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2007年1月 6日 (土)

生きている者の美しさ 2005年5月14日

自然公園の古民家で老人達が昔話をしていた。
古民家の土間や座敷や竃を前にして忘れていた情景が蘇ったようだ。

帰り、生協で榊と仏壇の花を買い、桐ヶ丘団地を抜けた。
団地公園のポプラが爽やかに風に揺れていた。
車椅子の母は新緑を見上げながら、昭和初期のサナトリウムから退院した日を思い出すと話した。

母は久留米育ちだが、若い頃は東京で暮らしていた。
夏の雨の日、母はお台場の海水浴場で泳いで風邪を引き、治らないまま肋膜炎に悪化させてしまった。肋膜炎は結核の一種で、戦前は不治の病と思われていた。母はすぐに稲毛のサナトリウムに入院して転地療養を始めた。
母は体力があったことと、病気が軽かったおかげで半年後に退院した。

サナトリウムから解放された日、今日のように美しい新緑を目にした。
その自然は何にもたとえようがなく美しく、新緑の季節になるとその日の光景が蘇るようだ。

その感覚は私も理解できる。
若い頃、私は肺ガンを疑い築地のガンセンターへ通ったことがある。当時、身近な知人が次々と肺ガンで倒れ、私は癌ノイローゼになっていた。肺がんを心配したのには理由があった。知人と私が住んでいた近くに大きなメッキ工場があり、六価クロムを含むオレンジ色の毒々しい廃液がしぶきを上げて側溝に垂れ流されていた。知人達が肺ガンになったと聞いた時、原因はあの六価クロムではないかと思った。

1ヶ月近く、様々な精密検査が続いた。
そして、健康だと分かった日、ガンセンターの玄関前に躑躅が咲いていた。
植え込みに1匹の蛾が止まっていた。
蛾は嫌いだが、その時はとても美しく感じた。
世の中の草木も動物も虫も生き物総てが美しく見えた。
母の感覚もそれと同じだったのだろう。

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