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2007年1月19日 (金)

太平洋高気圧がもたらした熱帯夜。2005年8月4日

今日は練馬で36.7度。体感ではこの夏1番暑い。6月にもっと暑い気温があったが、あれはフェーン現象の所為で、湿度が低く高気温の割に爽やかだった。しかし、今日は湿度が高く、母も自然公園の炎熱の歩道を歩くのを3分1を残して止めた。明日からは園内の涼しい桜並木の下を2往復するメニューに変える。老人のリハビリは無理をさせないのが大切だ。

散歩には、梅酢を氷水に加えたものをボトルに入れて持参する。喉を潤すには、これが美味く体にも良い。梅酢は以前、1リットル瓶を300円で買った。最近、それが残り少なくなった。

自然公園の帰り、駅前商店街に出て梅酢を探した。しかし、求めている混ぜもの無しのシンプルな梅酢は見つからない。梅干し生産地の和歌山では余っていて、廃棄に困るほどなのに、売っている梅酢は蜂蜜等を加え値を高くしたものばかりだ。結局、安い潰れ梅干しを2パック買った。面倒だが、ほぐして氷水に溶かし混むことにする。

母が倒れて以来、生活の方は一貫して危うい。そのように3年間も危機を乗り越える生活を続けていると、随分、精神が逞しくなった。今日明日生きられれば何でもないと思える。精神が強くなったおかげで絵も良くなった。
学んだことは、人生は恐れると辛くなるが、恐れず、無理もせず、自然体で生きていれば、どのような状況も楽しめる。

午後8時、室温は32度、湿度70%。川辺の地上13階でこの暑さである。風が抜けない地上の密集地では、冷房がなかったら、さぞ辛いことだろう。
先日、友人の身内が亡くなった。火葬場の炉は総てフル稼働だったらしい。夏場は人が沢山死ぬ。母もげんなりしているので、寝る前に朝鮮人参を氷水に溶いて飲ませた。予報では、夏の太平洋高気圧が安定してきたようで、この猛暑は当分居座ると予報している。予報が外れることを願う。

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