの木立を眺めながら呟いた。

今、母がベットで寝ている間、PCに保存している写真の整理をしている。去年の5月の写真を見ると目が覚めるほど緑が溢れている。季節は我々の日々の悩みや思惑を越えて変化する。その当たり前のことが、今はとても素晴らしい。

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