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2007年2月 1日 (木)

アスベスト被爆。2005年10月10日

今日は冷たい雨のせいで、古民家では小学生の男の子が一人で携帯テレビを見ていただけだった。静かなので、そのテレビの音がうるく感じた。今の子は静かさに耐えられないようだ。
それで、私はハンカチで耳栓をして横になった。すると突然に咳き込み、胸骨の辺りが痛んだ。もしかして、話題の中皮腫ではと嫌なことが頭を過ぎった。

30年以上昔、私は彫金で生活していた。この仕事では火を使うので、石綿(アスベスト)は断熱材として仕事に不可欠だった。だから私は、普通の人の100倍は吸ったかもしれない。当然のことだが中皮腫のリスクも高い。

当時は荒物屋でも石綿を石灰で板状に固めたものを売っていた。それはそのまま使ったり、ちぎって水で粘土のように練って使った。当時は石綿の危険性は問題視されていなかったので、普通の人でも石綿を買ってきて、竈やストーブの穴の修理をした。

石綿規制は欧米では80年代に始まった。
それと同時に、日本の公官庁も自分達が使う建物や宿舎では密かに即時全面使用禁止をした。しかし、一般の使用は禁止どころか法律で使用することを半ば義務付けていた。この事実を思うと、役人の公徳心の無さに怒りがこみ上げてくる。

その頃、横須賀のドックで米空母の全面改修が行われた。米国が軍事機密の作業を日本に任せるのは、我が国の技術水準の高さを示すと、当時国内では誇り高く語られていたが、事実は違っていた。石綿を大量に使った軍艦の改修は本国では規制が厳しくて出来ず、仕方なく横須賀で行われたようだ。

その修理工事に携わり、石綿肺に罹患した職人さんがテレビに出ていたが、石綿除去作業監督の米兵は口を押さえて現場には寄りつかなかった、と語っていた。当時、日本人作業員は米兵を意気地がないと誤解していたようだ。

先日のNHK特番によると、話題のクボタの操業当時はかなり酷い状態であったようだ。ヒューム管用のセメントに危険性の高い青石綿を混ぜるのは手作業で、濛々と舞う粉塵を作業場から換気扇によって町中へ排出していた。近所で育った人の話しによると、工場の周辺は天気の良い日は石綿の粉塵がキラキラ光って、とても綺麗だったそうだ。
また、当時から住んでいる主婦の話しでは、縁側がいつも粉塵で白く汚れ、外干しの下着を身につけるとアスベスト粉塵が体に刺さってチクチクしたようだ。

クボタは因果関係は証明できないと言っているが、この事実を聞けば、それが嘘であることは明白である。

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