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2007年1月 9日 (火)

貧乏絵描きのお金の融通の仕方  2005年6月11日

再びお中元の季節。毎年どうしようかと悩む。
以前、形式的な相手は思いっきり減らしたが、それでも、かなりの数が残った。それで、今年は思いっきって相手にどうするか話してみた。すると先方も虚礼を続けていることに抵抗があった様子で、互いに止めることができた。
私の方はそれで済むが、母関係は相手も年寄りでそうはいかない。母が生きている間は続ける他ない。その中で頭が痛いのはお寺である。大した額ではなくても納得しがたい出費で不快である。それで、意を決して上の姉に相談すると、引き受けてくれた。こうなると分かっていたら、早く頼めば良かったと反省している。
最近、何でも引き受けてしまう癖が付き、自分を窮屈にしている。やはり困ったことがあったら人に話すべきだ。

私は、ギリギリの生活をしているが、借金だけは無い。私が貧乏絵描きであることを理解している友人知人は、借金がないと言うと一様に驚く。
母がガン手術で入院した頃、私の窮乏を察した友人が、現金を用意してくれた。しかし、融通は断り、代わりに絵を買ってもらった。友人はお金を返して貰おうとは始めから思っていないが、作品との引き替えなら双方納得できる。こんなことが絵描きの良いところかもしれない。

知人に借金魔がいる。彼の行状は知れ渡り、すぐに皆に敬遠されるようになった。
求めようとしない者には与え、求めようとする者には与えない、それが世の常である
借金と言えば、貧乏絵描きの青木繁を調べていて、彼の宿泊代に絵を受け取った宿屋の主人のことが出ていた。せっかく貰った絵を紛失してしまっことのぼやきである。彼は、青木繁が今ほど評価されるとは思っていなかったようだ。

ちなみに青木繁は母が育ったのと同じ久留米市荘島町で生まれ育った。
インパールで若くして戦死した母の弟は青木の親友、坂本繁二郎に師事して絵を描いていた。最近、ホリエモンを始め久留米出身者がよく話題に上る。

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