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2007年1月22日 (月)

日本人の自己主張の弱さは世界を救う。2005年9月5日

先日、旧友のT君と飲んだ。その時、母の介護を始めてから人生観が変わったと話した。大きな変化は価値観である。以前は豊かさとか成功に価値を感じていたが、気が付くと自然とか静けさとか穏やかさを素晴らしいと思うようになった。

T君は経営する自社で欧米系の外国人を多数使っている。
T君と人生観の話をしている内に、従業員の一人のアメリカ人の話になった。その彼は先日、夏休暇を利用してアメリカへ一時帰国した。そして、帰国した彼が話すには、アメリカでの生活は酷く疲れるものだった。

日本は治安が悪くなったと言え、まだ、電車の中で居眠りはできるし、夜道も歩くことが出来る。会話でも、相手かまわず厳しく議論したり、自己主張で考えを押し付けられることもない。それを、ぬるま湯みたいで国際社会で生き抜くには弱すぎると、識者に言われ続けている。しかし、そのアメリカ人は、その気風がとても良く、人間的だと話していた。

私はよく外人達から「君は日本人ではないだろう」と言われる。勿論、私の風貌は完全なアジア人だが、考え方が合理的で、議論をしても、欧米人や中国人のように一歩も引かない激しさがある。それは画家と言う職業的なもので、その自我の強さを指してそう言っているのだと思った。
しかし、そんな私も年を重ねる毎に、上述のように日本人的な穏やかさに魅力を感じるようになってきた。だから、そのアメリカ人の話していることがとてもよく理解できた。

真剣な建設的な議論なら私も認めるが、現実の国際会議等を見ていると、それとはかけ離れている。欧米人や一部のアジア人は自国の国益のために無理難題を力づくで押し通そうとする。そんな自己主張の強さが人類を幸せにするとは到底思えない。

T君との会話は、その内に、自己主張の弱い日本的美徳が、世界の主流になっているかも知れない、と言った話で終わった。既に日本の思想は、アニメなどを介して海外の心を捉えている。海外での評価の高い吉本バナナや村上春樹の世界は穏やかな日本的アンニュイに満ちている。

議論を闘わす前に相手の心を思い図る。この日本的美徳は、実は未来的な思想だ。もし、そうなってくれれば、世界は平和で住みやすくなる。
欧米人イコール自己主張が強い、と言った観念も捨てたが良いようだ。絵描きの世界のことだが、日頃、自己主張の強い画家たちに辟易しているニューヨークのある画商が、
「自分の作品がどんなに素晴らしいか語る必要はない。そんなことは作品を見れば分かる。」と話していた。何でもがなり立てるのではなく、人と人との心の交流が大切なようだ。

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