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2007年2月10日 (土)

子供への褒め言葉が人生を良い方向へ変える。2005年12月6日

今日も冷たい。母の通所リハビリの送迎バスを風を避けて住まい1階のエントランスで待つ。一瞬の雲間の日差しに、雪のような小さな雨粒が舞い、川向こうのビルの上に虹が見える。時折、風が強く吹き過ぎ、広場のケヤキが枯れ葉をまき散らす。

表の川沿いを豆柴が散歩中だ。豆柴は母を見つけると立ち止まり、飼い主がせかせても動こうとしない。外へ出て、母の車椅子を押して近づくと、嬉しそうに尻尾を振っている。豆柴とは久しぶりで、夏以来の再会である。

母を送り出してから、銀行と郵便局へ出かけ支払いを済ませた。最近、出金ばかりで入金はない。何とかやりくりしてしのいでいるが、このままでは破綻してしまう。いよいよ金に詰まったら、未納の取引先に再度請求書を送ろうと思っている。幸いなことは、他に支払いが3件残っている事だ。

銀行から本屋に寄って、マックの専門雑誌「Mac People」を買って帰宅した。付録のCDにフリーのソフト、チベット仏教のマニ車があったのでインストールした。起動するとマニ車が表示され、チベット風のBGMが流れる。カーソルでマニ車をなぞると筒上の経文が回転して、経文を唱えたことになる。ただそれだけだの映像だが気持ちが安らぐ。
母ががん手術から生還して2年が過ぎ、12月で3年目に入った。当時、2,3年は大丈夫と思ったが、すでに過ぎてしまった。生死と向かい合った生活をしていると、自然に宗教的になってしまう。

午後4時過ぎ、送迎車で通所リハビリから帰って来た母を受け取った。ビタミンCが無くなったので、そのまま車椅子を押して川向こうの薬局へ行った。風邪が流行っているので母も私もCは多めに採るようにしている。

買い物を済ませて帰ると、エレベーターで小学高学年の男の子がドアを開けたまま待っていてくれた。急いで乗り込むと、「何階ですか」と彼は聞いた。そして私たちの13階のボタンを押してくれた。
「君は偉くなるよ」と母と私は彼を褒めた。「でも、学校の成績はだめなんです。」男の子は恥ずかしそうに答えた。「成績なんかより、優しい思いやりの方が大切だよ。」と励ますと、男の子はとても嬉しそうだった。彼は9階で降り、丁寧に一礼して去って行った。

彼とは何度も会っていて、同じやり取りを交わしている。彼の両親はとても良い人なのだろう。子供への褒め言葉が人生を良い方向へ変える。私にもその覚えがある。母と私は気持ち良く帰宅した。

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