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2007年1月13日 (土)

アスベスト被爆   2005年7月6日

昨夜は涼しく、全開の窓から冷たい風が容赦なく吹き過ぎた。それでも、夏の思い込みで、気温22度なのにバスタオル1枚で寝入ってしまった。
その所為か、変な夢ばかり見ていた。寝る前まで見ていた12チャンWBSの可愛いレポーターが夢に登場し、一緒に鍋物をつついてくれた。しかし、鍋物はちっとも熱くない。外を見ると雪景色。普通なら涼しさに目覚めて、夏布団を取り出すのだが、目覚めずに朝まで寒い夢を見続けていた。

連日、HPの手入れを続けていたので、疲れていたのだろう。お陰で散歩に出ると鼻がグスグス始めた。
外は冷たい雨だ。暑いと雨コートは蒸れて閉口する。しかし、冷たい雨は車椅子を押すには助かる。
公園に着く頃に雨は止み、薄日が射した。そうなると暑いが、鼻風邪に良い。いつの間にか鼻のグズグズは消えていた。

アスベスト被害を連日報道しているが今更遅い。私も昔、彫金をやっている頃にアスベストを扱っていた。アスベストを石灰で固めた板に細工物を置いて熱した。これは断熱性に優れ、とても使いやすく雑貨屋でも売っていた。家庭ではちぎって水で練り、竃やストーブの煙突の目張りに使った。学校でも、理科の実験でビーカーを熱する時、ガスバーナーとの間にアスベスト金網を置いた。金網の中央に貼付けてある白い円板の部分がアスベストである。屋根のスレート瓦もコンクリートにアスベストを加えたもので、軽くて丈夫だった。他に、石膏ボード、ヒューム管、水道のパッキンと、大量に使用されていた。

その中で一番目についたのは、断熱用に建物の梁柱天井に吹き付けたアスベストだ。10年前まで、池袋東急ハンズはアスベストが吹き付けられた天井がむき出しになっていた。私はそれが厭で、池袋の東急ハンズへ行かないようにしていた。

昔の鉄筋コンクリート建物なら総てアスベスト断熱材が使ってあると考えて間違いない。今、散歩道沿いの保健所を壊しているが、工事過程で近隣民家に相当量のアスベストが飛散したはずだ。

アスベスト肺の怖さはは戦前から知られていた。昔、私が出入りしていた、池袋の石綿屋さんは石綿の保管場所と事務室はガラス窓でしっかり隔ててあった。それでも、従業員は大量に粉塵を吸ったはずで、これから、様々な職種から中皮腫が多発しそうだ。

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