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2007年2月11日 (日)

人の運命は朝玄関を出る時の足の左右で変わる。2006年1月9日

成人の日で晴れ着姿を沢山見た。着物に毛皮の襟巻きはすっかり定着してしまった。昔は毛皮は化繊の偽物が大半であったが、今は贅沢なので本物が多い。通り過ぎる、若い男の乗用車の窓に、ファーの白い毛先がフワフワ揺れているのが華やいで見えた。

私には成人の日は15日の頃が印象に強い。翌16日が私の誕生日だからである。だから、私は皆より1年遅れで北区から記念品を貰った。万年筆と成人式記念と箔押しされたアルバムで、アルバムは10年程前まで使っていたが、それ以降は行方不明だ。
私は式には出席していない。当時の若者は式に出席するのは軟弱と考える者が多かった。

成人の日には友人と郊外の平林寺へナンパに出かけた。
快晴で人出は多かった。お寺でお参りしてから、境内の林の中を歩いていると、若い女性二人がスケッチをしていた。日差しが暖かくて心地よく、私はごく自然に声をかけた。それから後のことはよく覚えていない。しかし、上手くその日はお茶や食事をして別れたことは確かだ。私はそれっきり相手には連絡しなかったが、友人の方はまじめに交際を続け幸せな結婚をした。
人の運命は些細な出来事で変わるものだ。もし、私たちが林の中で違う散歩道を選んでいたら友人の人生は違ったものになった。

陰干ししていたお屠蘇セットをしまった。お屠蘇セットの箱を包んであった新聞を見ると1994年8月20日の日付。東京の最高気温が34度の猛暑と大きく報じている。温暖化の今では普通の気温で誰も驚かない。
その頃私は「父は空母は大地」の絵を必死で描いていた。そして、翌年1月17日の未明、「父は空母は大地」の入稿日で徹夜で手を入れているとあの関西大地震が起こった。とすると、その朝日新聞を目にした神戸市民の中に亡くなっている人がいるのである。そう思うと、運命の非情さが心に刺さった。

人の運命は朝玄関を出る時の足の左右で変わる。だから、不運の時は、いつもと違うことをすると良い。運気が変わり、幸運が訪れたりする。私が絵描きを選択したしたきっかけも些細なことだった。

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