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2007年1月11日 (木)

死亡記事 2005年6月27日

朝刊の死亡欄に絵本作家長新太氏の訃報があった。享年77歳、死因は中咽頭ガンであった。長新太氏は絵本作家の頂点にいた人で、膨大な量の絵本をこなしていた。彼の死で、10人くらいの新人が仕事にありつくことになると予想している。

彼とは面識はないが、仕事上、絡んだことが何度かあった。最初は、私の始めての絵本「こどものためのサティ」の時だ。
突如、発注元の東芝EMIから彼の代わりとして指名があった。版元の評論社は長新太氏を用意したのだが、文の立松和平氏が反対して、自分の友人の抽象画家を推した。しかし、当の発注元東芝EMIは両者に難色を示した。

私の知らない所で、かなりもめたようで、結局、新人の私に白羽の矢が立った。その最大の理由は、絵の納品まで2週間の余裕しかなく、その厳しいスケジュールに応じられるのが私しかいなかったからである。

それは苛烈なスケジュールで、10日間、煩雑にラフのやり取りをして概要を決め、残り4日間で、シンプルな絵ではあるが、カットを含め30枚を描き上げた。それにタイトル等の書き文字も加わっていたので、本当に不眠不休の仕事だった。

そのように、私が新聞で最初に見るのは死亡欄である。
死は当たり前の自然現象で、最大の関心事だ。自然公園での老人達の会話の中にも「死」に関する言葉が数多く登場する。
炎天下の歩道を、巡礼のように杖の鐘の音をたてて歩く母の後ろ姿にも死の影がある。死は辛く悩ましいことだが、総ての難題を解決してしまう。
私がここに生きていられるのも、多くの先人の死があったからである。

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