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2007年1月31日 (水)

変わらない街は素晴らしい。2005年10月3日

自然公園の古民家にハワイから白髪のお婆さんが見学に来ていた。案内の熟年日本人男性は英語は得意でないようで、私にもよく理解できる簡単な英語で話していた。土間の竈ではいつもお湯を沸かしているが、それを彼はご飯を炊いていると説明していた。
ハワイのお婆さんは古民家下の稲田が珍しいようで、田圃に下りて、籾を食べてみたりした。それから、最後に稲と記念写真を撮っていた。お婆さんと思ったが、足取りの軽さからすると、案外若いのかもしれない。概ね、外人は老けて見える。

昨日の暑さに老人達は疲れたのか、今日の自然公園は老人が極端に少なかった。日射しはないが湿気が多く、私も気分が悪かった。
帰りは駅前へ出て、商店街の古い乾物屋で干鱈を買った。羅臼産の上物が片身で1470円。この店がある裏通りの一角は40年以上変わっていない。今の日本では、変わらないことが素晴らしい。干鱈は帰宅してから、糠を溶いた水に漬け込んで置いた。明日、昆布と煮込む予定。

最近、古典落語がブームで、落語にちなんだ下町ツアーが流行である。私はその気分がよく理解できる。私も時折、無性に浅草辺りの裏道を歩きたくなることがある。
上京した昭和38年頃は、下町を歩くと老人の綺麗な江戸言葉を聞くことが出来た。それまで、噺家の語り口は落語特有のものと思っていたが、それが、一般に語られている江戸言葉であることをその時始めて知った。
下町=人情と定型化して語られるが、私の印象は少し違う。下町の人情は田舎のベタベタした関係ではなく、互いの生き方を尊重し、一定距離を心地よく保った洗練されたものだと、その頃知った。

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