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2007年1月19日 (金)

一生を四季にたとえると、私は晩秋にいる。2005年8月14日

抗菌剤クラビットの副作用の日光皮膚炎は処方された副腎皮質ホルモン軟膏が著効を奏し、かなり良くなった。今、痒みは殆ど無い。不気味に埋め尽くしていた鮮やかな発疹は褐色に枯れ平坦になった。最悪の時はズボンが触れただけで猛烈な痒みを感じ、スカートをはきたくなる程だった。地腫れ火照りもひどく、濡れタオルを巻き付けて仕事をしていた。皮膚の存在を意識しないで済むのは幸せだ。

歩行が楽になったので、久しぶりに自然公園へ母を連れていった。1週間顔を見せなかったので、会う人ごとに声をかけられる。皆、母の体調が壊れたか、中には死んでしまったと思った人もいそうだ。その都度、私の食中りでと説明するのが煩わしい。小学生の頃、風邪で2,3日休むと、登校するのが恥ずかしかった。あの気分に似ている。しかし、母は声をかけられるのが楽しそうだった。薬疹は後2日程で完治しそうだ。

母は「自然は良いね」と何度も呟いていた。しかし、母の体力低下は否めない。これから少しづつ回復を図ろうと思う。
公園では顔馴染みのスズメ達がいつもよりまとわりつく。今は餌が豊富な時期であるが、私の持参する小鳥の餌は格別美味しいようだ。餌を撒く都度、大騒ぎでついばんでいた。

午後、バンコクのロックグループからメールが入っていた。画代を支払いたいので銀行口座を教えろと言う。絵は使わなかったと思うのだがダメ元である。必要事項を知らせて置いた。

今年の夏は過ぎるのが早い。去年よりやや涼しいからかもしれない。緑道公園の百日紅がいつになく美しい。近づいて見ると、かき氷のイチゴのように、シュワーと消えそうに見える。しかし、これは亜熱帯の強靱な花である。私の育った南九州には多く、滑りながら登って遊んだことが懐かしい。

一生を四季にたとえると、私は晩秋にいる。そして母は厳冬である。盛夏が過ぎ、日に日に昼間が短くなるのはとても寂しい。

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