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2007年1月 6日 (土)

床屋の娘の耳掃除 2005年5月12日

昔の床屋さんは整髪が終わると耳掻きで掃除をしてくれた。羽毛のポンポンでの仕上げは殊に心地良かった。

45年前、馴染みの床屋さんで、理髪学校を出たての床屋さんの娘が整髪し始めた。
耳掃除は慣れていないようで、ある時、外耳道に痛みが走った。軽い痛みが2,3日続いて痒くなったので、市販の軟膏を綿棒で塗った。しかし、痒みが強くなる一方で、結局、耳鼻科に行った。

「外耳道の皮膚はデリケートだから薬は付けない方が良い。
違和感があっても放っておけば自然に治る。」と医師は何も治療しなかった。
耳あかは放っておいても自然に排出され、それ自体に殺菌力があるものらしい。言われたように何もせず放っておいたら数日で炎症は治まってしまった。

それ以来、耳掃除は強く擦らないように気を付けていたが、最近、何となく潔癖に掃除を繰り返して、外耳道に炎症が起き痒くなった。痒みはすぐに治まったが、あの十条の床屋さんの娘を思い出した。

娘は美人ではなかったが、色白でグラマーな子だった。ひげ剃りの時、緊張のあまり近づき過ぎて、胸の膨らみが私の二の腕に触れることがよくあった。それが楽しみで、調髪の都度、娘に当たるのを期待した。しかし、耳掃除だけは断っていた。--今は衛生上の理由で耳掃除はしなくなった。

床屋の親父さんはその頃売れていた噺家の円鏡にとても似ていた。
面白い人で、深夜、最後の客を送り出すと、すぐに素っ裸に手ぬぐいを腰に巻いただけで「あらよーっ」と隣の銭湯へ駆け込んだ。今なら問題になりそうだが、当時は誰も当たり前と思っていた。私ですら、あれは変だったと思い始めたのはつい最近のことだ。

娘が散髪を手伝うようになってから数年後、親父さんが50歳で急死した。
娘はすぐに理髪職人の婿を貰った。元々繁盛していた店だったので、近所の者達は、婿さんは店と娘を手に入れ運がいいと話していた。

それから間もなく私は赤羽へ引っ越し、その床屋さんへは行かなくなった。
その頃から、長髪が流行り始め床屋さんは客が激減した。そして同時に、夫婦仲がおかしくなったと噂に聞いた。

暫くして床屋の前を通ると閉まっていた。噂では、婿さんが競馬に入れあげ、借金まみれになって夜逃げしたと聞いた。

それからすぐに、隣の風呂屋も内風呂が増えたせいで客が減り、廃業してマンションに建て代わった。

Ma_3

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