« 絵描きの侘しい世界と秋日射しの自然公園。2005年10月24日 | トップページ | 出がけのおまじない「さんどさんのかくさん・・・」2005年10月27日 »

2007年2月 2日 (金)

新宿情景は時代を写しているが、美しさに欠けていた。2005年10月26日

母の通所リハビリの時間を利用して床屋さんへ行った。混んでいて、母の帰宅頃にようやく整髪が終わった。慌てて施設に電話を入れ、母をエントランスに置いておくように頼んだ。急いで帰ると、エントランスの薄暗がりで、車椅子の母はぼんり外を見ていた。「どこか具合が悪いの」と母に聞くと「何でもない」と答えた。夕暮れは早く薄寒く、母にも鬱傾向が出たのかと思った。

急いで連れ帰り夕食を食べさせ、直ぐに画材を買いに出た。埼京線お台場行きで渋谷へ向かった。渋谷駅前のウエマツで絵の具を補充した。外へ出ると突然頭痛と吐き気を覚えた。久しぶりなので少しぶらついてみたかったが止め、次の新宿へ向かった。電車の中で更に気分が悪くなった。

新宿世界堂で額を買った。資材値上がりの所為か、以前より2割り程高く感じた。絵の具売場を覗くと、草間弥生風のメーキャップをした女の子が筆を物色していた。何故かその手の太めの女の子は一様にサツマイモのような紅紫のパンストをはいている。絵描きの世界にも流行があるようだ。

帰り道、明治通り近くの裏道で大型バンのカバブの店で、イラン人が黙々と働いていた。伊勢丹前で信号待ちをしていると、手入れの良い75型キャデラック・エルドラドが明治通をゆっくり原宿方面へ走って行った。運転は長髪のIT社長風の若者だった。

信号が変わり歩き始めると、前をスーツ姿の黒人が歩いていた。長身の彼の腕には日本人の女がぶら下がり、英語で嬌声を上げていた。どれも時代を写す情景であるが、何故か美しさに欠けていた。好奇心はかき立てる刺激は失せ、新宿はただ憂鬱な街になってしまった。街が変わった訳ではない。私が変わってしまったのである。

帰りの電車の中でも頭痛は治まることはなく、持続的に吐き気がこみ上げ嫌な汗が下着を濡らしていた。私にも母同様に緑内障の傾向がある。眼圧が高くなっているのではと不安が過ぎった。しかし、北赤羽に着いた途端、不快感は一瞬に消えてしまった。原因は久しぶりの繁華街のストレスの所為だったようだ。10年前までは、午後8時前に新宿から帰ることなど考えられず、夜を徹して遊んでいた。我ながら田舎者に変わってしまったと思った。

帰宅すると猛烈な空腹感に襲われ、ワイン漬けのプルーンと干しぶどうにたっぷりアイスクリームをかけ一気に食べた。思い返すと昼食を抜いていて、血糖値が低下していたようだ。不快感は低血糖の症状だったのかもしれない。血糖値が戻るにつれ、体中に穏やかさが満ちた。

|

« 絵描きの侘しい世界と秋日射しの自然公園。2005年10月24日 | トップページ | 出がけのおまじない「さんどさんのかくさん・・・」2005年10月27日 »