子供は世界一が好き。2005年9月19日
今日は正岡子規忌。死因の脊髄カリエスの末期は壮絶だった。母が背骨の圧迫骨折で倒れた時を見ているので、彼の苦しみが分かる。脊髄カリエスは結核菌により背骨が破壊されて激痛が起こる。それは寝返りもうてず、ほんの僅かな睡眠もとれない苦痛である。その苦しみの中でも、彼は素晴らしい句や随筆を残してくれた。
その絶筆三句
をとゝひの糸瓜の水も取らざりき
糸瓜咲て痰のつまりし仏かな
痰一斗糸瓜の水も間に合はず
糸瓜-へちま-の水は咳止めの薬である。彼は結核で苦しんでいたので、庭にへちまが植えてあったのだろう。アーティストの絶筆は心を打つ。
絶筆ではないが、啄木の「東海の小島の磯の白砂に 我泣き濡れて蟹と戯る」を、私は7,8歳の頃に大好きだった。この歌を詠みながら、私は夕暮れの砂浜で泣きながら蟹と遊んでいる自分の姿を思い浮かべた。そして、ひどく感傷的になって、私は、これは世界最高傑作だと思っていた。今読み返すと、なぜこの短歌にあれ程感動したのか皆目分からない。当時の私が、そのように一人で砂浜で泣き濡れたとは考えられない。悪童で、叱られ慣れていたから、歌のように一人で暗く泣くことなど一度もなかった。
その歌を始めて目にしたのは、長兄の雑誌であった。その中に、男の子が夕暮れの砂浜で泣き濡れている情景の挿絵があって、それにその歌が添えてあった。今も思い返すと、大して上手くないその絵が、何故に私の心を捉えたのか、まったく理解できない。
子供は世界一の言葉が大好きだ。当時、私はベートーベンの「月光の曲」と、守るも攻めるも・・・の軍艦マーチが世界一の音楽と信じていた。殊に軍艦マーチは、みんなで山や遠くへ冒険へ出かける時、あるいは隣町の子供たちに殴り込みに出かける時、みんなで大合唱して勇気を鼓舞していた。
しかし、「月光の曲」の方はまったくどんな曲なのか聞いた事はなかった。ただ、教科書のベートーベンの伝記に、恋人を思い浮かべながら月夜の道を歩いている時に着想したと言う記述に大感激して、世界一と思い込んだ。その思いは、実際にその曲を聴く中学生になるまで続いた。聴いた感想は、何も心に残らなかった。その感想は今も変わらない。
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