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2007年1月11日 (木)

蚊帳の香り  2005年6月24日

今日は31度を超えた。
紫外線に弱いので、Tシャツの上に長袖のシャツを羽織る。しかし、長袖で炎天下を車椅子を押すのはとても暑い。帰宅するとすぐに水シャワーで汗を流す。その後、色々雑用を終わる頃に耐え難い睡魔に襲われる。それで30分程午睡を取る。しかし、目覚めると体がだるくて気力が湧かない。最近はその対策として大掃除をすることにした。不思議なことだが、大掃除を始めると体がピリッと引き締まる。不要なものをゴミ袋へ放り込んでいる感覚は快感に近い。

今日は、カセットテープを大きなゴミ袋一杯捨てた。他にテレホンカードも大量にあった。殆どは五分の一程使ったままで終わっている。全くの未使用なら換金できるが、捨てる他ない。
昔、知人に法人向けのテレホンカードの会社を経営していた者がいた。羽振りが良くて、会うと仕事なら幾らでも出すと豪語していた。当時は私も羽振りが良かったので、仕事を貰うことはなかった。
その彼は今は沈没して行方は分からない。

他に、街頭で貰ったティッシュが山のように出てきた。これは全部中味だけを大きな箱に入れた。箱入りティッシュに換算すると3箱分程はあった。

昔、大変世話になった方の形見の腕時計も出てきた。命日は6月22日である。去年は色々あって墓参りはできなかったが、いつもしていたことを休むと気になる。それで今年は、母の通所リハビリの間に墓参りすることにした。
最近、死者が生きている者と同じくらい大切だと思うようになった。
合理主義一辺倒では、ささくれ立って疲れる。自然公園の古民家を訪ねる老人達も、忘れていた死者達のことを懐かしく思い返している。古びた柱や天井に篭もった死者達の記憶を思い返すことは心地よいことだろう。

この夏は、古民家に小学生が体験宿泊をするらしい。その時、使用する蚊帳が中二階に用意してあった。子供達にはさぞや楽しい経験になることだろう。
そのことを想像していると、子供の頃の寝る前のやっていた蚊帳吊りのことが蘇った。ふいに蚊帳の麻の香りがして、快活で底抜けに楽しい時代が、その向こうに透けて見えた。

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